第4話
なんでこんなことに……。
住み慣れた街から電車で一時間と数十分、俺は田舎真っ只中の改札を抜けた。
事の発端は授業の合間に届いたメールだ。
『次の連休で一日休みを取ったら教えて』
せっかくの死に日和を逃がしてしまった俺は西園寺さんの視線に気づき精一杯腕をバツに抵抗したが――。
「おーいたいた! もしいなかったらどうしてやろうかと思ってたよ!」
「本当に熱で倒れてたらどうすんだよ」
「倒れる人は律儀に返信なんてしないんだぞ。覚えておくといい、少年!」
勝ち誇られても困るが意外と当たってるから悔しい。
母さんのときもそうだった。
こよりはまだ早期発見だったため治る可能性は高いと聞いているが、顔を合わせるたびに薬の副作用で弱っている姿を見続けるのは辛い。
お医者さんや先生たちは希望を持ってというが、それを考える分、不安も大きくなる。
治った先で事故にでもあったら……再発してしまったら……。
「――ねぇ、ちょっと聞いてる?」
「んっ、あ、あぁ」
「はぁ……私を無視するなんて古田君か職場の先輩方くらいだわ」
「あ、まさかアレか? 出る杭は打たれるっていう名のいじ――」
「なんでそこに食い付くの……。ま、あんなものみんな生き残るために必死なんだとでも思えば、案外平気なもんよ」
「西園寺さんは強いんだなぁ」
「……ただの慣れってやつよ。それでもう一度話すけど、今からバスに乗って移動したあと、私の友だちに会ってもらうから」
「えっ、なんで?」
「いいから」
よくはないだろう。
女が男を紹介するなんて考えられることは二つに一つ。
『いい男子いないの~?』とかいわれて俺を生贄にしようとしているか、友人からマウントを取るため俺に彼氏の真似をさせるつもりか。
まぁ、これでも俺はカッコいいほうだよってこよりに言われてるからな。
「なんだろうと受けて立つ」
「何よいきなり……――バスが来たわよ」
◇
な、なかなか立派な家じゃないか。
バスに乗りどこまで行くのかと心配したが思ったより住宅街へきた。
そこから降りて歩くこと数分、目の前には立派なお屋敷が建っている。
土地の値段なんて知らないが佇まいからみても決して普通とは言い難い。
「もしかして、西園寺さんの友だちってお嬢様?」
「違うわよ。ここは友だちの祖父母が暮らしてる家で、訳あってここに住んでるの」
……要は訳アリには訳アリをぶつけてみようという作戦な訳だ。
そう簡単にうまくいくと思ってもらっちゃ困るな。
訳アリたちにはそれ相応の信念がある。
何も好んでそうなったわけじゃない。
「何してるの、さっさと入るわよ」
「あ、はい」
「京華ちゃんいらっしゃい」
「こんにちは。茜います?」
「えぇ、部屋にいってみて」
お婆さん、そんな簡単に男を家にあげていいんですか。
こよりから聞いているが女性の部屋というのは男が考えるほど花園ではない。
そこにあるのは
「茜ー入るわよー」
ゴクッ……いくら妹の部屋をみてるといっても緊張するな……。
「京ちゃん、急に連絡してきたと思ったら何、男でも自慢しにきたの?」
「そういうのじゃないから。彼は古田君、学校の同級生よ」
「どうも、古田です」
ショートカットくらいの金髪にだるだるの部屋着、これは……ギャルだ。
部屋はそれほど散らかっておらず、目につくものといえば大量の雑誌が棚に押し詰められてるくらい。
「何? 下着でも落ちてると思った?」
「あ、いえ、そんなわけじゃ……」
「あっはっはっは! そういえば古田君も一応男の子だったね~」
「じょ、女子の部屋なんて妹で見慣れてるし!」
「わかったわかった。彼女は茜、私の幼馴染なの」
茜と呼ばれたギャルは挨拶することなく俺を見ていない。
「京ちゃん~そろそろ一番になったぁ~?」
「ううん、まだ先になるかな」
「早く一番になってみせてよ」
「も、もう少し待って!」
一番ってなんだろう……っていうか俺だけ置いてけぼりとか酷くない?
「ねぇ、一番ってなんの話?」
俺の言葉に西園寺さんは表情を曇らせる。
あれ、話題に混ざろうとしたがまずかったか……。
しかし半ば無理やり連れてこられたのに放置されたら、さすがに俺だっていつまでも黙っちゃいないぞ。
「京ちゃんさ~、モデルの雑誌でトップになるっていったんだ」
「お~すごい目標だな。だからあんなに頑張ってるのか」
学業と仕事の両立なんてどれほど大変なことか。
日々バイトをこなしてお見舞いに行くだけでも大変なのに、本業ともなればそりゃあ半端じゃすまないだろう。
「何言ってんの? 頑張ってなれれば誰も苦労しないっつーの」
この人、急に何を言い出すんだ……。
「おいおい、努力しなきゃ成功もしないだろ」
「まさか努力が報われるって信じてるタイプ? それは成功者が言うから意味を成すのよ。負けた側の人間が同じことを言っても努力が足りないって、みんな切り捨ててるでしょ」
「そんなことを言いたいんじゃない。ただ、西園寺さんみたいに努力してる人だっているんだ。言い方ってものがあるだろ」
「あぁ~そういうのもう聞き飽きてるんだわ」
「なんだとっ?」
「茜、やめてっ! 古田君も色々大変なの!」
「大変ってなに? 京ちゃんみたいな美人に目を付けられたこと?」
「……ッ!!」
なかなかの煽りっぷりだ。
さすがの西園寺さんも少しヒートアップしてきたし。
しかし待てよ……さっきの茜のいうことは正直納得できてしまう部分があった。
一度ここは冷静になったほうがいいな。
「あ~別に慰めてもらうつもりじゃないけどさ、俺の母さんは早くに亡くなってて、妹は病気で入院中。でもまぁ、君の言う通り西園寺さんに目を付けられたことのほうが大変かもな!」
「…………」
あれ、ここは笑うところだぞ。
幼馴染なら西園寺さんの性格を知ってるだろ。
ほらみたことかって盛り上がればいいじゃない!
「……西園寺さん、ごめん?」
「……急に謝らないでくれる」
「と、とりあえずみんな一旦落ち着こう。俺も話の邪魔をして悪かった」
こういうときは自分に非があってもなくても謝っとけばいい。
海外じゃタブーだけどな。
「ねぇあんた、さっき努力しなきゃ成功はないって言ってたけど、本当にそう思ってる?」
「当たり前だろ、有名人でも『成功した人はみんな努力している』って言ってる」
「ふぅん。じゃあさ、一流の人間って私たち凡人が思ってるような努力を、努力として感じていないって知ってる?」
「なんだそれ」
「京ちゃんみたいな天才ってのはね、遊びの延長のように感じてるのよ。ゲームとか遊んでてどうやったらうまくなるかって考えるでしょ。あれと一緒」
「えっ、そうなの?」
見た目はギャルだがこの子はもしかすると頭がいいのかもしれない。
「私はね、なにも努力を否定したいわけじゃないの。努力を正当化するのが嫌いなだけ、そして君はさっき私が言ったことを否定した、わかってる? 誤魔化したつもりだろうけど」
茜がいったこと……あっ。
「すまん! べ、別にそんなつもりはなくて!」
「ま、気にしないで。人間なんてそんなもんだし、こんな
……自分自身でも信じられない。
俺は今まで常に中立でいた。
いや、そう思い込んでいた。
だが俺の言葉は全て結果を成した人間から得たもの。
さっきも都合のいいように解釈して反論し、俺が茜より正しいと思い込んだ。
俺が上に立とうとしてるだけで会話になっていなかったんだ。
……いつからかわからないが、俺は今、茜のような『自分』を持っていない。
俺が死のうとしていると話したら茜はなんていうだろう。
…………。
「茜――さん? ちょっと俺の話を聞いてくれる?」
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