閑話05. ラディズラーオ・ツェー・ロンターニ

 番探しで放浪していたヴィルジーリオ殿下だが、本国と連絡を取らなかった訳ではない。基本的には殿下ではなく私が実家とやり取りしていたが、恐れ多くも国王陛下と王妃殿下からお手紙を預かったこともある。

 その手紙のやり取りは、ギルドを通してという場合が多い。ギルドには基本的に物専用の転移の魔法陣が置いてあって、そこから手紙が届くのだ。もちろん、どこに居るか分かってないと届けられないので、私がいつ頃まではどの場所のギルドにいるか連絡を送り、何回か手紙が届く。出立する時はまた手紙を送り、次の行き先の予定を知らせる。そうして新しいところに着いたら、到着の連絡をする。それを200年ほどの間、繰り返していた。本国に戻らない限り、これからも繰り返されると思われた。

 先日、トゥルスの街を出た後はしばらく大森林にこもるということも伝えてある。新たに到着したら連絡する、として手紙を締めくくっている。その内容には、殿下の番様、マリア様のことは一言も書かなかった。


 先日届いたばかりの手紙を読み返す。送ってきたのは、次男である兄。それと両親からの簡易メッセージカードだ。両親は単に元気か、程度のことしか書いていないので問題はない。メッセージカードで送り返す必要があるのでまた調達しなければならない面倒くささはあるが、それだけだ。

 問題は、次男である兄からの手紙。次男である兄の息子や娘との幸せな家庭の手紙であるが、内容はそれにとどまるところはなく。長男である兄はまだ番が見つからず放浪しているという手紙が届いたこと。第一王子殿下も番探しは難航しているらしく、一度帰国したがまたすぐに番探しの旅に戻ったこと。第三王子殿下が、山人族ドワーフの番を見つけたらしいが連れ帰るのに難航していること。そして、そういえば、番を見つけたと噂に聞いたが気のせいか、と。どれをとっても私達が知りたかった情報であり、かつ騒動を予感させる内容だった。

 ヴィルジーリオ殿下には報告せざるを得ないが、殿下の傍には常にマリア様がいる。結局見張り番の交代の際に手紙ごと渡して見て頂いたが、特に指示はなかった。静観せよ、ということだろう。マリア様の存在がうっすらバレているように思うが、敢えてつつく必要もないということか。殿下の考えは推し量ることが出来ないが、どちらにせよこのままではいられない。


「難しい顔してどうしたの? 悪い知らせ?」

「悪いかもしれませんね。マリア様の存在が、もうバレているようです」

「あー、まあヴィルは目立つからね。そのうえ3つ子にハクトで、大騒ぎだったもんね。予定調和なんじゃない?」


 トゥルスの街は、神の街と言われていて各国の外交官が集まっている。基本的には神子様を自国へ勧誘するためだが、優秀な外交官がそれだけに留まることはなく。トゥルスの街の噂はかき集めているはずである。

 ヴィルジーリオ殿下がトゥルスの街に着いた時、表立って来訪した訳ではないが来たことを隠してもいなかったので、いくつかの国の外交官から接触があった。殿下は関わる気がなかった上に、すぐマリア様を見つけられたので外交官のことは袖にしていたが、その殿下の動向は注目されていた。最初は殿下が神子様を得たことを、のみのはずだった。それから殿下の神子であるマリア様への接し方で、疑いを持つ者もたくさんいただろう。

 そのマリア様が、ウィング・エレファントをテイムしたと話題になった。ケルベロスである3つ子は、普段は3匹ばらばらになって過ごしているので、その見た目からケルベロスであると疑うことは難しい。マリア様が魔物の犬か狼を3匹テイムした、程度にしか思われていないはずだ。けれど、ウィング・エレファントは違う。いくら縮小化しているからといって、真っ白で白い翼を持つゾウなぞウィング・エレファント以外に存在しない。残念なことに、マリア様のことも外交官の間で話題になっていたはずだ。実際、殿下だけでなくマリア様込みでのお誘いが絶えなかったのだから。


 次男である兄から手紙でもマリア様のことを示唆されている以上、あまり考える時間はないのかもしれない。できれば早めに、殿下にはマリア様を口説き落としてもらいたいものである。ただでさえ周りが騒いでいるのに、殿下とマリア様がごたごたしてしまったら収拾がつかなくなってしまう。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られる、と言うし2人で進んでいって欲しいものだ。

 後ろから抱きしめて一緒に同じ本を読んでいるらしい、殿下とマリア様を眺めながらアマデオ様と会話を続ける。


「ヴィルとマリアちゃん、よく分からない状態だよね。マリアちゃん、ヴィルの甘々な態度にしれっとしているし。その割には自分からもくっつくし、ヴィルにあーんもするし」

「番の仲が良いことはよいことでは?」

「そうだといいね。僕は恋愛経験ないから分からないけどさ、あれはイチャついているようにしか見えないもん。元々マリアちゃんはヴィルのこと、後ろ向きというか仕方ないから一緒にいるって感じだったでしょ。でも、かなりヴィルに対して好意が芽生えてくれていると思うんだよね。僕がヴィル贔屓なだけかもしれないけど」


 残念ながら私も殿下贔屓なので、お2人の関係を正しく見られているのかは自信がない。だからこそ、マリア様も幸せになっていただくためのお手伝いは積極的にしていく所存ではあるが。マリア様はかなり遠慮されていらしたが、召喚魔法陣を購入したのもその一環だ。殿下が買い揃えたいだろうとは思ったが、あれは毎回成功するとは限らないのだから数があった方がいい。マリア様は今のところ、全部テイムを成功させている上に、召喚魔法陣どころではない事態を引き起こしているが。

 西大陸へ上陸するための船の移動中に起きた、沈まない海賊船にまつわる騒動を思って溜息を吐いた。精霊というのは、滅多にお目にかかれるものではない。それなのに何故か精霊を強制使役して、船に縛り付けていた海賊船。どうも魔法陣に詳しいものが身を落としたらしく、精霊の言葉を通訳してくださったマリア様いわく「お昼寝していたら捕まってしまって力を搾り取られた、と言っています」とのこと。中級精霊だったものが下級精霊にまで力を落としてしまったのだから、適切な魔力供給もなく文字通り身を切っていたのだろうことが分かる。

 そんな、元は力がある精霊がマリア様を気に入り、仮とはいえ契約を成してしまった。きっと契約に必要な宝石が揃ったら、本契約も受け入れるのだろう。精霊と契約した者を精霊使いと言うが、精霊使いはとても珍しい。精霊という存在自体が珍しい上に、その精霊に魔力を気に入られなければならない。精霊使いになるというのは力だけでなく、相性というどうしようもない面まで含めた運も必要なのだ。その精霊使いとなった、我が主ヴィルジーリオ殿下の番マリアステッラ様。


 沈まない海賊船は、殿下が無理矢理使役されていた精霊を光属性の浄化魔法で助け出すと、簡単に沈んだ。恐らく精霊が船を沈まないように力を行使していたのだろう。それが解決したのは喜ばしい。その代わりに、別の騒動も引き寄せそうだが。

 西大陸に上陸した後の周りの反応を想像すれば、嫌な予感しかしない。精霊には仮住まいに引っ込んでもらって、目立たないようにしてもらった方がいいのかもしれない。


「どうしたの、ラディ。目が据わってるよ? その顔でマリアちゃんを見たら泣かれちゃうって」

「いえ、問題ありません。ポルタリアに着いてからの騒動を思うと胃痛がしただけです」

「あー、ココミがすごく目立ちそうだよね。見た目で水属性なのは分かるから、港町には喜ばれそうだね」


 確かに水属性の精霊がいると水害が減り、水の生き物が元気になるので漁が捗るとは聞いたことがある。だから、港町に喜ばれるというのもわかる。だがそうじゃない、と言いたい心を抑えて溜息をひとつ零した。

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