第12話「失踪」

「何をグズグズしているの!もっと良く探しなさい!」


叱咤の声がサンクトゥアリウムの講堂に響く。


怒りと不安が入り混じったような声色だが、それでもメリュジーヌ様の声は美しい。

さすが王族だなぁ…と心のどこかで感心してしまう。


スクレくんが失踪したとの一報を受けて、メリュジーヌ様はすぐに子飼いの親衛隊を招集し、捜索の指示を出したらしい。

ちなみにこの親衛隊、彼女を慕うシャリテ本国の人々だけでなく、トネールやビジュー出身者も多いと言う。

王族というより、もはやアイドルである。


今、彼女の目の前にはその親衛隊の魔法騎士の青年が跪き、報告をしているところだ。

しかし、残念ながら特に成果は上がっていないようでメリュジーヌ様はブンブンと身体とほぼ同サイズの尻尾を不機嫌そうに振っている。

竜族特有の感情表現というやつだろう。


「ああ、今頃スクレ様は私のいない場所でどんなに不安でお寂しい気持ちになっているでしょう…。お労しいスクレ様を一刻も早く私の胸の中で安心させてあげなければなりません。お分かりですかフラム!」

「御心中お察しいたします我が君メリュジーヌ様。我々親衛隊の威信にかけても必ずやサンクティ・サピアンティア様をあるべき我が君の元へお救い致しましょう」


フラムと呼ばれた青年は恭しくメリュジーヌ様に答えると、勢いよくマントを翻して講堂を飛び出して行った。


「皆んな張り切って、青春だなぁ」


スクレくんの捜索に慌ただしく右往左往する人々を眺めながらのんびりと紅茶を啜っているのはノマドである。


教え子が行方不明というのにこの不自然なまでの落ち着きようはどういうことなのだろう。

もしミステリー小説の中なら真っ先に犯人と疑われても仕方がないムーブだ。

誰もノマドを相手にしていないのはある種の人徳によるものなのだろうか?


今、講堂にはノマドをはじめとしたサンクトゥアリウムの職員、メリュジーヌ様にエクレールとその書記官たち、それから私とエクリという20人ほどの人間が集められていた。

ソーマタージとその関係者は拘束せよというオルグイユの指示であり、いわゆる軟禁状態というやつだ。

表向きは安全確保のためということだが、おそらくこの中の誰かによる犯行の可能性を考えてのことなのだろう。

ご苦労さまなことである。


「それにしても、本当にどこにいったのかしらスクレくん」


体の自由もきかず、メリュジーヌ様のように捜索に協力してくれる子飼いがいるわけでもない立場の私は、頬杖をつきながら誰にともなく呟いてしまう。

もどかしいが、事実それくらいしか出来ることがないのだ。


「昨日最後にスーきゅんに会ったのは、彼付きの書記官の二人。その時には何も変わった様子はなかったってことらしいわレヴりん」


エクリがお尻一つこちらに近づいて、耳打ちして来る。

おぞましいあだ名は心の中でミュートする。


「今その二人の書記官はオルグイユ書記長の尋問中なんだけど…まぁ、何も出てこないでしょうね」

「妙に自信がある物言いね。どうしてそう言い切れるの?」


すると、エクリはこちらに更にお尻一つ分近づいて耳打ちをして来る。

近い近い。


「このビジューでお国の宝であるソーマタージに何かしようとする書記官なんていないわ。レヴりんはまだこっちに来て日が浅いから実感湧かないかもだけど、ソーマタージは聖女様の守護聖人であり、人ではなく神に近い存在として認識されているの。いわゆる現人神ってやつよ」


エクリは真剣な眼差しで私を見つめる。

ふむう。

どうやら本気らしいけど、それにしては神様候補たる私への待遇がいつもフランクに過ぎないだろうか。

特にあだ名とか。


それに現人神と言われても、無宗教が基本である合衆帝国の価値観で育ってきた自分としてはいまいちピンとこない感じである。

きっと帝国民の「純粋魔法批判」への固執とワシントン家への忠誠がそれに近い感情なのだろうと思う。

私はどっちもそんなに好きじゃないけど。


「もし本当にそうだとしてあの子の書記官たちが関係ないとすると、他にどんな可能性があるかしら。単純な家出って言うわけでもないでしょうし」

「そうねぇ、どの道ここから出られないんじゃすることもないし、一緒に推理ごっこでもしてみましょうか♪」


エクリはごそごそといつも携帯している鞄から文房具一式を取り出す。

分厚いノートと年季の入った万年筆。

それに、インクがなみなみと揺れるインク壺である。

エクリは早速サラッとノートに数条の文字を書きつける。

そこには、


①シチュエーション

②動機


と書かれていた。


「まず①のシチュエーションだけど、事故ではなさそうね。このサンクトゥアリウムの中でそんな危険に遭遇するのはお風呂で滑って転ぶくらいしかないわ。そうすると、何らかの事件に巻き込まれた可能性の方が高いわね」

「事件って言っても、神隠しにでもあったとしか言いようがないわよこれ。どこにもいないんだもの」

「U.S.Eの出なのに割と非科学的なこと言うのねぇ。事件を起こすのはいつも血の通った人間よ。さて、そこで②の動機を考える必要があるけど、そうすると…」


エクリはさらに、


③利害関係者


とノートに書きつける。


「彼の失踪で利益を得る人間が重要になるわね。そこから動機を逆算して考えてみましょ」


エクリは楽しそうに話しているが、話が広がり過ぎてよく分からなくなってきた。


「逆算ってどういうこと?」

「この失踪が本人の意思であれ他人の意思であれ、そこには必ず利害関係があるはずよ。普通だったら1番得をする人が犯人になるわね。それが誰か分かれば、動機も大体想像がつくわ」

「実はそれが真犯人の誘導だったりとかもあったりするけど」

「そうそう!ミステリー小説みたいでワクワクするわね♪」


マジでソーマタージが失踪してるってのに、割と不謹慎なことを言うなぁエクリってば。


「でも、スクレくんが自分から失踪したって場合はどんな動機があるのかしら。全然思いつかないけど」

「スーきゅんは、ビジュー国王の王位継承権資格を持つ7つの商会からなる『選王家』の出身で、次の王様の筆頭候補なの。知ってた?」


とんでもない新情報である。


「初耳なんだけどそれ!スクレくんってば王様候補だったの⁈全然そんなこと言ってなかったけど…」

「王に選ばれる基準は実力主義。ソーマタージであるスーきゅんでもうほぼ決まりと言って良いわ。でも彼もまだまだ子ども。自由に遊びたい年頃だわ。王になることへのプレッシャーから逃れるために身を隠した…というのもまぁ不自然ではないわね」

「何となく説得力のある説だけど、そんなに思い悩むキャラじゃないと思うのよねあの子。むしろ、王の座を狙った、その7つの選王家っていうのの勢力争いに巻き込まれたってことはないの?」

「他の選王家による誘拐か暗殺の可能性というわけね。まぁ、有り得なくもないけど悪手ね。もし選王家の誰かがスーきゅんの排除に成功して王位を得たとしても、実力がなければ他の選王家はもちろん国民がついてこない。国王の座はそれほど軽くはないわ。それに、偶然最有力候補がいなくなって繰り上げ当選しました〜なんてのが起きた事自体、疑いを生むわね。疑惑があればそれに興味を持って調べる人間は必ず出てくる。もし真実が露見すればその首謀者一族は一巻の終わり。ビジューの威信にかけて九族に至るまで徹底的に族滅させられるわ」

「何それ怖い…。ビジューって、宝石の国じゃない?もっとキラキラしている国だと思ってたけど、意外と血生臭い国よねぇ。この前のダンジョンとか、強盗や人攫いなんてのが普通にいたし。私、死にかけたし」

「国の実態なんてどこもそんなものよ。明るい表通りには必ず暗い裏の通りがあるわ。私は裏通りの方が好きだけど」

「はいはい。でもそうすると、選王家の誰かがそこまでのリスクを取って動くのは考えにくいってことよね」

「次に考えられるのは外国勢力による犯行ね。例えばU.S.Eだけど、最近皇帝になったアッシュ・J・ワシントンは、魔法や奇跡に開明的な皇帝だと聞くわ。彼は優れた科学者だともいうから、もしかすると研究対象として英知の奇跡を持つスーきゅんを攫った線があるわね」

「それなら合衆帝国よりトネールの方が怪しいんじゃない?魔法至上主義のヤバい人たちとかいるし」

「あー確かに。非合法な研究をしている『魔法ギルド』なんてのもいるし可能性はあるわね。あとはあんまり考えたくないけど、魔族って線もあるわ…」


ん?

あれ?

魔族と言えば朝からトルバのネコミミ姿が見えないことに今気づいた。


「ねぇ、そう言えば朝からトルバが見当たらないけど、まさか何かしでかしたってこと⁈」

「え、今更気づいたの?まぁ、オルグイユがトルバを疑っているのは事実ね。朝からスーきゅんの書記官と一緒に尋問を受けてるわ」


曲がりなりにも同僚のピンチにも関わらず、エクリはサラッと言ってのける。


「助けに行かなくちゃ!」


私は思わず立ちあがろうとするが、エクリは宥めるように私の肩に手を置いた。


「まあまあ慌てないで。トルバはあんなのでもれっきとした列聖機関の書記官よ。それに、昨日は朝まで酒場で飲んだくれてたらしいからアリバイもあるわ」

「本当に大丈夫かしら?オルグイユって滅茶苦茶だから…」

「まぁ、もし疑いが晴れなくてもトルバなら自分で何とかするでしょ」


うんうんとエクリは一人で頷く。

本当に大丈夫かなぁ…。

これを薄情ととるか信頼とるかは微妙なところだが、まぁ確かにトルバであれば相手がオルグイユであってものらりくらりと躱せそうではある。


それよりも…とエクリは声を顰める。


「オルグイユが疑っている理由だけど、魔族はその血が濃くなりすぎることを嫌って、定期的に外から高貴な血筋の男を攫ってきて血を薄めるって風習があるの」

「それって、まさか…」

「次期王様候補の少年というのは、魔族にとっては格好の種馬候補になるわね」

「…やばい文化ね」

「やばい文化よ。この説が本当なら美少年による、『ネコミミおねショタハーレム』が完成してしまうわ…」


ジュルリとよだれを垂らすエクリ。

ちょっと高度すぎるビジュー語が出てきたので、帝国民の田舎者である自分にはよく理解できないが、理解しなくても良いことだけは確信できた。

世界は広いということだ。


それにしても、よくここまで色々な推理ができるものだと、改めてエクリの知識量には感心してしまう。

伊達に書記官というエリート職でないわけだ。


ただ、残念ながらエクリの推理は多分どれもハズレだ。

何故かって?


…それはこのスクレくんの失踪事件、その犯人は恐らく私だからなのである。

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