第34話 地下牢を脱出



 私を連れて来た兵は私を地下牢に入れた後、すぐに戻って行った。地下牢ではいかにも雇われ牢番のような男が、地下牢の入口に立っている。地下牢にはその牢番と私以外誰もいない。



 改めて状況を整理してみようと思うけど、さすがにここから抜け出す方法はなさそうね……大人しく事態が動くのを待つしかないのかしら――



 ここに来るまでに何も口にしていないから、そろそろ喉が渇いてきたわ。


 空腹は気にならないけど、喉の渇きは辛いものなのね……この牢番に水を用意してもらえないか聞いてみよう。



 「あの…………誰かいませんか……」



 「………………何か言ったか?」


 「あの、何か飲み物をいただければ嬉しいんですけど……」



 機嫌を損なうのは得策ではないと判断して、出来る限り丁寧に話した。すると牢番は腰に装着していた布の水袋を取り出し、差し出す。


 どうしたらいいのかしら……これに口をつけるのは憚られるわね…………私は両手を合わせて牢の中の私の手の平に水を注いでくれるように頼んだ。



 牢番は意外と親切で、手の平に水を注いでくれたので、一日ぶりに飲み物を飲んで生き返ったような気分だった。



 「……ありがとう、とても助かったわ。あなたは雇われてここにいるの?」


 「…………そうだ。この国にはもう働く場所はない。王族はこんな状態でも贅を尽くしているが、俺たち平民は働くところもなければ満足に生活をする事も出来ない。何か仕事があれば何でもするさ……」



 私にこんな話をするのは嫌でしょうね。この人がどのくらい事情を知っているか分からないけど、民に罪はない。こんな生活を強いてしまって、王族として生まれた者として罪悪感が募る――




 「こんな王族のところで働くなんて反吐が出るけどな……家族もいる。金もないから他所に行ったところで生活出来ないのは同じだ……」


 「…………ごめんなさい」


 「あんたが謝る事じゃない。この国はもう終わったも同然だ……国の行く末を見るもの悪くないと思っている」


 「…………………………」



 お母様はリンデンバーグに嫌な思いしかないのかもしれない、でも私は、気のいい人々が住んでいる事も知っている。この国を王族から解放して、皆で治められる国を作れたらいいのに――――



 

 「……奥様!」


 「誰だ?!」



 突然扉が開いたと思うと、レナルドが地下牢に入って来たので、驚いた牢番は大きな声を出した。でも地下へ向かう階段にいた兵たちはやって来ない……シーンとしているわ。



 「レナルド!どうしてここが分かったの?」


 「奥様の動きは常に注視していましたので、ここに入った事も知っています。地下階段の兵たちには気絶してもらっています」


 「……………………あんた、この姫さんの仲間か?」


 「……ああ、そうだ」



 牢番は腕を組んで何か考えていた。そして意を決したように自身が持っていた鍵を使って私の牢屋の扉を開け、私を中から引っ張り出した。


 

 「このお姫さんを連れて行きな。大事な人なんだろ?」


 「…………まぁ大事と言えば大事ですけど……あなたはいいんですか?」


 「人を捕まえる仕事なんて、碌なもんじゃないしな。適当な事を言って、この城を出るよ」


 

 この人にも生活があるのに私を見逃してくれるのね。こんな仕事、本当はやりたくないって言っていたし……私は自分のドレスの装飾に使われている宝石類や手首の宝飾品を取り、この牢番に渡す。



 「…………見逃してくれてありがとう。こんなものしか渡す事が出来ないけど、お礼だと思って受け取ってほしいの。家族と共に他国に移ってもいいし、生活の足しにしてくれてもいいし……」


 「あ、いや……こんなの受け取れねぇよ…………」


 「いいの、受け取ってほしい。お水も飲ませてもらったし、助けられてばかりだから……あなたの名前は?」


 「…………ヴィーゴだ。お姫さん、あんた、幸せになんなよ」



 ヴィーゴははにかんだ顔でそう言ってくれた。私はリンデンバーグに連れて来られて、初めて胸が温かくなった――――いい人も沢山いるわ。

 

 

 「ありがとう、ヴィーゴも元気で…………」


 「奥様、行きましょう」



 レナルドの言葉に私は頷き、私たちは先に地下牢を出る事にした。途中の地下階段ではレナルドによって気絶させられている兵たちが、ぐっすり眠っている。起こさないようにそっと階段を上って行った。



 地下階段から出ると玉座の間から歩いてきた王城内に出るのだけど、城は閑散としている。あの牢番もそうだったけど雇われ者ばかりで、正直この城はもう城としての機能を果たしていない。



 私がここに捕まったままだとテオ様の足を引っ張ってしまうから、ひとまずこの城を出なくては。


 何よりテオ様の元へ帰りたい。



 こんな危ない事をしようとして、怒るかしら…………怒られたとしても会いたい――――



 「……奥様、こちらです」



 レナルドは脱出の経路を確保してくれていたのか、私を導いてくれた。城の裏側に回ると、裏は鬱蒼とした森が広がっている。


 今はもう日も落ちていて夜だし、正直どこに何があるかがはっきりと分からず、森の中に国境の関所もあるのだけど、夜の森では何が起こるか分からない。それに正面から行ったら捕まるんじゃ……


 

 「大丈夫です、城の裏側から地下通路で国境を越えられる秘密の通路があります。大昔に造られた非常用のものですが、ここの王族はすっかり忘れているようですので、我々が使っても誰にも見つからずに国境を越えられるでしょう」


 「…………レナルドは何故知っているの?」


 「この城の造りは戦の時に調査済だったのです。本来なら攻め滅ぼそうとすればいつでも出来たのですが……」



 私たち親子の為にそうしなかったのね…………私は自分のお腹に入れたままのお母様の日記をさすった。きっとお母様が守ってくれるわ――



 「ではその通路から国境を越えて、国境沿いを伝ってベルンシュタットを目指しましょう」



 レナルドは無言で頷いてくれた。レナルドの後ろを付いて行き、雑草に隠されている地下通路の入口を見つける。こんなところに入口があったなんて……草が張り付いて、扉にからみついている。ここまで無造作に放置されていたのなら、長い間使われていなかったってすぐに分かるわね。


 

 中はどんな感じになっているのだろう…………ちょっと怖い気がするけど、レナルドを信じて入る事を決意した。



 

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