第35話 待ち人来たる



 地下通路の入口はとても錆びていて、色んな雑草が絡みつき、開けるのが大変だった。長い間使われていなかった事がよく分かるわ…………お父様やお兄様方が城の守りなんて気にしてはいなかったものね。



 自分の城が落とされるとは夢にも思っていない人たちだったから……今の状況は本人たちが一番焦っているのではないかしら。



 気付いた時にはもう手遅れのところまできているのに、私を連れて来たという事はまだ何とかなると思っているのよね。



 「足元にお気を付けください……かなり古い通路ですので、あちこち朽ちていますから」


 「……分かったわ」



 本当にレナルドの言う通りで、地下通路は土を掘ったところに木で少し通路を支えているだけって感じで……大雨や災害が起きたら生き埋めになってしまうのでは、というような造りだった。



 ここに長い時間滞在するのは良くないわね。速やかに移動して地上に出なくては――



 「ここの通路は基本的に一本道です。しかし国境を越えなければならないので、少し距離を歩く事になります。奥様の足は大丈夫ですか?」



 私はドレスの時に履いていた少しヒールのある靴だったので、長時間歩く事は難しいかもしれない。でも……



 「大丈夫よ。もし痛くなったら脱いで、布でも巻きつけて歩くわ。幸い布なら沢山あるし。生きて帰る事が一番大事だから……」


 「…………奥様は逞しくなられましたね」


 「そうかしら……でも生きたいと思う気持ちが力をくれているのかもしれないわね。そう思えたのも全部テオ様やレナルドたち皆のおかげだから」



 私はレナルドにも感謝の気持ちを伝えた。



 「……奥様を必ずボルアネアへ…………ベルンシュタット辺境伯の元へお連れ致します。命に代えましても――」



 レナルドはドレスの裾を掴み、そう誓ってくれた。私には勿体ないほどの言葉をくれる……でもそれほどの気持ちを受け取らないのは失礼だから、無言で頷いて見せた。



 「行きましょう!」



 私は気合を入れ直して前へ進む事にした。無言でただただ歩き続け、一時間は歩いたと思う。レナルドが「少し休憩しましょう」と言ってくれたので、地面に座り込んだ――



 「私は少し先の方を見に行ってみます。あとどれくらいなのか、出口が近いのかも確かめたいので……」


 「分かったわ、無茶はしないでね……」



 立て続けに色んな事が起こったので、肉体の疲労と精神の疲労がドッと出てくる…………座っているだけで眠ってしまいそう。


 ここには誰かが来そうもないわね。それくらい静まり返っているので、私は足を抱えてウトウトし始めた――静かだわ――――少しくらい眠っても大丈夫よね――



 テオ様――――会いたい――――――――――




 眠りに落ちて、頭がカクンッとした衝撃で少し目が覚める。寝ていたのね…………まだ眠れそうだわ…………またウトウトし始めた時、遠くから音が聞こえた。



 ――――ザッザッザッ――――――




 誰かが来るわ………………レナルドかしら……レナルドとはちょっと違う重い足音に聞こえる………………それに複数の音に聞こえるわ……………………まさかリンデンバーグの人間が?


 急いでここから逃げなくてはっ――



 私は立ち上がり、走り出そうとした――ドレスに足が絡んで上手く立ち上がれない。足に疲れが溜まって思うように動けない…………それでも必死にもがきながら、ここから動こうと走りだした。



 テオ様――――お母様――――私を助けて――――――――




 そう祈った時「ロザリア!」という声が聞こえた。


 

 この声は



 私を呼ぶ大好きな声



 ふり返ると、テオ様が私を追いかけて走っていた――――




 「テオ様……っ!!」



 なぜここにいるとかそんな事はどうでも良くて、ただひたすら名前を呼びながらテオ様に向かって走って行った――――


 飛びついた私をテオ様は抱き上げ、大好きなお顔が間近に見える――



 「テオ様っ…………テオ…………さ……ま…………会いたかっ……た…………っ」



 私は声にならない声を絞り出して、泣きながらテオ様の首にしがみつき、頬擦りしながらテオ様の名前を呼び続けていた。



 「ロザリー………………無事で良かった…………ここで会えるとは思わなかったよ。レナルドが突然走って来て、君がこの通路にいると聞いて、飛んで来た…………」



 テオ様は私の額や頬にキスをしながら経緯を話してくれる。私はまた嬉しくなって、涙が溢れて止まらなかった。



 「テオ様が贈ってくださったドレスも……こんな状態でごめんなさい…………ううっ……最後に絶対ベルンシュタットに帰りたくて…………テオ様に会いたくて………………来てくれて嬉しい――」


 「ロザリー……ドレスなんて気にするな……君が生きていれば何だっていいんだ…………」



 泣き続ける私に優しいキスをしてくれて、私の涙は一気に止まってしまう。今度は顔が赤くなり、違う意味で涙目になっていた。



 「…………そろそろいいですか?旦那様に奥様……」




 レナルドが後ろから声をかけてきて、初めて皆の存在に気付く。兵達も…………こんなに恥ずかしい事があるかしら…………ますます顔に熱が集まってくる――



 「……レナルド、もう少し空気を読んでくれてもいいんだぞ」


 「十分読みましたけど。ベルンシュタット軍が前方からも進軍しているんですよね?早く後方からも到着しないと、あちらさんにバレてしまいますよ」



 ベルンシュタット軍が?



 「ロザリー、君に話している時間があまりないんだ。このままベルンシュタットへ戻っていてくれ。私は……」


 「私も一緒に行きます!」


 「しかし…………」


 「テオ様と離れたくない…………それに私の家族の問題でもあるから、最後まで見届けたいの……邪魔にならないようにするから。ダメ、ですか?」



 私は覚悟を決めた顔をした。戦だから戦えない者がいれば邪魔になるのは分かっている……でも自分の家族と決着をつけなくては、私は前に進めない。



 「…………分かった。でもその代わり、私の後ろにいる事。絶対に前に出ないでくれ……」


 「分かりました」


 「…………ふっ……ロザリーが私に我が儘を通そうとする時が来るなんてね」



 テオ様に言われて気付いた、確かに私がここまで食い下がるのは初めてかもしれない……自分の変化に驚いてしまう。



 「……可愛いよ。ここがこんな通路である事が残念だ」


 「テ、テ、テオ様……………………先を急ぎましょう……」



 テオ様はご機嫌でニコニコしている。そして私を抱き上げた状態で走り出した。やっぱりテオ様は力が凄いのね、私を抱き上げた状態でもこんなに動けるなんて。


 

 改めてテオ様の強さを目の当たりにし、私も気を取り直して前を向いた……お父様たちと決着をつける為に。


 

 

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