4.港町の浜辺で戯れる

4-1.

 北の港町、ポルタリア。西大陸の中の東側の上の方の、海の玄関口である。その町に、私達は足を踏み入れた。

 なお、心海はピアスの中でおやすみ中だ。ラディ様が「まだ目立つのは避けたいので、伏してお願い申し上げます」と、町の中ではピアスの中で寝てて欲しいという旨を迂遠に、本当に土下座する勢いで心海に拝み倒していた。ぷかぷかと浮かぶ黄色のイルカは、とても目立つらしい。当の心海といえば、<いいよー。ごはんになったらよんでね>とのほほんと気の抜けるようなお返事をしていた。ご飯さえ呼んでもらえるならそれでいいらしい。食いしん坊な精霊で大変結構である。

 そもそも、ケルベロスな3匹は分裂しているのでともかく、ウィング・エレファントな白翔がいる限り目立たないということはない、らしい。ただ、精霊となると珍しさが際立つので、問題外とのこと。なら何故目立ってはいけないんだ、という話なのだが、私はその疑問を捨てることにした。ラディ様がにっこり微笑んだのだが、目が笑っていなかった。優しいお兄さんタイプのイケメンの冷たい笑み、怖い。


 ポルタリアは活気のある町で、鮮魚が並ぶ市が特徴的らしい。また赤茶のレンガと白い建材で出来た家が多い町を丘の上から見下ろすと、町と海の色合いの対比がとても美しかった。ポルタリアの町に住む人は花を植える人が多いのか、窓から垂れ下がる緑と色とりどりの花が目を楽しませてくれる。

 そんな町中を歩いて、宿屋街を目指す。リオ様とラディ様はこの町ポルタリアに来たことがあるらしく、迷いなく歩いていた。とはいえ来たのは随分と昔、アマデオ様が加わる前の話らしい。それ、100年以上昔ってことでは。長命種の随分と昔はスケールが違った。

 あそこが違う気がする、いや変わらないのでは、と2人は相違点を探しては楽し気に言葉を交わしていた。アマデオ様は白翔を抱きかかえて、何やら話しかけている。白翔は割かし意思表示してくれるから、ある意味会話が成立するんだろう。それはそれで楽しそうだった。3匹は私達の足元でじゃれるように走り回っている。いつも通り元気でよろしい。人に迷惑かけなければ自由にしてていいと言ったのは私なので、足にごつごつ頭を当てられるのは許容しようじゃないか。


 この町を知る2人が決めた宿の中に入り受付に向かうと、先に受付しているグループがいた。背の高いがっしりした体形の人から、背が低くめで横にも太い人もいる。その中で背が低めの白い三角耳の獣人族の人が、耳をぴるぴるっと震わせてから、こちらを向いた。後ろ姿では分からなかったが、ショートヘアの女性だったらしい。彼女は目を丸くして、首を傾げた。


「あっれれー? おーじ達じゃーん。おーじ達がトゥルスに居たってウワサ、ホントだったんだー」


 彼女が素っ頓狂な声をあげた瞬間に、リオ様は私と繋いでいる手をぎゅっと痛いくらい握りしめ、私の斜め半歩前に出た。私の後ろにいたアマデオ様もすっと私の前に出て、私は前のグループから隠されてしまった。それと同時に、何人かこちらへ振り返っていた。


「久しぶり、アンネッタ。今はこの港町にいるんだ?」

「モチのロンさ! そろそろカツオが食べ納めの季節だもんよ、ポルタリアのカツオは食べ逃しちゃアカンっしょ。おーじ達も、カツオ食べに来たの?」

「僕達は、ただの通りすがり。でもカツオがオススメなら、食べなきゃダメだねぇ。オススメの食堂どこ? 僕も食べたいな」

「ふふん、素直は美徳だね。カツオなら猫の開きがオススメだ! 女将が獣人族の猫種でカツオには一家言があるんだよー。同じ獣人族の猫種としてリスペクトしちゃうよね」


 アマデオ様が矢面に立って会話していたが、前のグループの受付が終わったらしい。アンネッタと呼ばれていた獣人族の女性は、手をひらひらと振って他の人と一緒に去って行った。宿の階段へと消えていく際に、一度だけ顔のみ振り返って私と目が合った気がした。何というか、小さなつむじ風のような存在感のある人だ。

 ラディ様が受付に行き、部屋を確保しているのをぼうっと眺める。手を引かれた気がしてリオ様の方へ向くと、リオ様が難しい顔をして前をじっと見ていた。どうやら無意識に私を引き寄せたらしい。困って手を引き返すと、リオ様がこっちを向いた。私の困った顔を見たからか、表情を緩めて私の頭を撫で始めた。ふう、とそっと息を吐く。リオ様は何を悩んでいたんだろうか、私なんかよりよっぽど長生きのリオ様の考えていることなんて分からないけど。私なんかで和んでくれるなら、今はそれでいい。


 部屋の確保が出来て、一度部屋で休むことになった。荷物を整理したら、もう一度集まって夕食を外で食べるらしい。先ほどアンネッタさんが言っていた、猫の開きに行くのだろうか。ちょっと気になる、猫の開きってところとか、獣人族の猫種っていう猫の獣人族の女将さんとか。

 リオ様と部屋でまったりしていると、心海がピアスから出てきた。夕食は何を食べたいか聞くと、またフルーツパフェをリクエストされる。そもそも人が作った料理は食べるのか聞くと、<えー、いらなーい。ぼく、あるじのくれるふるーつ、すき!>とパフェグラスをバリボリしながら答えてくれた。どうやら心海は異世界通販のフルーツにご執心らしく、他の普通の食事はいらないらしい。何でもかんでも食べる3匹や、やや酒と肉に偏っているがやはり何でも食べる白翔とは大違いである。精霊だからだろうか。サンプルが少なすぎて、把握できていないけれど。


 心海の夕食と、ついでに3匹へのおやつという甘いものや白翔への酒支給などしていたら、部屋をノックする音がした。ラディ様やアマデオ様が迎えに来てくださったらしい。私達は連れ立って、猫の開きへと向かった。猫の開きがどこにあるかは、ラディ様が事前に聞き込みしてくださったらしい。


「というワケで、アンネッタさんだよん! 家名はナシ。獣人族の猫種で、独身。年齢はヒミツ。冒険者ランクは四級、短剣使いのシーフ職。どうぞよろしくねー、マリアちゃん」


 白い三角耳に、茶髪のかなりショートなヘアで、冒険者の前衛らしい革鎧をした女性。何故か、宿で出会った獣人族の女性、アンネッタさんが猫の開きの前で合流した。私達の後ろを歩いていたんじゃないかってくらい、ぴったりに合流したのだけれど、ストーカー? 流石はイケメン3人組である。

 なお、アンネッタさんにも果敢に絡みに行く3匹に合掌。本来なら人に迷惑かけるなと言うところだけど、何となくこの人怖いから、是非ともお前らでこの人を抑え込んでくれ。たぶん無理だろうけど。


 ところでシーフって何だろう、と首を傾げたら、リオ様が私の額にちゅっとキスしながら教えてくれた。いわゆる斥侯役のことを指して、その斥侯として先に何があるか確認するだけでなく、ダンジョンに落ちているトレジャーボックスという宝箱の鍵開けなんかもするらしい。シーフ職は短剣使いや短弓使いなど身軽な人がなるらしい。

 アンネッタさんは四級だけど腕はピカ一で、三級にも劣らないらしい。3人とも組んだことがあって、よく知っているんだとか。なんでもアンネッタさん、昇級を勧められているのに無視して港町をうろつくタイプの人らしく、「だぁって美味しいサカナがあたしを呼んでるもん」とのこと。


「んで、なぁんか面白いことになってるでしょー? あたしのセンサーがビンビンに光ってんのよ。いいから吐いちゃいな」

「何が面白いのですか。我々は普通にトゥルスからこちらに来た、通りすがりですよ。アンネッタ殿の琴線に触れるものはありません」

「ああー、そんなこと言っていいんだ? お得様にもまだ流してないのにー。これでもステラートには借りがあるから、大人しく情報収集に励んだだけなのに。ヒドーい!」


 お酒が入っているからだろうか、アンネッタさんの声が少し大きくてリアクションもオーバーだ。でも顔色は変わった様子はないんだけどな? と首を傾げながら、目の前のカツオのたたきを口に放り込む。欲しい欲しい、と口を開けてこちらに近寄ってくる3匹の口にもそれぞれ1切れずつ入れる。お前ら宿で甘いものたらふく食べたじゃない、食べ過ぎはよくない。魔物に食べ過ぎという概念があるのかはともかくとして。

 ところで、ステラートって何? そう問いかけたら、3人がごふっと酒を噴き出した。汚いぞ、3人とも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

執着系王子様な番と私の異世界旅行記 ネコ野疾歩(慈烏) @jiu0730

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ