革命の反逆者共〜自由を求め続けた奴隷〜

大城時雨

第1話 それでは、また明日

「お前らはもう人間じゃねぇ。奴隷なんだよ! 分かったらさっさと船に乗れ!」


 それは、なんともない長月の日だった。俺たちの村に、『奴ら』が現れたのは。


「ヒロト……なんだ、あれ……?」


「どうしたマサトシ。急に稽古の手を止めちまって」


 マサトシは真面目なやつだ。優しくて、人に合わせるのが得意な奴だけど、刀の稽古の時だけは絶対に手を止めねぇ。幼い頃からの親友で、ずっと共に鍛錬してきた俺は知っている。サボり癖のある俺とは大違いだ。


 そんなマサトシが手を止め、その切れ長な瞳を見開いたのだから、俺もそれに従わざるを得ねぇだろう。竹刀を地面に置き、マサムネが指さす方向を見る。


「は? 誰だ、あいつら……?」


 俺の目に映ったのは、今まで見たこともないくらい巨大な船と、そこから降りてくるこれまた大きな男たちだった。だが、奴らは『俺たち』と違う。鼻が高く、彫りが深すぎる顔。さらに、目が黒い。俺たちは皆、青く輝く目を持っているのに。あいつら、異国の者じゃねぇか。


 だが、もし異国の者ならば、なぜここに? この村は多くの優秀な侍が出ているが、そう大きな村では無い。貿易するものだって、ねぇはずだ。


「お、お待ちくだされ。何事でございますか」


 すかさず、この村の長老が異国人に話しかけた。昔は優れた剣豪だったらしいが、今や見る影は無い。よぼよぼのおじいちゃんだ。


「この土地の統治者は我ら『ルーブ帝国』に屈した。よって、お前たち『ヤマト人』を奴隷として世界各地に売り飛ばす」


 ルーブ帝国……聞いたことがねぇ。どこから来やがった。それに、奴隷だと。何なんだこいつら。


「そ、そんな無茶苦茶な……! どうしてそんなこと!」


「どうしたもこうしたもあるか。もう、黙れ」


「ですが……」


「黙れと言ったはずだ」


 次の瞬間、異国人から甲高い炸裂音が辺り一帯に広がった。長老が撃たれた。じいちゃんは力なく倒れ込み、血を吹き出しながら動かなくなっちまった。


「あ、あいつら……銃を持ってやがる……」


 それも、うちの村にあるような普通の銃では無い。威力、スピード。全てにおいて何段も先を行っている。


「ゆ、許せない……! いきなり人の土地に来て、何が奴隷になれ、だ!」


 マサトシは怒りの表情で敵を見つめる。そして、彼は地面に置いておいた木刀を握りしめ、単身で飛び出していってしまった。


「おい、戻れ! 分が悪すぎる!」


 俺は必死にマサトシを静止した。届かない。あいつが怒りを身に纏った時、止められる人は誰一人としていないんだ。


「うぉぉぉぉ!」


 マサトシは風を切りながら向かっていく。全ては奴らに一矢報いる、そのために。


「なんだ、このガキは」


 しかし、その刀は届かなかった。1人の大男に銃の尻で軽くあしらわれ、地面に取り押さえられてしまった。


「そいつは使える。ジジババは皆殺しで構わないが、若い奴らは取っておけ」


「ちくしょう! マサトシを返しやがれ!」


 親友が敵に囚われている、そんな状況。俺の身体を止めておくなんて、できなかった。


 何も持たず、無我夢中で親友の元へと向かう。気がつけば、敵はもう目の前。


「はぁ……またガキか」


「おいてめぇら! マサトシを一体どうする気だ!」


 奴らは呆れたような表情でこちらを見つめる。俺たちを小馬鹿にしやがって。


「貴様。それ以上動いてみろ。こいつを撃つぞ」


「!!」


「他の奴らも聞け! これから我らの意に反する行動を取ったものは、全員殺す。だから、大人しく我らに従い、即刻船に乗り込め!」


「く、くそ……!」


 俺は膝を着き、己の無力さに絶望した。親友を助けることも、敵に反撃することも出来ない自分の弱さに。


「ヒロト! 聞け!」


 俺は顔を上げ、声の方向を向いた。マサトシだ。マサトシは異国人の拘束に必死に抵抗し、何とか顔だけを上げてこちらに視線を送っている。


「ま、マサトシ…」


「今回は俺たちの負けだ。だが、だからと言ってまだ終わりじゃない! 俺たちは離れ離れになるかもしれない! 自由を奪われるかもしれない! でも、死んじゃいないだろう!」


 マサトシの目には、緋色の涙が流れている。それは、決して血の色なんかじゃない。彼の瞳に宿る、炎の色だ。透明な涙に映った、怒りの色だ。


「お前は自由を勝ち取れ! どんな環境でも抵抗し、自分で掴め! 俺もすぐに合流する! だから、戦え! 自由を手にしろ!」


 マサトシは声を絞りながら、必死に叫ぶ。その言葉は、確かに俺の心に、その瞳の炎を宿した。


「こ、こいつ……! 黙らせろ!」


「ぐへぇ!」


 マサトシは再び、顔を無理やり地面に叩きつけられた。あの状況じゃ、もう言葉は発せられない。


 でも、耳は聞こえている。ならば、言葉を返さないとな。


 これが、マサトシと交わす最後の言葉かもしれない。でも、それでも……! 俺は……!


 親友に送るぜ。決意の言葉を。


「任せろ! どこの国に飛ばされようが、俺は俺だ! どんな環境だろうが! どんな奴が相手だろうが! 俺は勝つ! お前の約束は守る。だって、親友だから!」


――


「おい44番! しっかりしろ!」


 ああ、くっそ。頭がぼぉっとする。昨日、寝るの遅かったっけ。


 お、目が見えてきた。でも、見えてきたってことは、あのクソみたいな農園を見なきゃ行けねぇってことだよな。


「はいはい、44番ですよ」


「お前……もっとビシッとしろ!」


「それなら俺の名前もしっかり読んでくれませんかねぇ。ヒロト、って名前があるんですが」


「こ、こいつ……」


 見張りの男はそう言って、文句ありげな顔のまま俺の前を通り過ぎて行った。まぁ、こいつもこいつで大変そうだがな。俺には関係の無いことだ。


 さ、今日もしますか、労働。

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