第2話 日常を壊そう

 無心で畑に生えた緑の柱を切り倒す。奴らが『シュガーコーン』と言うこの品は、向こうで相当な価値があるんだと。でも、俺らにとっちゃ、ただの雑草と同じだ。どう利用するのかすら、分からねぇ。ま、そんな価値があるのなら、ちっとは俺らの待遇を良くしてくれ、とは思うがな。


 ま、仕方ねぇか。だって俺ら『奴隷』だもん。キツい労働も、粗末な食事も、我慢するしかねぇ。


「も、もう許してください……」


「なんだ21番! もうへばったのか」


 あぁ、見たくねぇもんが隣で起こっちまってる。どうせ、なんかしらの病気か、過重労働で身体をやっちまったんだろう。そういう奴に、奴隷監督のゴミ共は無慈悲な制裁を加える。


「勝手に休んだらどうなるか……もう忘れたか!」


「ぐあっ!」


 ぱちん、乾いた鞭の音が辺りに響いた。男の悲痛な叫びが辺りに響く。休みがちな奴には、こういう暴力で抑圧するのが一番だろう。


「もう二度と止まるなよ!」


 そう言って奴隷監督はどこかに去っていった。やれやれ、奴らの言葉『ルーブ語』なんて覚えたくなかったぜ。奴らの会話内容がハッキリ分かっちまうからな。


――


「よし、これで休憩だ! 昼食を取りにこい!」


 ふぅ、やっとか。ゴミみたいな食事だが、無いよりマシだ。


 俺は食事を受け取る。今日は謎の穀物と、謎の野菜。魚はおろか、米すら食えねぇ。でも、昼休みの目的は昼食を取る事じゃない。


「おいヒロト、おいでよ」

 

 よし、キタキタ。こちらに向けて手招きをする、朗らかな笑顔が目立つ好青年。彼こそが目的だ。


「おう、今行く」


 俺は青年に歩く。そうしてたどり着いたのは、ある小さな洞窟であった。


「ついに明日、だな」


「ああ。待ちに待った『脱走』の日は」


 俺がそう言うと青年――シゲミツは再び笑顔を浮かべた。


「もう僕たち、あの恐怖に怯えなくてもいいんだよね」


「脱走さえ出来ちまえば、な」


 シゲミツとはこのクソッタレ植民地で出会った。作業場が近く、また年齢も近しかったことで、あっという間に意気投合。そしてそのまま、今に至る。


 俺はこいつを信頼している。なぜなら、真っ直ぐな正義感と、どんなにやべーことでもやってのけるタフさがあるから。じゃなきゃ、脱走計画なんてノってこないっしょ。


「ったく。こんなゴミみたいな所、早く抜け出したいよ。飯は少ないし休みはないし、オマケに監視からの虐待と来た」


「まぁ、これ以上ゴミな仕事はねぇだろう。俺が故郷にいた頃の剣の修行よりキツいからな」


「名だたる剣豪を輩出してる『サツミ』出身のヒロトが言うなら、尚更だな」


 俺たちは洞窟に響くほどの声で、互いに笑いあった。


「……なぁ、少し気になってたんだが、ヒロトはどうして脱走したいんだ?」


 少しの沈黙の後、シゲミツが口を開いた。


「そういうお前は?」


「僕はやっぱり、死にたくないから、かな。こんな所にいたら、命がいくつあっても足りないよ」


 確かに。さっき倒れてた奴も、あのままお陀仏だろうな。栄養失調が先か、暴力が先か。


「じゃ、お前のも聞かせてくれよ」


「ああ、そうだな」


 俺はすうっと息を吸い、呼吸を整え口を開いた。


「俺は、自由が欲しい。誰からも抑圧されず、自らを突き通せる自由が」


「ほぉ、それは大層な目標で」


 シゲミツはあっけらかんとした表情で、なんの付加を付けずに言葉を発した。


「約束したんだ。大切な親友と――そいつはまだ、今もどこかで生きてる。そいつに再会した時、恥ずかしくない自分でいたいんだ」


「……そっか! そりゃあいい! じゃ、叶えようぜ、それ!」


「おう、もちろん」


 俺たちは拳を作り、それを熱く重ね合わせた。



「貴様ら、動くな!」


「「!?」」

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