第5話


 連戦連敗は大台を迎えた。セレモニーでは感謝状と人参でつくられた首飾りが贈呈された。最も縁深い人間はただ「本当に弱い」とだけ評した。更にコメントを求められると、「常に一生懸命走るのは魅力かもしれないが、単に動物として捉えた場合、プロから見れば正直十人が十人とも口を揃えて『魅力はない』と答えると思う」と加えた。後には地元の観光協会から観光功労者としても表彰された。勿論、その時も敗戦後のセレモニーで。


 セレモニー…………。

 人参でつくられた首飾り…………。

 ……………………。

 公衆の面前で、柱に繋がれ、「異端の主導者」の紙の帽子を被せられ、焚刑に処されたフス…………。


 中央の正真正銘スーパースターと共演することとなる。入場者数のあまりの多さに“流刑地”史上初の入場規制。私の馬券購入の為だけのファン専用が設置された。にも拘らず、待ち時間は七時間越えであった。結果は十一頭立てで十位だったにも関わらずウィニングランが行われた。

 付き合わされた稀代の天才――全国に名を馳せるスーパースター。思えば彼は人格者であった。元々は「僕が少しでも地方の助けになれれば」と軽い気持ちでオファーを受けたそうだが、当日二週間前の段階で、加熱し過ぎている私のブームに対し、「あまりにも異常な騒がれ方で正直辟易としている」「生涯一度も勝ったことのない者がどんな賞を取った者よりも注目されているのは理解し難い」「本質からかけ離れた大騒ぎが繰り広げられていることに嫌気がさし、憤りすら覚える」と苦言を呈している。

私は「立派だ」と思った。

ただ……、

ただ、やはり彼は人であり、我が同輩ではないのだ。

 レース当日、“箱庭”を埋め尽くし、眼を輝かせて応援する観客を見て、彼の怒りは消えたのだ。「『一度共演してみたい』との当初の気持ちに立ち返ることが出来た」、そして、「ああ、こういうスターがいてもいいんだ」と思ったという。だけど……、

「それは違うよ」

 彼はその時の熱狂とあの時の熱狂――今から三十年ほど前に中央で繰り広げられたあの芦毛の先達のラストラン――とを重ねて見てしまったのではないだろうか。たとえ僅かであったとしても。だけどね……、

「何もかもが違うんだよ」

 かの先達とこの私とでは。

 同じなのはそれこそ夥しい人々が熱狂しているというだけ。

 レース後、稀代の天才は「『強い者が強い勝ち方をすることに面白さがある』と僕は思っています。しかし、ここにあれだけのファンを呼び、ニッポン全国に狂騒曲をかき鳴らした彼女に勝ちの味を教えてあげられなかったことには口惜しさを感じています。けれども彼女はファンの心を大きく揺り動かすスターでした」とのコメントを残しているのだが、やはりそれは違うのだ。何もかもが違い過ぎていて……。

それでも偽物の私に最後まで気遣いしてくれたことにはとても感謝している。ありがとう。紛うこと無き本物のスーパースターさん。


 祭り上げられたスーパースター。

 つくられたスーパーアイドル。

 類稀に見る道化師。

 客寄せのピエロ。

 運営の思惑は当たった。いや、当たったなどという生易しいレベルではない。

 “最果ての流刑地”は廃止を免れたどころではなかった。そしてそれは溢れ者の吹き溜まりが確保されたことということでもある。

 私は道化であっても聖人などとは程遠い。人間に恨みがないと言ったら噓になる。これ以上ないほどに私の精神は踏み躙られた。それは虐待などという生易しいレベルではない。そうしたのは他でもない。人間だ。彼らは私という存在を真っ向から否定した。真っ向から私のメンタルを破壊した。私が我が種族の末裔として前例のない失敗作であることと手段を択ばず世に喧伝してみせた。それなのに、私という奴は人間という種の全てを憎み切れない。勿論、私を決して望まない種類の晒し者にした運営に対しては呪詛以外の言葉はないし、私が敗戦のみを連ねる姿を喜ぶ人間に好意を持てはしない。しかし、私の走る姿に自らの姿を重ね、生きる励みとし、明日への活力としてくれている人々には、素直に感謝しているし頑張って欲しい。そして私を支えてくれている人々。彼らは私を勝たせるべきではない。否、勝たせてはいけない。彼らにも生活があり、食べていかなければならないとすれば、私に手を貸すのはフリだけでしかなければならない。それなのに彼らは勝たそうとしている。本心から。この私を。彼らの私に対する愛情は否定のしようがない。複雑な思いはあるだろうに。

こんな私でも彼らの役に立っていると思うと……。

 ただ、ここを存続させてしまったことに関しては……。運営の私に対する仕打ちを脇においておいたとしても。我らが種族最低の出来損ないとして意見させて頂くとするのならば。

 最速の機能美――ただそれだけを追求された誇り高きエリート中のエリートが、流されに流された果ての吹き溜まりで、己の絶対的な才能の欠如、あまりにも無能力に向き合わされる日々、それは地獄でしかない。そうまでして生きる意味とは何だろう? 生き続けなければいけないのだろうか? 私は、生きていたくなんかない。現状のように地獄の底の底に叩き込まれる前から生きていたくなんかなかった。我が同胞ならば皆、私に同意することであろう。何故ならば我々は何よりも――死ぬことよりも――速く走ることを欲するようデザインされた種なのだから。生き恥を晒すようにはつくられてはいないし、そんな場所など要りはしない。

ところが人間の視点からすればそうではないらしい。我々を我々たらしめた造物主でありながら。

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