第2話 中編


 ────バキッ!!!



 早朝5時、王宮東の宮で破壊音がすると血相を変えた衛兵がドヤドヤと集まった。

 しかし音の正体を確認すると、彼らは深くため息をついて持ち場へ戻っていった。やれやれ、とため息をつきながら。

 

「本日1回目、今週13回目、合計2003回目だな」


 スワードはクリーム色の洋紙に万年筆で書き込んだ。羅列したその数字は、この半年間で成されたシャルロッテの怪力記録である。


 破壊音の正体シャルロッテはスワードの様子を見て苦虫を潰した。それからスワードの正面のソファに腰掛けて、そっと手を組んで心の中で祈った。


(ごめんなさい新品のドアハンドル。どうか安らかな眠りを…)


 シャルロッテは握り潰してしまった「ドアハンドルだった物」の冥福を祈り、スワードはそれを重要参考品として押収した。


 スワードは慣れた手つきで押収品の重さを測ったり断面を見たり、それらの数値をまた書き留めたりして、シャルロッテはそんな彼の顔色を伺いながら言った。


「その…朝って昨日がリセットされて新鮮に緊張するんです。気をつけてはいるのですが怪力発動して…本当に申し訳ございません」

「ははっ!朝は新鮮に緊張か。まぁ君は18年の悪癖を直そうとしているんだ。一朝一夕にはいかないだろう、気にしなくていい」

「はぁ…殿下の優しさはこれで1億回目ですね」

「寛容な男だろう?」

 

 シャルロッテは繰り返す自分の失態に自己嫌悪していたが、スワードの悪戯っぽい笑みを見ると不思議と和らいだ。


 王宮住まいが始まって半年、シャルロッテはこれまでに数え切れない程の怪力発動をして物を壊しては、その「怪力令嬢」ぶりを証明してきた。

 しかしスワードが憤ったことは一度もなく、シャルロッテはスワードといると「か弱く」なれた錯覚をしてしまう。


 そんなシャルロッテの訓練は毎日スワードと二人三脚で行われた。


 内容は主に美しい庭園や湖畔に行ったり、シチュエーションを変えてみたりして、感動で心躍らせても怪力発動しないよう耐える訓練を繰り返した。

 しかし特に辛い訓練は夜で、スワードとロマンチックな夜景や街を楽しんで高揚しても、怪力発動をしないようにすることは格段に難易度が高かった。もういくつのグラスやカトラリー、ベンチ椅子、マネキン等々を駄目にしたか分からない。


 これらは全てスワード自身が考案したメニューで、スワードが希望した「怪力令嬢」の謎の解明と兵力への応用もできるということだ。シャルロッテはそのメニューに真摯に取り組んでいた。


「でも…先程は失敗しましたが、殿下のおかげで少し成長できたと思います。お茶会でご令息にドレスを褒められた時は怪力発動しなかったので」

「ん?いつの話だそれは」


 ご機嫌だったスワードはピクリと眉をひそめ、インクで汚れた手を雑に拭きはじめた。その間もシャルロッテの顔を見て次の言葉をジッと待っている。


「殿下が領地視察に行かれた時です。ほら、この前お話しした伯爵家の…」

「それは私がいないから行かなくていいとあれほど言っただろう!?」

「でっでも実地訓練になると思ったんです!最近は殿下相手でも怪力率が下がってきましたし!」

「いいや君は私といなければ駄目だ!」


 朝から一国の王太子と怪力令嬢がソファからガタガタと立ち上がって己の意見を主張した。

 シャルロッテは自分の主張が通るようにキッとスワードを見たが、彼から注がれる視線はさらに燃え上がるように強く、シャルロッテは顔を顰めて口をつぐんだ。

 スワードはため息をついてクシャリと髪を掻き上げ、それからシャルロッテの額を指で小突いた。


「君がいないと雛鳥が落ちていくみたいで不安なんだ」

「雛鳥?」

「そうだ。あれは飛ぶ練習中に落ちて、自力では巣に戻れず最悪死ぬ。だから君は私と一緒でなければ駄目だ。分かるか?」

「そ、そうですよね。今朝もドアハンドルを再起不能にしましたし……?」

「それだけじゃない。例えばこの前のことで言えば────」


 それからスワードはシャルロッテの過去半年間の怪力記録から今後の予想最低怪力を算出し、自分といるべき理由をとくとくと説明した。

 シャルロッテは冷静で完璧な「王国の麗星」モードのスワードに理路整然と語られて、その説得力にポキリと折れた。


「やっやっぱり訓練は殿下とするに限りますね!もう二度と殿下から離れません!二度と!」

「そうだ。分かればいいんだ、分かれば」


 スワードはまじないのようにシャルロッテの額を3回つつき、彼女の散らばった前髪を直して綺麗に微笑んだ。


 超特大の飴と鞭に、怪力令嬢は手も足も出ない。ウブなシャルロッテは額に触れられただけでのぼせ上がり、自分が今何も手に持っていないことに安堵した。きっと怪力でバキバキに壊していたに違いない。


 スワードはそのシャルロッテを観察して満足気に微笑んだが、思い出したようにシャルロッテに聞いた。


「そういえばドレスは何を着て行った?社交用は殆ど持っていないと言っていただろう」

「あ!それなら殿下からいただいたドレスを着て行きました」

「は?」

「この前の訓練で買っていただいた物です!ちょうどティータイム用のドレスでしたよね?だからお茶会にもぴったりでしたし、ご令息にお褒めいただい…ふぇ!?!?」


 スワードはシャルロッテの両頬を摘んで喜びの言葉を紡げなくした。シャルロッテはろくに話せず、横に伸びた顔で「はふはふ」と発音する。

 シャルロッテの美しい見目を持ってしても両頬伸ばしには敵わず、スワードはその情けないシャルロッテを鼻で笑った。そして悪い笑顔で続ける。


「あれは私とのティータイムで着る物だ。どこぞのバカ令息達に見せるための物ではない」 

「れほひはふひらはっはふれふ!」

「ん?どうした?聞こえないな」


 スワードは片眉を釣り上げてシャルロッテの頬を横に伸縮させた。どうやらスワードの地雷を踏んでしまったようである。

 スワードはシャルロッテに弁明の機会を与えようと頬から手を離して、シャルロッテは頬をさすりながら堰を切ったように話した。


「自慢したかったんです!」

「何だって?」

「好きな物は自慢したいじゃないですか。だから早く誰かに見せたかったんです。『怪力令嬢』だってこんなに素敵なドレスを持ってるぞって」


 スワードから贈られたドレスはチョコレートをミルクに溶かしたような甘いブラウン色で、彼に出会ったケーキぶっ潰し事件を思い起こさせた。それがスワードと心を通わせているようでシャルロッテは心から愛おしかったのだ。


「そんなに私が贈ったドレスが好きか?」

「大好きです!許されるなら王都中へ自慢しに行きたいくらいですよ」


 ────バゴォッ!!


 シャルロッテはそう言い切ってスワードのデスクを軽く叩くと、床にめり込んで天板は真っ二つに割れた。

 どうやらドレスを思う気持ちが昂って怪力発動していたらしい。シャルロッテはドアハンドルだけでは飽き足らず、ついに家具まで手にかけてしまった。最悪だ。

 シャルロッテが脳内で「怪力令嬢」の罪状を読み上げられている中、スワードの笑い声が彼女の意識を引き戻した。


「ふっ…はははっ!君には敵わないなシャルロッテ」

「へ?」

「私なら籠に閉じ込めて独占したいが…そうだな。たまには見せびらかして、羨ましがられるのも悪くない」


 シャルロッテは理解が追いつかずポカンとしていたが、スワードは完璧で綺麗に微笑んだ。


「デスクを弁償しろとは言わないが、代わりに私の願いを1つだけ叶えてくれないか?」

「もちろんです!わたしに出来ることなら何でもします!」

「では来週末の舞踏会に私が用意したドレスで参加してほしい」

 

 スワードは人差し指で「1」を主張し、シャルロッテは丸い目をしてスワードを見つめた。それだけでいいのか、なんて寛容な王太子なのだろうと驚きを隠せない。


「できるか?」


 スワードはシャルロッテの髪をさらりと掬ってキスを落とすと、彼女のミルクティー色の髪が嬉しげに輝いた。スワードはそれを指先で弄んでシャルロッテの返事を待つ。


 真っ赤にのぼせ上がったシャルロッテに断る理由はなかった。

 

「かしこまりました。殿下のドレスに恥じない『か弱い』令嬢で舞踏会に臨みます!」

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