第4話


 私の所属する“箱庭”を運営する組織の財政は慢性的な赤字であり、いつ廃止されてもおかしくない状態にあった。そんな切迫した状況下に於いて、とある運営に携わる者の一人が先のアナウンサーの実況からとあるアイデアを思い付いたところで、今にして思えば何の不思議もありはしない。海の向こうには既に存在していたのだ。連戦連敗が故に大人気を誇るスター、いや、ピエロが。こうして運営は私に白羽の矢を立てたのである。「こいつを売り出してみよう」と。「少しでも此処を盛り上げたい」と。「願わくば廃止を免れたい」と。“流刑地”とさえ揶揄される最果ての吹き溜まりの“箱庭”の救済策の一つとして。

 効果は覿面であった。

 「一回ぐらいは勝とうな」――それが始まりであった。この見出しが地元地方紙の社会面に踊ったことがまず最初だった。

 私は憤った。「ならば逆に問おう! 我が種族の成り立ちからして、我が種の不自然さからして、我々が背負っている宿命――歪みからして、我が同胞にして勝利を希求していない者などどこにいようか! 我々を、そして私を、斯様にデザインし育成したのはかく謂う貴様らではないか!」と。

 だが、私の怒りなど虚しいものだ。何処にも届きなどしない。

その一方で運営は味をしめた。

「何でもいいから人目を引け」との大号令が下った。

間もなく、「リストラ時代の対抗馬」と評され、「負け組の星」と全国的人気と知名度を得ることとなり、「リストラの防止になる」「当たらないから交通安全のお守りになる」と単勝馬券を買う者が続出することとなった。

単勝馬券の他にブラッシングの際に抜けた毛を入れたお守りも売り出したらしいが、こちらは動物虐待との非難を受けて販売中止となり、檜の絵馬に切り替えられたという。が、そんなものは私に言わせれば、

「『動物虐待』とは一体何のことであろうか?」、である。

 梳いた程度のことで、それで毛が抜けたところで、それが一体何だというのか? 数十本や数百本の体毛が引き抜いたところで何だというのか? 体中の毛という毛を丸ごと引き千切ったところで、既にずたずたに引き裂かれた心痛には、遠く及びはしないことがどうしてわからないのか? これほどまでの奇形種をつくり上げる知能を持つ者とはその程度のことすら察しがつかないものなのか? それとも、知性と感性とは全く異なるものだと主張したいのだろうか?

 私に携わる者、私の周りにいる者たち。デビュー以来、彼らがいつも私を勝たせようと尽力していてくれたことに対して一切の疑いを持ってはいない。しかし、私が稀代の道化師、いや、この“流刑地”のスーパースターとして財政を潤し、彼らの食い扶持を賄い、ひいいてはその懐をこれまでになく豊かにしている現状を顧みるに、「未だに嘗てと変わることのない想いを共有出来ているものなのだろうか?」と疑念を挟まないではいられない。今となっては、私が「勝つ」ということが意味するところは……。

「『勝ったらダメだ』とは知りつつも、取材の方が来るようになり、以前にも増してより勝ちたいと思うようになった」。「連敗記録ばかりが話題になるが、一度でいいから勝って欲しい。その為に世話をしているのだから」。……本気でそう思っているのであろうか?

 「全てを犠牲にしてでも次のレースで兎に角『勝つ』という調教は行えないものなのか?」との問いに対して、「それをやったら一勝は出来るかもしれないが、故障は避けられない。勝つ為に故障させてしまう調教は絶対にしたくない」との答えを耳にしたこともある。彼らの私に対する思いやりはわかるし、その愛情は知っている。それは今日においても変わりはあるまい。だが、彼らが私のことを本当に理解しているかというと……。

思い出して欲しい。

私の宿命は誰よりも速くゴールを駆け抜けること。しかし、逆説的に言うのならば、私のような不自然な生物、私のような著しくバランスを欠いた奇形種、私のような人の――そう君たち人間の――極めて限定的な目的の為に意図的に組まれた果ての血統に求められているのはただそれだけなのである。故に、ただ全力で走る――それこそが、否、それだけが、我々という種族の“売り”だというのに――だけのことが、自然ではあり得ない可能性で死に直結する存在なのである。だけれども、我々は決してそれを避けたりはしないし、寧ろ積極的に受け入れる。走ることは喜びであり、誰よりも速くゴールを駆け抜けることこそが全てなのだ。我々の血脈にはそう刻印されているのだ。

そして、それはこの私とて例外ではない。 

だとすれば、察して欲しい…………。

 だから、察して欲しいのに…………。


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