四十一話 龍洞②

 ――数日前、特案調査対策局の本部から通達があった。


 本部の人間が調査のために派遣されてくるのでサポートとして人員をひとり割り振れというもので、祭は「うちは人手不足だから無理~」とお断りを入れようとしていたのだが……。なんと支部からの返答を待たずに、本部からはすでに調査員が派遣されていたのだ。

 それを知ったのは、本部の調査員がズカズカと支部に上がり込んできた時だった。

  

 我が物顔で乗り込んできたのは、偉そうで言葉のきつい男藤原と、ニタニタと笑って嫌味な男の筧という、あまりお近づきになりたくない部類のふたり。


 月乃がお茶を入れて出せば、遅い不味いお茶も満足に入れられない低脳と藤原が罵り、筧が顔が可愛いし胸が大っきいから癒やし系枠でしょとフォローどころかセクハラでしかないことを言う。挙げ句に、月乃をサポート要員に指名してきた。


 それを庇ったのが、和だった。


 彼は、月乃が現場に出ることにいい顔をしていない。その上、同行する面子がこのふたりでは、余計にダメだと思ったのだろう。

 元々の採用枠である事務員を強調し、現場に行くのは正式な調査員である自分か支部長である祭しかいないと押し切った。


 和は童顔ではあるが、普段は眉間にしわを寄せて気難しい表情を浮かべている。そんな彼に「自分が同行します。彼女は事務員なので、本部の調査員のサポートはできかねます」と凄まれた本部組は、皮肉も嫌みも言えずに押し切られた。……和の後ろに、笑顔の祭が腕を組んで立っていて揃って圧を与えていたという点も大きいだろうが……。


 そして和がふたりに付いて、この港町に出発したのが四日前。

 詳細は機密という一言で教えてもらえなかったが、一日かからず終わる仕事らしかった。

 

 だが、問題が起きた。

 ここからは、本部からの連絡で知ったことだが――本来なら一日で終了する仕事なのに、定時連絡がなかったそうだ。

 ところが、なぜか本部は――正しくはあのふたりの上司らしいが――は、静観した。なにか気になることでもあったのかと思って調査に集中させてやりたかったと説明していたらしいが……さすがに二日過ぎても延長の一報すらなく、三日目にして上司も慌てたようだ。

 そんな様子を見ていた別の人間が「おかしい」と思い状況を確認し、祭に連絡を取ってきたのだ。


 相手は、まさか祭たち支部の人間が返事をする前に押しかけたことも、調査員ふたりが「機密」という一言で手伝わせる仕事の詳細を教えなかったことも知らなかった。


 祭と月乃は、機密という言葉があったからこそ和も連絡できないのだろうと考えていたし……和が連絡を一切してこなかったのも、それに配慮したからだろうが――実際は本部にいる一部の人間の独断専行であることが明らかになったのだ。

 さすがに電話を受けた祭も怒っており、彼が怒鳴るのを月乃はその時初めて聞いた。

  

 そして、トラブル発覚という事態に本部から人をまわすという話だったらしいが、祭は待っていられないから先に動くと言って電話の相手から詳細を聞き出して――そして、月乃と共にこの港町に来たわけだ。


 手がかりは龍洞。

 龍の鳴き声が聞こえると言われている洞窟で、今は知る人ぞ知る的な観光スポットになっているが、古くは洞窟の底に龍が眠っていると信じられていた。


 時代が進んでからは、こどもを叱るときの脅かし材料に過ぎないが――本当になんの謂われもないのならば、特案調査対策局が調査員を送り込まない。継続的な観察対象に定められているというのは、和を含む三人と連絡が取れなくなってから月乃が知った情報だ。


「……気が緩んでたのかもねぇ」

「え?」

「長期にわたって観察されている――その意味をはき違えたんじゃないかって、おじさん思っちゃった」


 だってねぇ、と祭は苦笑を浮かべて呟く。


「新人なら絶対しない失敗だよ。新人さんってのは、良くも悪くも気を張ってるから」


 我が身と照らし合わせれば納得のいく祭の指摘に、月乃は神妙な表情を浮かべ相づちを打った。


「あのふたりは新人ってわけでもないけど、ベテランってわけでもない。中堅どころかねぇ。……刺激のない単調な案件の繰り返し――それだけでも、うんざりなのに、今度はド田舎の眉唾臭い洞窟を見に行かなければいけなくなった。今までだってなんともなかったのに、万が一なんてあるわけない。そう思っちゃったのかねぇ」


 ただ、定期的に観察されているだけ。

 それを、安全と解釈したのなら――。


「とんだマヌケ共に付き合わされちゃったなぁ……」


 本部からやって来たふたりに散々な評価を下し、うんざりしたように呟いた祭。

 祭が酷評するようなふたりに付き合わされた先輩のことを考え、不安になった月乃は思わず問いかけた。


「……和くんは、大丈夫ですよね?」


 真っ直ぐ前を向いたまま、祭はふと唇の端を持ち上げた。

 彼にしては珍しい皮肉めいた笑みだった。


「当たり前だよ」

「そうですよね」

「大丈夫じゃなかったら、許さないって」


 誰を許さないのか。祭は具体的には言わなかった。

 月乃もあえてそれ以上は追求せず、こくりと頷く。

 話が途切れたのを見計らったように、カーナビがポーンと音を鳴らして目的地付近であることを告げた。

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