第3話 処刑台から送る

「な……てめぇは」


「てめぇなんて酷いなぁ。俺にもちゃあんと名前があるんだけどなぁ!」


 声の主は――悪夢の創造主、奴隷監督であった。なんで奴が、ここを知っている!


「くそっ! なぜだ!」


「とある親切な奴隷が教えてくれたんだ。離れの洞窟で、怪しい話をしてる奴らがいるってな! 来てみたらこれだよ」


 ちくしょう。内通者か。考えてもいなかった。そもそも、どこからバレた。作業場からここに向かうルートだって、完璧だったはず。やらかしたな。


「とりあえず、1発!」


「ぐはぁっ!」


 奴隷監督の拳が腹に食い込む。強い。鋭い痛みが断続的に響いてきやがる。仮にも、監視者ということか。


「お前らみたいな反乱分子は粛清しないとなぁ」


 奴はその醜悪な笑顔を歪ませながら言った。気色悪い。


 正直言って、だいぶ状況はまずい。だが、まだ好機はあるはずだ。奴を倒して、絶対に生きて帰る。絶対に、自由を手に入れる! 隙を見せるまで、俺と奴の根性勝負だ。


「へっ。やれるならやってみろ」

 

「じゃあもう1発!」


 今度は顔面に飛んできた。俺はそれをそのまま受け止めてやる。衝撃のあまり、気を失っちまいそうだ。だが、心は失わない。絶対に隙はある。


「な……なぜ倒れん!」


 それからも奴は何度も何度も拳を振り続けた。確かに、痛いものは痛い。だが……俺は絶対に屈することはなかった。


「くそっ! どうして!」


「へっへっへっ。お前にはわからんだろうなぁ。俺が倒れない理由がよ」


「き、貴様……! 言ってみろ!」


 奴は顔を真っ赤にしながら、拳を握り込みこちらを睨む。くくく、いい気味だ。


 俺は最高の笑顔を浮かべ、言ってやった。


「俺にはよ、親友とした約束があるんだ。それがある限り、俺は絶対にお前みたいな奴には負けねぇ。これが差だ。背負ってるもんがちげえんだよ!」


 ほんの一瞬、奴に生まれた隙。そこを突いて、俺は全体重を拳に乗せ、奴にぶつけた。


「ぐほぉ!」


 奴隷監督は俺の一撃をモロに喰らい、遥か後方へと吹っ飛ばされた。今のうちに逃げてやる。だけど……もう足が動かねぇ。


「く、く、くそぉぉぉ! 奴隷の癖に! 劣等種の癖に!」


 赤子のような叫び。餓鬼のような地団駄。薄っぺらい人間はよくこれをやる。これを見れただけでも、上出来か。そもそもあれだけ殴られた時点で、俺の身体はほぼ死にかけ。よくあそこで一撃入れられたよ。


「へん。そんなことやってたら、勝てねぇよ、お前は」


 俺は最高の笑顔で奴に向かって言い放った。


「ぶっ殺す! お前だけは絶対にぶっ殺す!」


 そう言うと、奴は俺のことをひょいと担ぎあげた。最後の抵抗を見せようと抗ったが、もう、無理だった。


「決めた! お前を広場で処刑する! そうして奴隷どもに分からせるんだ! 二度とお前みたいな奴が出てこないために!」


「お前……ヒロトをどこに……」


 地面でうずくまったままのシゲミツが声を上げる。あいつもボロボロじゃねぇか。でも、戦う目をしている。


「てめぇは黙ってろ! さっさと持ち場に戻りやがれ!」


――


「……であるからして! 脱走を図った反逆者であるこいつを処刑する! 皆心して見ておけ!」


 奴隷たちの居住区にある、小さな広場。俺はそこで台に乗せられ、磔にされている。集められた奴隷たち四十数人と、いくらかの奴隷主人に見守られながら。


 俺は残された数刻の中で、今までのことを振り返っていた。もし脱走を図っていなかったら、こんなに早く死んでなかった? 痛い思いをせずに済んだ?


 否、それは違う。仮に生き残ったとして、そんな俺を見たマサトシはどう思うだろうか。なら、キッパリと死んだ方がいい。それに、シゲマサも生き残ったしな。自由は、どんな所にでも咲く。なら、安心だ。


「おい44番! 最後の言葉だ」


 おっと、全く話を聞いてなかったな。ま、聞く価値もないか。それで、最後の言葉だっけ。最後かぁ。なんも考えてなかったな。じゃ、思いの丈を述べればいっか。それを聞いて、俺の思いを継ぐ奴がいるかもしれんしな


「お前らは俺を始末して安泰だと思っているが、勘違いするなよ。自由を求める芽はどこでもいつでも育つんだ。例え、こんな場所でもな」


 民衆たちがざわめき始めた。が、俺は続ける。


「最後だから言ってやる。奴隷ども、決して自分を曲げるな。俺は奴隷監督が大嫌いだった。だから、反抗した。結果としてこうなったが、後悔は無い。常に自分を貫け! そして、戦え!」


 あーあ、せいせいした。これで終わりか。それでも、俺の耳に聞こえるこのざわめき。これこそが俺の撒きたかった『自由の種』だ。いい。これでいい。


「最後の最後まで嫌なやつだ……おい、やっちまえ!」


 すると、民衆の中から1人の女性がこちらに向かって歩いてきた。スラリとしていて背が高く、憎いほど美しい金髪を持っている。そして、右目には眼帯、手には銃。俺は、こいつに殺されるのか。


「最後くらい、優しく頼むぜ」


「……」


 壇上に上がった女は何も言わなかった。けっ、無愛想な奴だこと。


「撃て!」


 奴隷監督が宣言し、銃のトリガーに指が添えられる。俺はそっと目を閉じ、こう呟いた。


「貫いたよ、マサトシ」


 空気を切り裂くような音が、辺り一面に広がった。



「……?」


 あれ? 痛くない。それどころか、意識すら消えていない。外したか? それにしても、群衆どもがうるせぇな。さっきのざわめきなんて比じゃねぇぞ。


 俺は訝しみながら、その目を開いた。すると――


「は、はぁぁぁ!?」


 なんと、女の放った弾丸は、俺ではなく奴隷監督を襲っていたのだ。


「ど、どうし……」


 奴が消えそうな声で呟く。右胸の辺りからの出血が酷い。肺をやられたな。


「ふん。無知なお前でも、この目を見ればわかるかね」


 そう言って、女は眼帯を取った。そこにあったのは、まるで深き海のような蒼をした瞳――ヤマト人特有の目であった。


「さて、44番くん。君に残された選択肢は1つだ」


 女はこちらに再度近づき、笑顔でこう言った。


「私と共に革命を起こそう」

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