第36話 PS科の特権

 心なしか、ほおを赤くしている、マルティナ先輩。


 両手を後ろに回したまま、モジモジしている。


「えっと、その……。わ、わたくしが今度の対戦で勝ちましたら……。一緒に泊りがけのをお願いいたします」


 周りにいる女子たちは、彼女と同じ2年が多いものの、1年、3年すら交じっている。


 俺とマルティナを半包囲するような構図で、固唾を吞んだまま。


 下から覗き見るような彼女に、答える。


「勝敗がどちらでも、構いませんよ? こちらがお願いしたいぐらいです――」

「「「わぁあああっ!」」」


 なぜか、周囲の女子が騒ぎ出した。


 興奮した様子で、ハチの巣をつついたよう。


「おめでとうございます!」

「良かったですね!」

「その間の雑事は、こちらでやっておきますから!」


 何が起こったんだ?


 首まで赤くなったマルティナは、恥ずかしそうに、片手の甲で自分の髪をなぞった。


「た、楽しみにしておきます……。でも、校内予選は全力で当たりますわ!」

「はい」


 ふと思いついたように、マルティナは顔を赤くしたまま、提案する。


「勝ったほうが、負けたほうに命令できる……。そうしません?」


「まあ、別にいいですけど」


 いきなりの呼び出しは、その会話で終了。



 1年のエリアに戻る際に、令夢れいむ先輩と会った。


和真かずまか! ちょうど、良かったわ……。マルティナに呼ばれても、返事はせんほうが――」

「さっき、泊りがけの訓練に誘われて、受けたんですが?」


 それを聞いた令夢は、体に横線が入ったまま、言葉を失った。


 やがて、ポツリと言う。


「そーか……。まあ、和真は減らんしな! あんたのハーレム部は騒ぎそうだけど」


 理由を問いただす間もなく、片手を振りながら去っていく令夢。



 ◇



 食堂でくつろぐ、キャロリーヌたち。


 テーブルを挟んでいるシェリーが、顔を上げた。


「和真のことで、話があります。私の部屋に来てください」



 ――シェリーの部屋


 ラファームの1人である彼女は、特別待遇。

 PS(パワードスーツ)学園の新入生にもかかわらず、良い部屋を与えられている。

 学習机、ベッドの数と、その配置から、独り占めのようだ。


 そこに招かれた女子グループは、キョロキョロと見回す。


「私の相部屋とは、ぜんぜん違いますね!」

「ここが特別なだけよ……。私たちも、2人部屋だけどホテル並み」


 寮の相部屋は、苦楽を共にする仲間を作るため。

 他人の目があったほうが規律正しくなることも、大きい。


 アリスは、特に驚かず。


「ボクも、似たような部屋だ……。こっちは学年主席で、参謀本部付きだけど」


 疑問に思った梨依奈りいなが、尋ねる。


「嫌がらせとか、大丈夫?」


「問題ありません。入学テストで艦隊レベルを制御したから。特待生の扱いですよ? 通信科に気性の荒い生徒は少なく、むしろ主席のアリス狙いやらが媚びを売ってきます。……適当に座ってください」


 ミニキッチンでお茶を用意する、シェリー。


 ソファーに座った面々に、お菓子と紅茶を置く。


 本人も座り、話を始める。


「マルティナさんが、仕掛けてきました。和真と訓練を約束したようで……」


 首をかしげたキャロリーヌが、応じる。


「PSで訓練するだけですよね?」


 ため息を吐いたアリスが、指摘する。


「この学園は、恋愛禁止だ。でも、建前と実情は違うんだよ……。何かあれば最前線で戦うPS科には、特権が認められている。もちろん、非公式にだけど」


 嫌な予感がした梨依奈は、すぐに質問。


「それって、まさか……」


 首肯したアリスが、説明する。


「そうだ……。PS科で『男女2人きりの訓練』は、羽目を外すってこと! ご丁寧に、離れの建物だからね」


 ブヒュッと、飲み物を吐いたキャロリーヌ。


 そのまま、せき込んだ。


 いっぽう、呆れた梨依奈は、提案する。


「和真が知らなかったのなら、反故ほごにすれば?」


「本人が応じたうえに、マルティナさんの取り巻きが大勢いました。和真は『勝敗に関係なく応じる』と付け加えたので、一方的に破れば、報復されかねません。話が話だけに、教職員を動かすのは止めたほうがいいです」


 シェリーの返答に、梨依奈は天井を見た。


「今は、マルティナとの対決が近いし……。和真が勝った後で、上手く誤魔化すしかない? 下手に教えたら、集中できないか、スケベ心でわざと負けそうだし」


「まあ、そうですね」


 冷静なシェリーに、キャロリーヌが騒ぎ出す。


「え? これ、私が『ファントム・ブルー』のメインスラスターを狙ったから?」


「否定しないけど。元々、好意はあったと思う。キャロへの嫌がらせだけで、貞操を疑われる事態にはしないわよ?」


 梨依奈に続き、アリスも自分の意見を述べる。


「勢いがついたのは、事実だろう? とにかく、今は邪魔をせず、2人の対戦に集中! シェリーは、監視をよろしく」


「はい。言われずとも……」


 かくして、和真が知らないまま、女の戦いが始まった。


 PS競技会への出場を競う校内予選で、男子の棒倒しも。


 この学園で、キャロリーヌたちがハーレム部の扱いは、定着しつつある。

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