第13話「石礫」
痛っ⁈
背中に急な痛みが走る。
それと同時に、地面に小石の転がる音がした。
またか…。
私は振り向いてその石を投げた犯人を探そうともせず、そのままスラム街を歩く。
ソーマタージはこの国の宝。
エクリはよくそう言っているが、少なくともこのスラム街の中では違う。
ここの住人たちは、魔法を使うことのできない人たちが多い。
生まれながらに身体が受け付けられるカトルエレマンの量が少なく、もし無理に魔法を使おうとすれば死んでしまうのだと言う。
そんな彼、彼女らにとってソーマタージとは思いのままカトルエレマンを駆使し、国の宝とまで謳われる雲上の存在である。
そうした存在と我が身とを比べ、その妬ましさから攻撃的になる人も一定数いるということがこの小石の表す事実である。
(もちろん全てではないが)
はじめて石を投げられた時はショックだった。
私は何もしていないのに、どうしてこんな目にあわなくちゃならないのかと理不尽さを感じた。
エクリからこのスラム街の人々の置かれた境遇を聞いたあとも納得はできなかった。
魔法が使えないのなら、そもそも魔法を使うことができない合衆帝国に来れば良いのだ。
歴史的な合衆帝国の成り立ち自体、そうした各国のいわゆる棄民たちが集まって作られたという経緯もある。
「純粋魔法批判」を崇めているような国だから、むしろ魔法が使えない人こそウェルカムなのだ。
けれど、生まれ育った土地を捨てるというのは、いかにそれがスラム街だからといって並大抵ではないということなのだろう。
不幸にしがみつかざるを得ない無言の鬱憤が、私へと向けられる石の礫に込められている。
廃教会で暮らしていると、そうしたスラム街の人々の様々な暮らしぶりを嫌でも目の当たりにする。
真っ当な働き口のない人間が就ける仕事は大きく分けて二つしかない。
誰もやりたがらない仕事か、非合法な仕事である。
そして、そのどちらにもありつくことのできない不器用な人々も多い。
そうした経済上の困窮からか、廃教会には物乞いや捨て子などが日常茶飯事だった。
そうした人々も決して教会への、もっと言えば神や聖女への信仰心があるわけではない。
背負いきれない現実に対して藁にもすがる思いでここを訪れるのだ。
「自分のことは自分で何とかする」というのは、それが可能な境遇や環境に置かれた人間の発想である。
そうした人々にとっては、したくてもできないという存在について想像することも難しい。
でも、それっていつか誰かが向き合わないといけない問題じゃないの?
そんな思いが胸に苦く広がる。
目の前で困っている人がいたら助けて何が悪い。
おじいさん、おばあさんからはそう教えてもらった。
ちっぽけな私でも、この最底辺の街の何かを変えられるんじゃないかという叫びが、心のどこかから響いている。
子どもっぽい義憤だと自分でも思う。
けれど、確かに響いているのだ。
具体的に何をすれば良いのか?
異邦人の私は、いまでこそソーマタージ見習いとして何とか暮らせてはいるが、それもいつまで続くのかは分からない。
極端な話、オルグイユの気まぐれで「明日に蛮族は死刑ですの!」と言われても不思議じゃない。
解決の糸口は見えないけれど、そうあって欲しい未来は明確だ。
私に石を投げてきた人が、私はもちろん他の誰かに笑いかけられるくらいの穏やかな世界。
赤子を捨てなければならない不幸な女性が生まれない健やかな世界。
食べるにも困った骨と皮だけの老人が飢えないくらいには食べられる世界。
どれもそんなに贅沢な夢じゃない。
けれど、叶えるまでには尋常でないハードルが待ち受けている夢だ。
せめて、私の周りだけでもそんな人が増えて欲しいのになぁ。
背中のアザをさすりながら硬いベッドの中で丸くなる。
頭の中をぐるぐると、これまで私に憎悪や白眼視を向けてきたスラム街の人々の顔が浮かんでは消えていく。
最悪な走馬灯ね…。
それでも微睡はすぐに訪れ、私の意識は真っ暗な夢の中に溶けていった。
◇
やぁ、レヴリーおはよう!
朗らかなおっちゃんの声。
私は思わず自分の頬をつねった。
今日は酔っ払いの喧嘩や、物乞いの罵声や、捨て子の鳴き声一つない珍しい朝の目覚めだった。
朝食を済ませて廃教会を出ると、毎日必ずどこかから投げられる石礫も飛んでこなかった。
珍しいこともあるわねと思っていたら、いつも足元に唾を吐いてくる角のガラクタ屋のおっちゃんがなんとも朗らかに挨拶してきたのである。
天変地異の前触れかしらん?と思わず頬をつねってしまうのも無理からぬ話だろう。
「ねぇ、エクリ。あのおっちゃんあんなにニコニコして挨拶してくるなんて、とうとうヤバい薬にでも手を出したのかしら?急に刺されるとかないわよね」
思わずトルバの背中に隠れながらエクリに問いかける。
「何言ってるのよレヴりん。あのおっちゃんはいつもああじゃない」
は?
思わずエクリを二度見してしまう。
「今日はビジューでは嘘をついても良い日だったりするのかしら?また私が知らない文化ってだけで」
「そんな阿呆な日、この世にあるわけないでしょ」
嘘はついていない口ぶりでエクリはこちらを訝しげに見つめる。
なによう。
そんな目で見ないでよう。
…その後も気持ち悪いことがいくつも続いた。
死にかけの赤子を抱きながら物乞いをしていた女は、優しそうに赤ちゃんをあやしているし、道端に倒れて生きているのか死んでいるのか分からない人の姿も見当たらない。
それに、変なのは人だけじゃない。
いつもゴミや汚物で薄汚れた道路は小綺麗に掃除され、スラム街そのものが淀んだ空気から浄化されたような雰囲気なのである。
わ、私もしかしてまだ夢でもみてるってこと?
もちもちとした自分の頬を何度もつねるがしっかり痛い。
変顔〜とエクリも反対の頬をつねってくる。
いつもなら抗議するところだけど、私は狐につままれたような気持ちでそれどころじゃなくなっていた。
どうやらなんと、一夜にして最低最悪のスラム街が多少はマシな街に生まれ変わっていたのだ。
でも何で?
この時はまだ、私に起きている異変に私自身が気づいていなかった。
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