3-5.

 そもそも、精霊とは何ぞや、という話であるのだが。自然が力を持って具現化した存在であるらしい。つまり、イルカは水属性の精霊だから、水という自然が魔力を帯びて力を持ったものが、イルカのような精霊になる、ということだ。ここでポイントになるのが、精霊は不定形であること。今、イルカさんは黄色のイルカな見た目をしているけれど、別にイルカでなくてもいいらしい。水に関わりある生物の方が居心地はいいらしいけど、カメにもネコにもライオンにもなれるんだとか。<ぼくはこのすがたがすき! かわいいでしょ?>とはイルカの言葉。確かに可愛い、黄色のイルカって自然に居るのか知らないけど。

 自然が力を持った存在だからか、精霊は魔力を好み、好きな波長の魔力のあるところで暮らしているんだとか。魔力は精霊のご飯であり、身体を保つ重要なエッセンスになる。だから、精霊契約をするとなると、まず精霊に自分の魔力を好きになってもらわなければいけない。かつ、契約したら魔力を供給し続けなければいけない。

 というような追加解説を、帰ってきたラディ様がしてくれた。詳しくなくてすみません、って言っていたけど十分に詳しい。詳しいの基準が厳しすぎやしませんか。


「精霊契約となると、契約の核となる宝石が必要だったはずです。精霊の寝床にもなるので、良き宝石が求められます。しかも、自分の瞳の色と近い宝石が好まれますので、すぐには用意できないかと」

「ああ、精霊使いが大きな宝石をつけているのって、そういう理由だったんだ。単純にその人の趣味かと思ってた」

「精霊と契約しようと思わなければ、知りませんよね。私も知人が精霊契約していたので知っていましたが、この程度しか知りません」

「アイツか。確かに大きなペンダントトップのネックレスをしていたな。ああ、俺のステラ、きちんとしたものを用意するからな」


 宝石か、またお金のかかるものが必要だな、とちょっとげんなりした。私ってばこの世界に来てから、3人に召喚魔法陣を何枚も買わせてしまい、かなり散財させている。挙句にイルカが押しかけ精霊しようとしているから、イルカの寝床の宝石を用意しなきゃいけない。私の瞳は黄色というか金色なので、黄色の明度の高い宝石になるだろう。しかも話を聞く限り、宝石は大きいものの方がよさそうだ。イルカの寝床になるし妥協はできないけれど、そもそも手持ち金がないんだが。またリオ様に頼るのか、と溜息を零した。

 アマデオ様監修の採取した薬草は、何回か冒険者ギルドに提出して対価をもらっている。でもだいたい銅貨数枚くらいにしかならないので、宝石を買うなんて夢のまた夢である。まあ薬草採取はどちらかというと実績作りのためで、お金稼ぎは二の次なんだけども。まだ魔法の扱いも慣れてなくて、役立たずでしかない。稼ぎたいけど訓練は重要、と悩ましい状態だ。


 ひとまず、イルカに契約は宝石が見つかってからでいいのかと問えば、仮契約だけしようと言い出した。


<かりけいやくすれば、あるじのことわかる。ぼくとけいやく、しよ!>

「ふうん。仮契約に必要なものはなに?」

<あるじのまりょく。かりずまいをつくるの。だいじょうぶ、ぼくにまかせて>


 何だか任せるのが怖くなってくる安請け合いである。でも上級精霊に近い中級精霊まで上り詰めたことがあるんだから、実力は確かだろう。たぶん、だけど。

 仮契約をすると、この精霊は私が予約していますという牽制にもなるらしく、イルカに懇願されてしまった。<ぼくはごは……あるじじゃなきゃやだ!>とのことである。私のことをどう思っているのかよく分かるお言葉である。怒りはしない、3匹も白翔も異世界通販に惹かれてテイムされているからね。異世界通販の虜の子が1匹また増えるだけだ。ちょっと切なくて凹んだのは、内緒である。


 その仮契約はどうやるのか、と聞いたらイルカに好きなフルーツを選ぶように言われた。何でフルーツ、と思いながらリンゴを選択。異世界通販でリンゴ1つを買って、イルカに差し出す。イルカは水球を出すと、リンゴを水球で覆ってしまった。水球の中でリンゴがぐるぐると回転して、ピカッと光ると水球もリンゴも消えていた。

 どこいった、と首を傾げていると、イルカがきゅいきゅい鳴いた。


<あるじ、なまえちょうだい。それでかりけいやく、かんりょう>

「名前? 元から名前あるんじゃないの?」

<あるけどちがう。あるじがなまえつけてくれて、はじめてけいやく>

「ふうん。ちょっと待って、全然考えてなかったから。今、考える」


 黄色のイルカを眺めながら、名前ねぇ、と独り言ちる。名前を求められると思ってなかったから、全然考えてなかった。名前があるけど違うってどういう意味なんだろう、とちょっと興味がそそられたけれど、今は名付けタイムだ。

 私はうんうんと唸りながら悩み、最終的に決めた。これで気に入らなかったら、変な名前にしてやる、とズレた決意をしながら宣言する。


「決めた。イルカさんの名前は、心海ここみ。こころのうみと書いて、心海。どう?」

<わあい、ぼくのなまえ、ここみ! ――まりあすてっらとここみのあいだに、かりけいやくはなされり>


 イルカこと心海が宣言した途端、心海がピカーッと光ってまぶしくて目は開けてられなかった。目を閉じて、光が収まった頃にそっと目を開くと、宙に浮かぶ心海。はて、これで完了か、と首を傾げていると私を見たリオ様が慌てたように声を掛けてきた。


「俺のステラ、お前ピアス穴を開けていたか?」

「開けていません。何でですか?」

「お前の両耳に、リンゴ型のピアスがついている。痛くはないか?」

<しつれいなー。きをつけてつけたにきまってるでしょ>


 知らない間に、ピアス穴が出来ていたらしい。勝手に開けられたのは微妙だが、痛くなかったのでラッキーだったかもしれない。心海に仮契約が終わったらピアス穴はどうなるのか聞いたら、希望すれば開けたままにできるらしい。きっとこうでもなければ尻込みしてピアス穴なぞ開けなかっただろうから、これは良かったということにしておこう。どんなピアスか気になって鏡はないか聞いたら、ラディ様が持ってて見せてもらった。

 私の耳たぶ、普通のピアス穴が開く位置に、リンゴを縦半分に切った形で全部黄色の小ぶりのピアスがひとつずつ、両耳についていた。ピアスが黄色なのは心海が黄色のイルカだからだろうか、それとも私の瞳の色に合わせたのか。どちらにせよ、リンゴを縦半分に切った形なので違和感はそんなにない。むしろ、可愛いんじゃないだろうか。


 自分の耳を見てにまにましていると、リオ様に耳にキスされた。ピアス近くをキスされたのだろう、心海が抗議の声をきゅいきゅいあげている。


<あーっ、ぼくのすみかなのに! へんなことするな>

「リオ様、心海が自分の住処だからやめてって言ってますよ」

「俺のステラは爪の先まで俺のものだ。精霊だろうと譲らない」

「はあ。まあケンカしないでくださいね」


 私はラディ様に手鏡を返しながら、言葉が通じていないはずなのにケンカしている1人と1匹を横目に見た。心海が一方的にきゅいきゅい鳴いているだけだが、かなり文句を言っていて、リオ様は意に介さず私に構っていた。何だこの状況、私を巻き込まないで欲しい。ふう、と息を吐いて私はステータスカードを取り出した。目的は異世界通販だったのだが、ステータスカードの従魔の欄の下に、「【契約精霊】仮契約:水属性(心海)」と追加されていた。これもステータスカードに追加されるんだな、と感心しながら目的通り異世界通販を起動した。

 今日の夕飯は、ラーメンにしよう。無性に食べたくなってしまった。リオ様達は意外なことに箸が使える。ラーメンでも困らないだろう、と皆に声を掛けた。

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