四十二話 龍洞③

 龍洞のある海に到着すれば、マイナースポットながらチラホラと人がおり、海岸沿いには小さいながらもお土産屋があった。

 地元と分かるラフな格好の人や、明らかに観光という出で立ちのグループなどを目にして、月乃は和を伴って調査に出た本部のふたりはスーツ姿だったことを思い出す。

 スーツと言えば祭だが、今日の彼はラフな服装だ。おそらく、周囲に溶け込むことを意識した結果だろう。そう考えれば、当然本部の彼らも、ここに仕事に取りかかる前に着替えたと考えるのが妥当だろうが……。


 だが、万が一……スーツ姿で海辺を歩いたりしていたら?


 かなり目立つはず。地元の住民で誰か覚えていたりしないだろうかと月乃は期待した。だが祭は聞き込みをするつもりは端からないようで、そこらを行く地元民にもお土産屋にも目を向けない。

 それどころか目的地である龍洞にも近づかず、スタスタと浜辺から遠ざかり大きな岩が重なっている道の悪そうなほうへ足を運ぶ。


「祭さん? 龍洞はあっちですよ?」


 月乃自身も動きやすい服装を指定されていたので、追いつくのにもさほど苦労はしなかった。パンツにスニーカーというアクティブな装いで、祭を追いかけ岩の上を歩きながら呼びかける。


「いーから、いーから」

 

 月乃の問いに答えた祭は一足先に岩からぴょんと飛び降りた。

 それから。まだ岩肌の上を歩いている月乃に手を差し伸べる。


「降りられる? 足、そこのでっぱりにかけるといいよ」

「は、はい……! ――っと……ありがとうございました」

「いいえ~」


 祭の手を借りて砂の上に着地した月乃が顔を上げて最初に目に入ったのは、門だった。

 正確には、岩の間に穴が開いていて門のように見えたのだが――、それがいくつも続いている。


「……あの、祭さん、ここって……」

「立ち入り禁止区域」


 その一言だけで察した月乃は、息を呑んだ。

 

「じゃあ……あっちにあった龍洞は?」

「あれはフェイク。本物を隠すために作った、本物よりもそれっぽい偽物だよ」

「……でも、ここって岩の上を通ってくれば誰でも来れますよね? 普通に人が入り込むんじゃ……」


 好奇心が強い者なら、誰でも来そうだと思った月乃だったが、祭からは「その辺は大丈夫なんじゃない? 本部管轄だし」という気のない回答をもらった。


 祭は当初、本部からの要請も理由を付けて断ろうとしていたくらいだ。もしかしたら、本部と支部の間には隔たりがあるのかも――と想像した月乃は「そうなんですね」と答えるに留めた。


 だが、返事はそれでよかったらしい。祭は「そうそう、月乃ちゃん分かってる~」と機嫌良く笑い歩き出す。


「……祭さん、和くんたちはこっちに調査に来たんですね」

「そのはずだよ。月乃ちゃん、携帯見てごらん」

「? はい……――あれ?」


 言われて自身の携帯電話を取りだしたものの、圏外の表示を見て月乃は思わず声を上げた。この町に来てからも普通に電波は入っていたはずだが……。


「ここだけ、ちょっと変わってるんだよね~。……だから、おじさんなりに三人と連絡が取れない理由を考えてみたんだよ。候補はふたつ!」


 祭が芝居かかった動作で指を二本立てた。


「なんらかの理由で全員の携帯が壊れた可能性が、ひとつ」 

「でも、それなら電話を借りるとか……色々と方法が考えられますよね?」


 月乃が疑問を口にすれば、もっともだと言うように頷いて立てていた指のうち中指を戻す。

 

「だよねぇ~? だとすれば、もうひとつの可能性」


 人差し指を立てたまま祭は、ふっと笑って告げた。

 

「彼らは、この区域から出ていない」


 指はそのまま、いくつもの岩の門が続く砂地――その奥を指し示す。

 祭の口ぶりは可能性を論じるというよりも、むしろ確信がある……少なくとも、月乃にはそう聞こえた。


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