『人目を気にせず、夢中になれる幸せ』





 割れた木の枝を手にし、いよいよ樹液でくっつける。

 という工程に差し掛かったところで、バカな私。

 樹液を溶かして接着用の粘液にするには火が必要になります。先に火起こしから始めるべきだったのです。それに、接着後きつく巻きつけるための紐も要ります。

 幸い、それは近くのイラクサをねじって用意できましたが、火起こしにはまた手間暇がかかりました。

 私はまず先ほどの木枝の使っていない部分を持ち上げ、「割ってください」と頼んでみました。しかし、応答はありませんでした。

 私はすぐに気が付いて、言い直します。

「割れたことにしてください」

 すると、予測通り、木枝は割れました。

 やはり、なかなか癖のある人格者のようです。

 もういっそ火が点けられたことにしてください、と頼んでみるのもやぶさかではない。しかし、それは最後の手段でした。それに私自身、次の工程にはとある豆知識があるので試してみたいのです。

 先ほどと同じように半欠けの筒を用意すると、そこに髄を掘って出来たおがくずを少量巻いて懸命に擦りあげます。これがまただいぶ重労働でした。

 私はしかし、気付けば夢中になって、汗が首を滴るのも気にせず、ひたすらに木々と格闘していました。

 誰の目も気にせずに夢中になれる。

 こんな当たり前のことがとても久しぶりでした。

 そうしてやっと丸まったおがくずが煙を上げ始めたときの感動ときたら。私は子供のように目を輝かせながら、火種を見て、すぐに少しずつおがくずを足して息を吹きかけていきます。

 火がつきました。

 それを用意していた河辺の木の元へ起き、さらに大きくなるのを見届ける頃には良い疲労感と余韻に襲われます。

 私はまるで一仕事終えた農家のおじさまおばさま方のようにお尻が汚れるのも厭わず、その場に腰掛け、しばし呆然。

 燃えさかる炎の温もりに一息つくのでした。

 それから道中の木々から樹皮を削って取り出しておいたかぴかぴの樹液を煉瓦ナイフの端に乗せて火で炙り、粘着性が出てきたところで、とうとう半欠けの筒状にした木枝の側面に塗りたくり、ギュッと手のひらで押さえ込みます。しばらく固めたあと、イラクサをねじって作った紐をぐるぐる巻きにして補強。

 水筒がやっと完成するのでした。

 長かった。

 まさか水筒作りだけで半日以上も費やすことになるとは朝の時点では夢にも思わなかった。

 これは莫大な経験値です。朝の私に比べると、今は半日にして十くらいレベルが上がったように思われます。そのくらいの充実感に満ちていました。

 さて、水筒の接着剤もきちんと渇いてきただろうところで、川の水をすくってみると、これがきちんと機能します。不出来な格好の木の水筒でしたが、機能性は十分でした。これで水を持ち運べる! 私はこの時、本当に心の底から感激したものです。

 さて、あとは火種です。同じく筒状にして、残しておいた枝木の端の部分を用いて、この火を保存します。

 私は道すがら拾っておいたキノコを取り出すと、この半欠けの筒にこめ、中をくり抜き、代わりに火種を入れて、上から片割れの筒を被せて完了。

 生前、動画で見たサバイバル術でした。私は誇らしげに火を消し、枝木をさらに数本束にして抱え、水筒をポケットに、もう片方の手に火種を入れた筒を持って、森を後にするのでした。

 さて、丘の上に帰還すると、スライムくんに挨拶しつつ、枝木をばら撒き、火種を取り出してまた火をつけます。どうだ。とばかり起こした火を見せつけると、スライムくんは炎の煌めきに反射して、縦線の目をキラキラとさせていました。

 それから水筒を取り出し、一口。

 ああ、いつでも水が飲める、水分補給ができるということの有り難さよ。

 私は噛み締めながら、今度は食べられなかった果物を火で炙ってみます。枝を突き刺し、ごろごろと炙ってみたのです。表面が黒く焦げ付いてきたところで、様子を見つつ、指で皮をめくってみます。

 あちぃ。

 私は次の瞬間、耳たぶを掴んでいました。

 自然界の厳しさを一日かけて学び、知識としてのレベルは上がれど、私の皮膚はまだ現代っ子並みに真っ白。焦げついた果物の皮一つ持たれないほど、私の指の皮膚はまだよわよわだという証左に他ならない。

 私は悔しく歯噛みしながら、焦げたフルーツが冷めるのを待って、ときどき突き、触れるほどになった頃、中を割ってみました。

 なんと言いましょうか。

 これは実の形をしたバナナか、あるいはドリアンのよう。ややとげとげし、硬く分厚い皮の中にはシチューのようにとろとろの果肉が収まっていました。

 甘くて香ばしい良い匂いもする。これはアタリだ。匂いがそう告げている。私たちは気付けば、鼻の穴をはしたなく広げて感嘆の息を漏らしていました。

「おお……」

「…………」

 しかし、それでも何があるかわからないのがサバイバルというもの。責任は己の命をもってのみ代えられる、厳しい世界です。

 私はお先にどうぞと進める体で木の葉のお皿に取り分け、スライムくんに食べさせ、死ぬるようなことがないことを確認したのちに、ようやくと自分の口に入れるのでした。そういえば私はその時頭の上のHPゲージをも確認しました。隙間が埋まっています。やはり果物には体力回復の効果が見込まれるとみて、間違いないようでした。

 そして、この風味はまさしく焼きバナナ。

 カラメル状になった何か、ですが、しばらく生果物だけの生活していた身からすると大変な贅沢のように思われて、私はちょびちょびと頂き、その後は残り火の温かさに包まれながら、横になるのでした。

 自然界の夜は早い。ファンタジーでもよく気を遣われる描写ですが、周りに灯りなどないから、夕方を過ぎるとすぐに床につくのが普通です。

 今はまだ防衛の手段も覚束ない野晒しの状態でしたが、致し方ない。家や拠点となる風除けの手段をそろそろ……それこそ雨が降らないうちに……考えなければ。

 スライムくんは機嫌を直してくれたかしら。

 そろそろ釣りを覚える時期かもしれない。もしくは弓を作って、草食獣や鳥獣を狩るのもいい。

 と、そんなことを考えあぐねるうち、私もまたひどく疲れていたのか、その日は気付くと深く寝入っているのでした。

 本日の獲得物は水筒に火種。

 それからすっかり忘れていたのがたいせつなもの。神様に等しきOSさんでした。


 ◇

 

 これにより、私は、異世界に転じた現代っ子が、丸腰で野晒しになりながらたった一人でも生き永らえられた主要な原因をそろえたことになります。

 武器はいらない。

 目に見える力もいらない。

 そんなものは現実でだって手にできるもの。

 そうではないから、魔法の世界と呼べる。

 そうではない力で乗り切るから、私たちはいつも選ばれる。

 物語の主人公に。

 私があなた方に語る意義があるのです。

 ここまでの話を起としますと、これからは承。

 まずはお決まりのあの魔物たちと出会うところから。

 私たちの日常は急激な転換に見えて、実に私たちらしい、素朴で、ゆるやかな展開を見せ始めるのでした。





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拝啓、転生者さま @Shirohinagic

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