第十五話

 「翔くん、アタシ考えたんだよ。右京くんに好きになってもらうにはどうすればいいのかって」


 おなじみの生徒会室で特にすることもないのでほうけていると、会長が真剣な表情で語りだした。


 「……」


 関わるとまたロクなことにならなそうだし、何となく面倒なのでスルーしておく。

 すると何を思ったのか、会長は俺の隣まで歩いて来ると……。


 「アタシ考えたんだよ。右京くんに好きになってもらうにはどうすればいのかって」

 「聞きます、聞きますからパソコンのデータを消そうとするのはやめてください! これ昨日ようやく終わらせた書類ですから!」


 スルーされたことに腹を立てたらしい会長をなだめ、真剣に話を聞く体制に入った。

 会長は「あの量なら数分もあれば終わるから消しても大丈夫だよ!」とかなんとか言っていたが……悲しいので聞かなかったことにしておこうと思う。俺の3時間が無駄だったとは思いたくない。


 「それで、何に気づいたんですか?」


 話をするよう促してやると、会長はフフンと豊満な胸を反らせた。


 「右京くんに好きになってもらう方法だよ!」

 「……そうですか」

 「あー、信じてないでしょ! 今日のためにアタシ、ちゃんと勉強してきたんだからね!」


 ……勉強してきた?

 怪訝けげんな表情を浮かべる俺に、会長は自信満々で一冊の本を見せつけてきた。

 表紙に絵などはなく、ピンク色の丸いフォントで題名が書かれているだけの本。

 俺は題名であろう一文に目を通した。

 

 『相手にしてくれない副会長を落とす方法〜おしとやか編〜』


 「……」


 ……自信満々な会長には悪いが、正直こんな本に頼ったら終わりだと思う。

 ていうか何だその本、ピンポイントすぎるだろ。


 「これすっごくいいよ! 要点もまとめられてるし、効果も抜群だし!」


 俺は勧められるまま要点整理のページを見てみた。


 『モテない君は必見!〜好きな人落とすなんて超簡単だし、やり方わからないとか正直笑っちゃうんですけど、まあしょうがないから可哀想なお前らのためにアタシが教えてあげるよ編〜』


 ……出だしからイラッとしたのはきっと俺だけではないだろう。

 ギャルか? コイツはギャルなのか?

 それにこんなことを言われて喜ぶのはドMくらいだろう。

 目次を見てみると、どうやら次のページから要点に入るようだった。


 『モテ術1:毎日挨拶するようにしてみよう』


 なんだ、本文は案外まともじゃないか。

 挨拶は大事だという話はわりとよく耳にする。

 好きな人と話すきっかけづくりにもなるだろうし、なかなか効果的な方法なんじゃないだろうか。

 まあもっとも、会長はテンパって挨拶すらできないだろうけど。


 『朝の挨拶10回、昼の挨拶10回、夜の挨拶10回を心がけましょう。そうすれば距離が縮まること間違いなしです』


 間違いだよ。つーかどんだけ挨拶するんだよ。

 やっぱりこの本……ダメなやつなんじゃないか?

 俺は一抹いちまつの不安を覚えながらも次のページをめくった。


 『モテ術2:話をするとき、相槌を打つようにしてみよう』


 ……なるほど。

 確かに相手がちゃんと話を聞いてくれてると感じると好感度が上がる気がしないでもない。

 俺は次の文にも目を通した。


 『相手の話を遮るくらいの勢いで相槌あいづちを打ちましょう。なに、大丈夫です。これくらいが丁度いいんです』


 丁度いいわけあるか、肯定してんじゃねえよ。

 なんだこれ、嫌われる方法と間違えてるんじゃないか?

 さらにページをめくっていく。


 『モテ術3:耳元で甘い言葉を囁いてみよう』


 これは……どうなんだ?

 まあお互いに好き同士という関係性であれば問題はないように思うが……。


 『そのまま耳を噛んでみましょう』


 噛んでみましょう、じゃねえよ。

 さっきから変なこと吹き込んでんじゃねえ。


 それから一応書かれている内容には全て目を通してみたのだが、これといって良い結果が得られそうな方法は掲載されていなかった。

 嫌われるであろう方法は多く載っていたのだが。


 「……ふぅ」


 俺は無言で本を閉じた。

 やはり何の役にも立たなかった。

 こんなものに魅力を感じてしまうあたり、本当に会長の感性は残念なのだと再認識させられる。

 まあでもこれを読んだところで、右京を前にするとテンパってしまう会長には実践なんてできないだろうけど。

 こういう本はいざ好きな人にやってみようとしても、恥ずかしさが勝り、日和ひよってしまうものなのだ。


 「でね、今日これを実践したんだけどね!」

 「実践したんですか!?」


 あまりの衝撃にギョッと目を見開く俺。

 何故この人は普段テンパるくせに、こういう大胆なことはできるのだろう。

 ていうか、なんか前にもこんなことあったような……。


 「……ちなみに、何したんですか?」

 「えっとね……あ、これ! この『抱きつくふりしてヘッドロック』ってやつと、この前できなかった『袈裟固けさがため』してきたよ!」

 「……………」


 恋敵のハズの右京に不覚にも同情を覚えてしまった。

 ていうか袈裟固めはアピールになってないんだよ。ただの暴力じゃねえか。


 「それでね、今日はまだ実践できてない、この耳元で甘い言葉を囁くってのを___ッ」


 と、そこまで言ったとき、唐突に生徒会室の扉が開き、副会長である右京が入ってきた。

 それまでペラペラと話していた会長は口をつぐみ、目をグルグルと回転させ始めた。

 会長的には今の発言が聞かれたのかが心配なのだろう。


 「ううう右京くん!? ひ、久しぶり、だね! 最近生徒会室に来なかったけど、どどどどうしたのかな!?」


 ……テンパりすぎだろ。好きな人相手でも普通ここまではならない。

 右京は怪訝な表情で会長を見やった。……よほど警戒しているのだろう。

 まあ当然と言えば当然か。今日袈裟固めされたばっかりだしな、と俺は嘆息した。

 右京は鞄から紙束を取り出すと、恐る恐るといった様子で会長にそれを差し出した。

 会長は頬を赤くさせ、アワアワと慌てふためいた。


 「こここ、これ、もしかしてラブレター___」

 「……学園祭の書類の提出がまだだったので」

 「あ、そそそ、そうなんだ!? そうだよね! ……あ、あの、えぇと、その……………えい!」

 「……ヒッ!? な、何するんですか!? ……ていうか痛いです!」


 ……何を思ったのか、会長は突然右京の耳に噛みついていた。

 訳が分からないといった様子で右京が視線を送ってくるが、俺にだってこの行動の意味は分からない。

 会長を見ると、先ほど読んでいた本を片手に持っていた。

 そこで、本に掲載されている『耳元で甘い言葉を囁く』というものを実践しようとしたのだと察した。

 恐らくテンパったせいで『耳元で甘い言葉を囁く』という主要な部分を忘れ、『耳を噛む』という相手の好感度を下げてしまうだけの部分しか頭に残っていなかったのだろう。

 しかも『噛む』がマジだった。

 ようやく会長から逃れることに成功した右京の耳には、しっかりと歯型がついていた。……『噛む』っていってもここまで強くは噛まないだろ。


 「きょ、今日は帰ります……! 失礼しました!」


 右京は顔を恐怖の色に染め上げ、全力疾走で生徒会室から出ていった。

 俺はそれを眺め、会長の方に向き直ると、彼女は一言。


 「ねね、翔くん! 今日のはわりと上手くいったんじゃないかな!?」

 「……そうですね」


 どこがだよ……とは思ったが、それを素直に口にすることもできず、俺は曖昧あいまいに頷いた。


 ちなみに、会長が持ってきた本はその後すぐにゴミ箱に捨てておいた。

 今度出版社に苦情の電話を入れてやろうと思う。



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 伏見ダイヤモンド

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