【短編】怪力令嬢は「か弱く」なって恋がしたい!〜王太子と訓練してるつもりが溺愛されてました〜

三月よる

第1話 前編


「はあ…やっぱり愛されヒロインは『か弱い』のね」


 日当たり良好の白亜のガゼボで、本を読みながら大きくため息をつく娘がいた。

 彼女の名はシャルロッテ・シルト。シルト侯爵家の長女であり、王都でも指折りの美しい娘だ。


 母譲りの華奢な体にミルク色の肌とミルクティー色の髪、加えて父譲りのエメラルドの瞳を持つシャルロッテ。

 誰もが彼女の美しさに心奪われたが、肝心の求婚をする者は少なかった。


 理由は1つ。それはシャルロッテが巷で有名な「怪力令嬢」だから。

 普段は可憐なシャルロッテだが、彼女は感情が昂ると超人的な力を発動する怪力体質であり、自分の意に反して何かと物を壊してしまう悪癖があった。


 ある時はお茶会でドレスを褒められた嬉しさでティーカップを割り、またある時は舞踏会でダンスを申し込まれたトキメキでシャンパングラスを割ってしまった。


 でもまぁ、それくらいなら可愛い方で。


 本格的な怪力逸話といえば、平民を轢こうとした馬車に激怒して片手で車体を持ち上げたことがある。

 またある時は倒れる大木を恐怖のあまり指先で真っ二つに割ったこともあり、その時は木の下にいた子供をたまたま助けていた。


 シャルロッテの「怪力令嬢」の異名が認知され始めたのも、男からの求婚が激減したのもその頃だった。


 最近ではその異名が原因で婚約破棄までされてしまった。

 シャルロッテも自分の逸話が増えるたびに婚約者の表情が曇っていくのを感じていたが、足掻くには遅すぎた。


『美しい令嬢だと思っていたのに…「怪力令嬢」は御免です。僕は「か弱い」女性らしい方が好きなので』


(わたしだって心は繊細でか弱い令嬢ですけれど…!?)

 

 その元婚約者だが、公爵令息の身でありながら今は平民の娘と懇意にしているそうで、家柄よりも「か弱さ」がモノを言うのだとシャルロッテは知った。


 その婚約破棄を受けて娘の将来が不安になった父親のシルト侯爵は、宮廷医師や生物学者にシャルロッテを見せた。  

 しかし結果は揃って「なんか分かんないけど凄くない?」とシャルロッテの謎に感心するばかりだった。


 幼い頃から不本意かつ理不尽な思いをしてきたシャルロッテも御年18歳。

 彼女は思った。


 ────か弱くなりたい!恋がしたい!


 シャルロッテはその切実な思いが天に届くように手を組んで空を見上げた。

 か弱くなれますように、恋ができますように、願わくばその恋が成就しますように、と。

 そうしてシャルロッテが眉を寄せて念じていると侍女が現れた。


「お嬢様、お作りになった生ショコラケーキが冷えました。本当にお1人で王宮に行かれるのですか?」

「えぇ!お父様も王宮に泊り込みでお疲れでしょう?だからサプライズで差入れするの。喜んでいただけるといいけど」

「きっとお喜びになられます。なにせお嬢様が料理用具を壊さずに作られた貴重なケーキですから!」

「そこ…なのね」


 それからシャルロッテは身支度をして馬車に乗り、渾身の手作りケーキを大切に膝の上に置いて王宮へ向かった。


「シルト侯爵ですか?ただいま会議を終えて会議室で休憩されていらっしゃるかと」


 王宮に着いたシャルロッテは長い廊下を進んだ。ケーキが入った箱をなるべく傾けないよう両手で持って、父親の喜ぶ顔を思い描いた。そして衛兵が巨大で豪奢な扉を開き、シャルロッテが会議室に駆け出すように一歩踏み出した時だった。


「ご機嫌ようお父様!お疲れだと思ってケーキをお持ちしっ…きゃっ!?」


 シャルロッテはちょうど室外へ出ようとしていた人にぶつかり、よろけたところをその人物に支えられた。結構な衝撃だったため、まずはケーキの安否を確認すると、頭上から低い声がした。


「すまない。平気か?」


 シャルロッテは自分よりもずっと高い上背のその人を見上げ、その瞬間、彼女は蛇に睨まれたように固まった。

 シャルロッテはその人を一度だけ見たことがあった。舞踏会の人だかりの中で常に冷静かつ完璧に、美しく微笑んでいたその人は────


「スワード殿下!うちの娘が大変申し訳ございません!」


 そう「王国の麗星」と名高いスワード王太子殿下その人だ。


 彼は雪影の銀髪に青瞳が浮世離れの美しさで、至近距離に見るには刺激が強すぎる。

 シャルロッテは想定外の事態に緊張で体が硬直した。まさかこんなに高貴で尊い男と鉢合わせるなんて、と。


「シャル!お前なぜここに!?」

「おとっお父様!わっわたし生ショコラを壊さずに…料理器具をケーキが差し入れにっ…!」

「落ち着け!何を言っとるかさっぱりわからん!!」


 シルト侯爵は突然の娘の登場に驚き、シャルロッテのもとへ駆け寄って、固まる彼女を見て青ざめた。


 シャルロッテが固まるのはとても良くない予兆だからだ。


 「怪力令嬢」であるシャルロッテは幼い頃から「女らしくない」と令息達に嫌煙され、父親と使用人以外の男とまともに話したことがなかった。

 ゆえにシャルロッテは年頃の男を前にすると、緊張が昂った末に体が固まり高確率で怪力発動して「やらかす」。それを侯爵は知っていた。


 だから今シャルロッテが固まっていて、おまけに手にケーキなんぞを持っているものだからばっちり「やらかす」条件が揃っているのだ。


(しかも相手はスワード殿下だぞ!?シャルロッテが緊張しないわけがない!今世紀最大の大大大ピンチ!!)


 背筋が凍ったシルト侯爵はシャルロッテに即刻退場レッドカードを出した。


「シャル今すぐ帰りなさい!そうじゃないとお前っ…!!」

「大袈裟だな侯爵、これで怒るほど私は狭量ではない。ところでシルト家の令嬢というと…」


 ────グッチャアア!!


 遅かった。

 シャルロッテは「王国の麗星」スワードを目の前にド緊張で怪力発動してしまった。彼女の両手は渾身の生ショコラケーキを箱ごとぶっ潰してしまった。

 スワードを見やれば、彼の真っ白なチュニックの至る所にチョコレートが飛び立っている。王宮に向かう道中、シャルロッテの膝の上までケーキが温まり、とろけた生ショコラが勢いで吹き出たことが原因だった。


(終わった…)


 「不敬罪」がシャルロッテの頭をよぎる。

 シャルロッテが顔を青くすると、スワードは目を丸くしてシャルロッテの顔と潰れた箱を交互に見て閃いたように言った。


「なるほど、君があの『怪力令嬢』か」

「ひっ!?!?」


 スワードは獲物を捕まえるようにシャルロッテの手首を性急に掴んだ。先程までの冷静で完璧なスワードはどこへやら、今や獲物を逃すまいと目を光らせている。

 スワードの真っ直ぐ突き刺すような視線にシャルロッテの全毛穴から汗が滲んだ。


「こっ高貴なお召し物を汚してしまい申し訳ございません!たたた確かに『怪力令嬢』ですがわざとやってるわけではありません!か弱くなって人並みに恋がしたい、普通の人間です……!」

「殿下どうかお許しを!忌まわしき怪力で自らの首を絞める憐れな娘なのです!罰するならどうか私めを!」


 シャルロッテは涙ながらに訴え、スワードは彼女の顎を摘んで顔を突き合わせた。シャルロッテの美しい顔も、すでに涙と鼻水でぐずぐずだ。

 そしてスワードは意地悪い顔で目を光らせて、また美しい完璧な笑顔で言った。


「罪には問わない。が、代わりに王宮に住め」

「「はい?」」


 シャルロッテと侯爵の腑抜けた反応が綺麗に重なる。さすが親子だ。そしての涙に濡れた2人の間抜けな顔がスワードに向けられて、彼は楽しげに話を続けた。


「私は陛下の代理で軍事を担っている。『怪力令嬢』の謎を解明できたら、それを応用して兵力を底上げできそうじゃないか?」

「へ?ですが殿下の軍事事業はすでに施策を進めていらっしゃ…」

「何か言ったか?シルト侯爵」

「いいいえ!?何も!?」


 シルト侯爵がスワードに問いかけるとスワードは侯爵を一瞥した。

 そんなスワードに侯爵は跳ね上がってサクッと折れた。王太子の命令を断れる身ではないことを侯爵もシャルロッテも分かっている。


「恋がしたいのだろう?シャルロッテ・シルト」


 スワードはシャルロッテの顔を覗き込んでニカッと笑った。


「私が『か弱く』なる手伝いをしよう。君はか弱くなれる、私は兵力を強くできる。これでWin-Winだと思うが、どうだ?」


 シャルロッテは長年の夢への切符を目前にぶら下げられ、一片の迷いもなかった。


「やります!わたしを『か弱く』してください!」


(見てなさい「怪力令嬢」呼ばわりしてきたご令息達!シャルロッテ・シルトは必ず生まれ変わってみせるわ!)


「決まりだな。まずは茶でも飲んで今後のことを話そう」

「あっ、ではわたしがお茶を淹れ────」





 この日、やる気で燃えるシャルロッテは王宮のティーポットを2つ、ティーカップを5つ、グラスを4つ、立て続けに割ったという。

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