第十八話

 「そういえば、来週から期末試験だね!」


 俺と会長、そして志保の三人が各々おのおの仕事をこなしている生徒会室。

 突如会長が思い出したかのように手を打った。

 既にパソコンを閉じているということは、やるべき業務はもう終わらせているのだろう。相変わらず仕事が早いものである。

 

 「ああ、そういえばそうですね」と俺。


 まだ試験勉強には入っていないが、どうせ一度は授業でやったことなのであまり焦っていない。

 ゴトリ、と音がした方を見ると、志保が手にしていた筆箱を地面に落とし、ワナワナと震えていた。額に汗をびっしょりと貼り付けている。


 「わ、私、まだ何も勉強してません……」


 それを見て、俺はあることを思い出した。

 志保は勉強が大の苦手なのだ。

 一年生の時も、たしか赤点ギリギリだった。

 志保曰く、普段の授業もあまり理解はできていないらしく、その状態で次々進んでしまうので、全く追いつけていないのだと。

 普段放課後は部活に出ているため、家でも勉強はできていなのだそうだ。

 去年、特に暗記科目が苦手だと言っていた気がする。

 そこまで聞き終えた会長は、志保の肩にポンと手を置き、満面の笑みを浮かべた。


 「アタシに任せて!」

 「……」


 ……この言葉に不安を感じるのは俺だけじゃないはずだ。

 俺の視線に気が付いたらしい会長は、パチっとウインクをしてみせた。


 「大丈夫! こう見えてアタシ、勉強はできるんだよ! 2年生の内容なんてとっくの昔に網羅もうらしてるよ! アタシが勉強おしえてあげるから!」

 「ほ、ほんとですか?」

 「うん、任せて! アタシが問題出してあげるから、志保ちゃんはそれに答えるだけで良いよ! 苦手科目は?」

 「に、日本史です」


 自信あり気に頷いて見せる会長。


 「よし! それじゃあ、日本史からやっていこうか!」

 「は、はい、お願いしますっ」


 拳を握り、やる気に満ち溢れたかのように目を光らせて張り切る志保。


 「第一問! 織田信長を本能寺の変で破ったのは誰?」


 一問目だからか、ものすごく簡単な問題だった。

 答えは皆さんご存知、明智あけち光秀みつひで

 流石に志保をバカにしすぎだ。このくらいなら答えられて当然……。


 「え、えぇっと……ナポレオン……?」


 ……想像以上に酷かった。

 ナポレオンなわけがない。時代も国も違うんだぞ。

 会長も俺と同じ感想なのか、先ほどの笑顔のまま固まっていた。


 「あ……その、答えは明智光秀だよ!」

 「そ、そっちでしたか。今のは惜しかったですねっ」


 惜しくないし、カスリもしていない。そっちってどっちだよ。

 

 「じゃ、じゃあ切り替えて第二問! 江戸幕府を開いたのは誰?」

 「あ、それは分かります、ホモ・サピエンスですよねっ」

 「えーと、これは徳川家康、だね……。あはは、まあ難しいよね!」


 彼女はあれだろうか……日本と外国の区別がついていないのだろうか。

 というかそもそもホモ・サピエンスは名前じゃない。

 それからも志保の珍回答は続いた。


 「金閣寺を建てたのは?」

 「た、たしかザビエル……でしたよね」

 「武士で初めて太政大臣になったのは誰?」

 「ね、ネアンデルタール人です」

 「土偶が多く出土するのは、何時代の遺跡?」

 「か、カンブリア時代ですね」


 この通り、一問も正解していない。

 日本史に関する問題なのに、何故世界史の単語ばかり出てくるのだろうか。

 ちなみに正解は、上から順に足利義満、平清盛、縄文時代である。


 「1911年に日本が関税自主権を回復した際の外務大臣は?」


 志保は顔をしかめて頭を悩ませた。

 ちなみに答えは小村寿太郎だ。


 「た、たしか、小村……」

 「そう、そうだよ、その続きは……!?」

 「こ、小村ナポレオンですねっ」


 いねえよそんなやつ!

 俺は心の中で全力でツッコんだ。……ていうかどんだけナポレオン好きなんだよ。

 会長もここまで酷いとは想像していなかったのか、頬をヒクヒクとひくつかせていた。

 それから俺のもとまでトテトテと歩み寄ってきて、コソッと耳打ちしてきた。


 「翔くん諦めよう! こりゃムリだよ!」

 「ちょっちょっと、諦めないでくださいよ! ……あ、ほら! 今の聞こえたのか、志保が涙目になってますから!」


 志保の頭を撫でて慰めている会長は、突如思いついたように声を上げた。


 「そうだ、覚えやすいフレーズにして暗記すれば良いんだよ!」

 「ふ、フレーズですか」


 なるほど、確かにそれはいい考えかもしれない。

 覚えられない単語もそうだが、公式などもフレーズにして覚えるのは効果的だ。


 「例えば第一問の『織田信長を本能寺の変で破ったのは誰?』って問題ね! これは、『織田をYO!殺したのはYO!明智なんだYO!』で覚えるんだよ!」


 それでどうやって覚えるんだよ。ただラップにのせただけじゃねえか。


 「な、なるほど。覚えられましたっ」


 なんで? なんでそれで覚えられるんだよ。

 それからも様々なヒップホップに乗せた暗記方法を伝授された志保は、日本史の基礎フレーズは全て答えられるようになっていた。恐るべき成長スピードである。

 この調子なら期末試験でも何の問題もないだろう。


 「ちなみに、理系科目はできるのか?」


 何気なく聞いてみると、志保は機嫌が良いのか、普段は見せない満面の笑みで答えた。


 「は、はい。理科は暗記科目ではないので」

 

 そうだろうか。俺的には、理科も暗記科目だと思うんだが。

 まあともかく、あれだけ絶望的だった日本史がここまでさまになったのだ。

 とりあえずは一件落着だろう。

 俺は安堵し、水筒のお茶を喉に流し込んだ。


 「じゃあ念のため問題出してみようか! 確か単元は天体だったよね! それじゃあ、太陽の表面温度は?」

 「え、えっと……7億2000万度!」

 「ブッ……!?」


 俺はお茶を思い切り吹き出した。

 嘘だろ、おい……どこまで勉強苦手なんだよ。6000度だろ、常識問題だろ?

 会長も石像のように固まっていた。

 何が理科はできるだよ、絶望的じゃねえか。

 俺は会長と無言で顔を見合わせた。

 こりゃダメだ……。




 期末考査が終わり、テストが返却された日の放課後。

 志保が泣きそうな表情で生徒会室までやってきた。


 「……わ、私、日本史と地学が特に苦手だって気付いたから、それを重点的に勉強してたんです。そしたら、勉強した二科目は赤点回避できたんですけど、それ以外の科目が……」


 そうして志保に手渡された素点表を見てみた。

 ……日本史と地学以外の教科は全て赤点だった。

 0点が5つもあったのには流石に驚いた。記号問題も全て外したのか……。

 会長になぐさめられている志保を見て、今度学食でもおごってあげようと思った。



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 伏見ダイヤモンド

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