第14話「カツオブシ」

あら?素敵なお花ね!


サンクトゥアリウムの講堂。

教壇の上に置かれた花瓶を見つめる。

幾重もの花弁をフリルのように束ねた艶やかな花が溢れるようにいけられている。

薔薇と呼ばれる遠い東の島国原産の花である。


咲かせることが難しく、普通これだけの量であれば結構な金額になるはずだ。

一体誰がこんなに色とりどりな沢山の薔薇を用意したのだろう?

ノマドだろうか?


確かに、講堂が殺風景だから花の一つでも置けば良いのにと思ったことはあったけれど、もちろん口に出してはいない。


不思議な偶然もあるなぁ、と私は薔薇の香りを楽しみながら特にそれ以上のことは考えなかった。





カツオブシ!

カツオブシじゃない!


私は長年の友人に再会したかのように、傍目には茶色い木片のようなものしかみえない物体に頬擦りをする。


「貴女、正直気持ち悪いわよ」


メリュジーヌ様がじとっとした目でこちらを見ている。

けれど、棘のない口調ではある。


このサンクトゥアリウムに来てからはや1ヶ月が過ぎ、数少ない女同士の同窓ということもあってか、自然とメリュジーヌ様との距離も近づいてきていた。


もちろん、シャリテ竜王国のお姫様という、本物の王族なので気安い友達とまではいかない。

けれど、普通に休憩時間に会話するくらいの仲にはなっていた。

やっぱり、同性だからこそ得られる安心感というのは国や種族を超えて共通なのだ。


それに、彼女との距離が縮まった大切なきっかけがあった。

私の料理である。


厨房のお手伝いをし始めてから、私はソシエさんの好意で一品メニューを追加するお許しを得ていた。


当然のことながらビジューやトネールといった大陸中央部の伝統料理がメインだった食堂の味に、シャリテと合衆帝国の味が颯爽と現れたのである。


材料にも限りがあるのでそのまま再現というわけには行かなかったものの、ここにある素材で作った具材を分厚く挟んだハンバーガーや、南方のチリソースをたっぷりと使ったブリトーなどはかなりウケが良かった。


片手で手軽に食べられるメニューは本を読んだり、報告書を書いたりしながら食事が取れるというので書記官や教会職員の事務方の人々に重宝がられたのである。

(オルグイユからは無作法だとクレームがはいったが)


そうした噂が耳に入ったのだろう。

いつもなら専属シェフの料理でランチを別に摂っているメリュジーヌ様が、なんと食堂にお出ましになったのである。


竜族は美食家であり健啖家でもある。

食にうるさいのは竜族の本能と言っても良いものらしい。

新しい料理が評判だと聞けば、その地位や立場は二の次にして居ても立っても居られなくなるというのが、竜族の性なのである。


そう言うわけで、メリュジーヌ様も例に漏れず私の料理に舌鼓をうちに来たのだが、そんなことは厨房内であくせくと動き回っている私には知る由もなかった。


その日、私が担当した一品は「夏野菜とベーコンのシャリテ風冷製煮浸し」だった。

廃教会で密かに量産していたブイヨンをそっと持ち込み、ダシを知らないこの国の人々にその素晴らしさを少しずつ舌に覚え込ませてみようとの試みである。

突然ダシを使わせてください、食べてくださいと言うよりも、既成事実化させてしまい、口コミで評判になれば堂々と表に出せるだろうという魂胆だった。


しかし、こうした迂遠な計画を練っていた私の予想を遥かに上回ったことが起きたのである。


「この煮浸しを作った者はどこか!」


急な大声にびっくりして振り返ると、そこには煮浸しの小皿を持ったメリュジーヌ様が、モキュモキュと口を動かしながら仁王立ちしていた。


ヤバい、もしかしてお口に合わなかったのかしら。

いや、まさか食材が傷んでたりした?


色々なことが頭の中をぐるぐると巡るが、メリュジーヌ様はすぐに私の姿に気づくと、尻尾をふりふりしながら、にじり寄って来た。

思わず身構えてしまうが、彼女はがっしりと私の両肩を掴むと真っ直ぐにこう告げた。

(ちなみに手にしていた小皿は尻尾で器用に持っていた。こう言う時便利なのね!)


「これ、貴女が作ったのねレヴリー」

「は、はい。…お口に合いませんでしたか?」

「…ブシ」

「はい?」

「私はカツオブシを所望する!何だこの煮浸しは!とても素晴らしいのに、たった一点カツオブシがないだけで画竜点睛を欠いているではないか…。何故、勝利の約束されたカツオブシが振り掛けられていないのか説明なさいレヴリー!」


カツオブシとは、合衆帝国沿岸から東の島国までを回遊するカツオという魚を特殊な製法で燻して乾燥させたものである。

一見、削り出した木片にしか見えず、事実として木のように硬いのだが、シャリテではれっきとした伝統的な食材だ。


もちろん、そのままでは食べられないが、本物の木片同様にカンナで薄く削ることで大変風味の良いフレークが出来上がる。


これを煮浸しなどに振りかければ、それだけでご飯が進むばかりでなく、なんと私が大好きなダシを取るにもカツオブシは必須の最重要食材なのである。


しかし、主にシャリテでしか消費されておらず、ビジューなどの大陸中央部だけでなく合衆帝国内でも製造はされていても販売、消費はされていないという、この辺りではレアな食材でもあった。


そうしたわけで、私も煮浸しの上にひらひらと踊るカツオブシを泣く泣く諦めたのであるが、メリュジーヌ様はそれにいたくご立腹らしい。


「恐れながらメリュジーヌ姫殿下、ここではカツオブシは珍しい食材でして中々手に入らないのです」

「いくつだ?」

「はい?」

「カツオブシがいくつあれば、この食堂でシャリテの味が楽しめる?」


質問の意図が分からない。


「それはどういうことでしょう?」

「我が料理人の料理にも流石に飽きがきていてな。こうしたシャリテの庶民の味が懐かしく、また恋しくて堪らないのだ。ぜひ貴女にはシャリテの料理に思う存分その腕を奮って欲しい。それで、いくついるんだ?カツオブシは。私は貴女の煮浸しに溢れるほどのカツオブシを振り掛けたくてしょうがないのだ!」


怒涛の展開である。

まさか煮浸し一つでここまでメリュジーヌ様が夢中になるとも思わなかったし、どうやら後押しまでしてくれるつもりらしい。


少しずつ実績を作ってシャリテや合衆帝国の味を広めて行こうとしていた私の作戦は良い意味で覆ったのである。


そんなことがあり、取り敢えず10本のカツオブシを遠慮なく彼女に所望し、届いたそれを前に思わず頬擦りをしてしまったというのが冒頭の次第だった。


「さぁ、これで思う存分素晴らしきシャリテの味をサンクトゥアリウムに広められるなレヴリーよ」

「はい!本当にありがとうございますメリュジーヌ様」

「礼などいらぬ。だが、頬擦りはほどほどにな」

「ぐふふふふふ」


念願のカツオブシに笑いが止まらない私であったが、どうにも何か引っかかる。

心の奥底で、何かとてつもない警鐘が鳴っている感じがするのだ。


私は自問する。

ねぇレヴリー、何だかあまりにも上手く行きすぎてない?


今回のカツオブシの件についても、確かに毎回渾身の一品を作ってはいるものの、煮浸しは煮浸しだ。

いくら良い出来でも、王族であり舌も肥えている竜族のメリュジーヌ様がここまでしてくれる料理だったろうか。


もちろん、個人的には自分の料理を好きだと言ってくれることはすごく嬉しい。

けれど、味の好みにハマっていたとしてもここまでの厚遇はあるものだろうか。


そもそも、だ。

このビジューに来てからというもの、割と私に都合の良いことが続いている気もする。


ソーマタージ疑いとして連れてこられたというのは不運としても、ダンジョンではエクレールのおかげで一命を取りとめたり、元はオルグイユのいやがらせでも、苦手な彼女と会わずに済む廃教会をあてがわれたり、ソシエさんも気前よく厨房に入らせてくれて、好きな料理を作れるようになったり、などなど。


考えれば考えるほど、私に都合が良いことが起きすぎている気がしてくるのだ。


それに、講堂にいけられていた薔薇。

あれは青い花弁をつけてはいなかっただろうか。

見た時には気づかなかったけれど、たしか青い薔薇は存在しないはずだ。


ふと軽く願っただけで、この世にあり得ないものごとや幸運が舞い込むというのは夢物語だけの話である。

もしそんなことが可能な力があるとしたら…。


私は血の気が引くのを感じながら一つの仮説に辿り着く。


もしそんなことが可能だとしたら、それはソーマタージの奇跡の力だけだ、と。

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