『神との対峙』





 それはまさしくメッセージウィンドウでした。そこにはこう書かれていました。

『割れたことにして次に進みますか?』

 なんて、ご親切な……。

 私はこの時ほどプログラマーの厚意をありがたく思ったことはありません。生前にはついに一度として見ることのなかったこの表示を、まさか、転生した先で、それもこんな有難い気持ちで目の当たりにする日が来ようとは……私のようなものがこう言うのも大変不束に思われるかと存じますが、人間、長く生きてみるものです。

 しかし、ここで私の負けず嫌いの癪が疼きました。

 あと三十分ほど挑んでみて、それでできなかったらお願いしたい……と思うところ……しかし、このメッセージが二度と現れる保証もありません。いやいや、こうまで親切なプログラマーだもの。今度は十分くらいしたところで声をかけてくださるのではないか? うんぬん。

 私は唸ったあと、一つ根本的な疑義に気付いて、メッセージを見上げました。

 というのも、もちろん、そこには先ほどのメッセージとともに、はい、いいえ、の選択肢がありました。それをどうやって押したらいいのだろう、ということです。

 メッセージは、それこそ画面のどこからでも見えるようにと設置されているかのようにだいぶ大きなもので、私の背丈からでは河川の対岸が見えなくなるほどでした。

 指先で触れればいいのか、と思いきや、震えるくらい爪先立ちをしてみても、私の身長では届きません。

 となれば音声入力を試してみたくなるのが人情というもの。それを試す意味でも、これからこのプログラマーとお付き合いしていくにも、これは絶好の機会であると思われた矢先、私の考えすぎる性格が災いして、また一つ懸念が浮かんでしまいました。

 もし、回数制だとしたら?

 ありうる……これは有り得てしまう。これだけ親切なご時世ですが、一方では親切すぎる設計に疑念があることもまた、皆さんよくご存じであるように、私もよく存じております。

 例えば三回のお助け機能だったとしたら、こんなことで使用してしまうのは非常に勿体無いのは言うまでもないこと。しかし、水の確保、持ち歩きの解放と思えば、そうでもないのでは? うんぬん。

 私はまたしばらく鑑みて、試せることは全て、試せるうちに試してみるという基本的な行動理念を胸の中に打ち立て、質問を放ったのでした。

「回数制限はありますか?」

 さわさわと清らかな水が流れる小川の辺り、私は中空に浮かぶどデカいメッセージに対して、何とも間の抜けた返事。人に見られていたらと思うと赤面してしまう。

「制限はありません。何度でもご利用いただけますよ!」

 しかし、親切なキノコの王国民のごとき健気さで、次の瞬間メッセージはこう返答したのです。

「では……」

 これはOSとのコミュニケーションに他ならない。

 通信機器の向こうにオペレーターがいる、すなわち人がいて、私を監視している……? という諸々の想定を省いて、率直に"OS"と想起したのは、実のところ何の根拠もない非常に感覚的なものでしたが、これは後に正解だったということが分かります。

 さておき、私はこの初めてのOSとのコミュニケーションに際して手応えを感じ、さっそくさらに踏み込んで言うのでした。

「もう少し枠を小さくしたりはできますか?」

 すると、とたんにメッセージは私の肩幅に収まるほどのサイズに変換されたのです。

 何ということでしょう。

 私はこの一言で、超自然的な異世界ながら、とんでもないたいせつなものを手に入れてしまったのでした。これは手元にChatGPTを持っているも同然のことです。

 あるいは、このプログラマーいわんや、科学こそ人類の持ち得る最大の魔法だとでも一つ含意したつもりなのでしょうか。だとすれば、だいぶ癖のある方のようですが。はてさて。

 私は色々と尋ねてみたい、それこそこの世界の核心について触れてみたい欲は抑えて、とりあえず割ったことにして先に進めることにしました。

 それは光学センサーでも内蔵してあるのか、指先で認識しました。

 空中に浮かんだタブレットにそうするように、はい。を選択すると、足元で先ほどの木枝がぱきりと小気味良い音を立てて真っ二つに割れていました。私はこれ幸いと拾い上げると、成形しておいた煉瓦ナイフを用いて中を擦り、取り除いていきます。

 というより、プログラマーならこの辺に竹でも一本生やしてくれていたら、あるいはこんなことを言うのは非常に身も蓋もなく思われるのですが、錆びたナイフの一本でも落としておいてくれたなら、こんな苦労も、そもそも介助機能も使わずに済んだのでは? との疑義が、作業中、汗の流れる額の裏側を掠めずにはいられませんでしたが、私はこうして外の皮を残した半欠けの筒を手に入れました。





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