第21話 旦那様のお誕生日会
「そうか、そんな話を…………ヒルドが迷惑をかけたね、ロザリー」
ヒルド様が帰って、私とテオ様は応接間でお茶を飲んでいた。例のごとくテオ様の膝が定位置の私――
「いえ、私はヒルド様がステファニー様を想っている事を知る事が出来て、とても有意義な時間でした。お互いに素直になって、結ばれてくれたら嬉しいのですけど……」
「うん……でもそう簡単には事が動かないだろうな。ステファニーがそうやって書いたという事は相当な覚悟をしているという事だし、何より……ヒルドがステファニーに触れる事が出来なければ、想いを伝えても口だけになってしまう。そうなったら……」
「ステファニー様はもっと傷ついてしまいますものね…………」
「…………そうだな……」
昔からお付き合いしているお二人の事だから、テオ様も辛そう…………少しでもお力になれるといいのだけど――
~・~・~・~
夏は庭園や菜園のお手伝いに忙しくて、あっという間に過ぎ去った。ベルンシュタットの夏は意外とカラッとしていて暑苦しさがなく、とても快適だった。
作物も育ちやすい環境のおかげで大豊作、私は菜園で取れたお野菜をグリンゴールに渡して調理してもらったり、私も一緒に料理をしたり…………ベルンシュタットに来てから、自分で出来る事がとても増えた気がする。
それが私自身の自信にもなり、ここに来た時よりも卑屈な気持ちは出てこなくなっていた。
それもこれもテオ様のおかげね。葉が赤く色づいてくる季節にテオ様のお誕生日が来る。私は何か贈りたいと思って…………手作りの物を贈る事にした。細い刺繡糸を沢山使って編み込み、ブレスレットに作る。それをお守り替わりに付けていてほしくて…………
「ちょっと地味かしら……」
私がそのブレスレットを編んでいる時、エリーナにそれとなく聞いてみた。
「そんな事はありません。旦那様は喜ぶに決まっていますわ!ロザリア様自らが作ってくださったプレゼントですもの……喜ぶお顔が目に浮かびます」
「そうだといいのだけど……」
つまりデザインよりも誰が贈るかが大切って事なのね……ちょっと複雑な気持ちだけど、私が贈る事で喜んでくれる人がいるのは幸せな事よね。
他国ではミサンガと呼ばれる事もあるこのブレスレットはお守りになるらしく…………命の危険と隣り合わせのテオ様には、いつも付けていてほしいなって。
模様はテオ様の髪色である赤とオレンジと白を使って炎を入れながら、黒と私の髪色であるシルバーアッシュで背景に模様を入れる感じにした。
自分の髪色を入れてしまって、重たい女だと思われないか不安だけど……ほんの少し入れただけだから、きっと気付かないわよね。
自分にそう言い聞かせるように無心で編み続けた。
そうしてブレスレットは、テオ様の誕生日前に無事に完成したのだった。
「…………出来たわ!」
「ロザリア様、やりましたね~~!」
「これは旦那様の鼻の下もまた伸びてしまいますわね……」
エリーナと侍女長のモネが、私の喜びの声に反応して褒めてくれる。
「…………良かった……お誕生日会が楽しみね!」
~・~・~・~
その日は朝から大忙しだった。城をレナルドと一緒に花で飾り付けて、グリンゴールと一緒に料理をしたりケーキを作ったり…………テオ様が帰ってくるまでに着替えて着飾ってもらって、ヒルド様やステファニー様もいらしてくださって、誕生日会をする準備であっという間に夜になってしまった。
「言ってくれれば手伝いに来たのに……」
「そうだよ、これだけ用意するのは大変だったんじゃないかい?」
ステファニー様もヒルド様もお優しいから、私を気遣ってそう言ってくださる。
「大変でしたけど、初めてお祝いをするのでワクワクして楽しかったです!ステファニー様もテオ様の誕生日を教えてくださって、ありがとうございます」
「お礼には及ばないわ。ロザリアなら絶対お祝いしたいだろうと思って」
「はい!ステファニー様に教えていただいてから手作りのプレゼントを作ってみました……喜んでくれると嬉しいですけど」
「そんなの喜ぶに決まっているじゃない!テオドールのデレた顔を見るのが楽しみだわ……ふふっ」
そう言ってステファニー様は少し悪いお顔で笑っている……皆の前でプレゼントを渡そうかどうしようか、迷ってきてしまったわ。そんな事を考えているうちにテオ様が帰ってきたという知らせが入ったので、エントランスホールに皆が集合した。
「ただいま帰った…………」
『おかえりなさいませ、旦那様!お誕生日おめでとうございます!』
「?!」
クラッカーや紙吹雪がホールに舞い、テオ様は驚いて目を白黒させていた。自身の誕生日だという事も忘れていたのではと思えるほどに……
「テオ様、お誕生日おめでとうございます!」
「……ロザリア…………これは一体…………」
「テオ様のお誕生日会をした事がない事に気付いて……ステファニー様が教えてくださったのです」
「君が計画してくれたのか?」
私は不安な気持ちと照れくささと両方混ざり合い、ただ頷いてみせた。テオ様は突然私を抱き上げ、私の服に顔を埋める…………その姿が喜びを嚙み締めているように感じて、テオ様の頭をぎゅうっと抱きしめた。そして顔をゆっくりと上げて、私に大好きな笑顔を見せてくれる。
「……ありがとう、こんなに嬉しい誕生日は初めてだよ」
「ふふっデレデレね!喜ぶのはまだ早いわよ」
「テオドール、誕生日おめでとう。僭越ながら出席させてもらったよ、ロザリアがとっても頑張って用意していたんだよ~」
「ステファニーにヒルドも来てくれたんだな。皆ありがとう」
テオ様を食事をするホールに連れて行って、私が手伝った料理を披露した。このお城に来てから、グリンゴールに沢山料理を教わったから……それがこんなところで活きてくるなんて、頑張って良かったわ――
料理に使ったお野菜も自分で植えて収穫したものもある。
それについてはステファニー様もヒルド様も驚いていらっしゃった……辺境伯夫人が自給自足なんて、普通考えもしないわよね。
最後にケーキが出てきて――
「奥様と二人で作らせていただきました~このネームプレートは奥様がお書きになったのですよ!」
グリンゴールはケーキについて、テオ様にあれこれと伝えてくれている。ケーキはグリンゴールの言う通りに作っただけなんだけど、そう言われるとちょっと恥ずかしい。
テオ様は沢山頬張ってくれて、美味しい美味しいと食べてくれた。皆で食べたらケーキはあっという間になくなり、私はお酒は飲めないけど皆ほろ酔いで大いに盛り上がってお誕生日会は幕を閉じた。
その夜、自室でテオ様に手作りのプレゼントを渡した。やっぱり皆がいる前ではちょっと恥ずかしくて、二人きりの時になってしまったけど、とても喜んでくれて――
「これは他の国ではミサンガという物らしいです。お守りとして身に着けるものらしくて……テオ様をお守りしてくれますようにって思いを込めて編みました」
「ロザリーに着けてほしい……」
「わかりました!」
ちょっと苦戦したけど、無事にテオ様の腕に装着されたミサンガは銀糸が輝いている。
「ロザリーの色も入っているんだね。凄く綺麗だ…………本当にありがとう。今まで生きてきた中で一番嬉しい誕生日になったよ」
「本当ですか?嬉しいです…………私にとってもテオ様の誕生日は特別な日なので……お祝い出来て嬉しいです」
「君にはもらってばかりだな、いつも」
そんな事はないのに。私の方こそテオ様にいただいてばかりいる。
リンデンバーグにいた時とは比べ物にならないほど豊かな暮らし、安心して暮らせる日常、エリーナも嬉しそうだし、お城の皆も優しくて、何より素敵な旦那様の優しい心遣い――――
「……私の方こそいただいてばかりなのです。こんなに幸せでいいのかなって、時々不安になりますけど…………」
「いいんだ、私が君を甘やかしたいんだ。全部君の物なんだよ、ベルンシュタットも……私も…………」
私の頬を両手で包み、そのまま優しいキスをくれる――――いつまでもこのままでいたいような……離れがたい気持ちを残して、唇はゆっくりと離れていく――
私はテオ様の胸に顔を埋めて、早く自分の誕生日が来てほしいと切に願ったのだった。
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