間章~Another side②~

覆水と赦罪



 実の妹と、生まれて初めてのキスをした。

 例えば、俺が十歳にもならない頃の出来事だったとしたら、殆どの人が微笑ましいエピソードとして聞いてくれるだろう。しかし現実は、俺が十七歳で美蓮が十五歳だ。そうなると今度は、訝しんだり嫌悪感を覚える人が殆どだろう。

 その二つはどちらも一般的で、模範的で、道徳的な感性だ。

 そんなことは言われなくても分かっているし俺自身、美蓮と一緒に居ると常々「俺は何をやっているのだろう」という気持ちに襲われる。

 それは別に背徳感だとかそういう感情ではない。

 けれど、どうにも説明し難い感情だ。

 チカチカとする、時折眩しい車道からの光を受けながら家へ進んでいると、バスに乗り込む母娘を見かけた。

 その二人については特に何も思うことはなかったが、ふと、田所恵とその娘のことを思い出した。

 田所恵の起こした事故は、運送用トラックを運転中に、過労により意識を失ったことが原因だったらしい。

 田所恵の弁護士がそう説明をし、続けて謝罪と共に示談に応じるように求められた。

 訳が分からなかった。

 父さんと母さんを殺した人間には殺意や恨みがあったわけではない。たまたま同じ場所に居合わせたというだけで両親は死んでしまったのだ。

 なら俺は、何を恨んだらいいのだと思った。

 田所恵や田所恵の会社に落ち度はあるが、別に人を殺そうと思っていたわけではないはずだ。

 そこに悪意はなく、あったのはただの過失だ。

 俺は当時から、殺す気がないのに殺してしまったのなら田所恵も会社側も相当悔やんでいることだろうと思っていた。それでも俺は、田所恵や会社を許せなかったし、もし相手側に害意があったのなら、呪い殺すほどに恨んでいただろう。

 けれど事実として、本当に事故であるという現実を知り、俺は恨むに恨めないでいる。

 事故から暫らく経ってから、執行猶予付きの判決になったことと謝罪に来たいという連絡を田所恵の弁護士から言われたが、頭がおかしくなりそうだから顔を見せないでくれと頼んだ。

 これは今になって分かったことだが、田所恵は心を患う程に悔やんでいる。そして未だに、事故のことを悔やんで許しを求めているという。

 だとしたら、自業自得だとは思わなくもないが、少し可哀そうではある。なにせ、たった一瞬の過失で十数年も引きずり続けているのだから。

 もし俺が田所恵を許せば、田所恵は救われるのだろうか。

 そんなことをふと思い、気分が悪くなった。

 既に喪われた命より今ある命を優先するべきだというのも、理屈の上では分かる。だが、頭では分かっていても、俺の心はもっと別の所にあるのだ。



――俺は田所恵を許さない。


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