初恋を忘れられない男。岩渕俊也(後編)
翌週末。
俊也は夏菜を探すため都心に出かけた。謎の美少女から借りてきた不思議な球体を手に持っている。
球体は『ターゲットリング』という名前の道具で、直径は十五センチメートルほどだ。携帯していると球体を構成している輪がクルクルと周り、運命の人を教えてくれるという。
夏菜が都内にいるという証拠はなかったが、数年前に同級生が「それらしい人物を見かけた」という情報を頼りに探したことがあった。夏菜には特徴がふたつあり、その心許ない条件で人探しをしていた。ひとつ目の特徴は、笑うと右頬にえくぼができるということ。ふたつ目の特徴は左頬に一センチほどのホクロがあるということ。
(前回は失敗に終わったが、今回はターゲットリングがあるので、運命の相手の夏菜に辿りつくはずだ)
俊也は確信した。
一時間ほど街中を不審者の如くうろうろしていると、ターゲットリングが動き始める。
「きたっ!」
俊也の声に、何事かと通行人が一瞥した。彼はきょろきょろと辺りにいる女性を見ていく。
(夏菜はどこだ)
ターゲットリングは随時反応が変わるので、動きをチェックしながら歩いていくと、ある女性で過剰に反応している。最初は気のせいかと思ったが、その女性の近くだと輪の動きが激しくなり、遠ざかると弱まっていた。
「夏菜ですか?」
俊也はひっくり返った間抜けなトーンで聞いた。美人な二十代女性だが、小学生時代の夏菜の面影が全くない。
「は?」
女性は不審そうに俊也を見た。
「すみません。草野夏菜さんでしょうか?」
「違います」
女性は軽蔑するような目で俊也を見ていた。新手のナンパだと思ったようだ。
(顔も違うし、ホクロもない……。別人だ)
俊也はがっくりと肩を落とした。
*
*
*
「どういうことなんですか!?」
その日の夜、俊也は建物に入るなり、憤慨して纏に詰め寄った。手にはターゲットリングを持っている。
「どういうこと、とは?」
纏は意味ありげに微笑した。
「この道具を使いましたが、たしかに何名かの女性に反応しましたが、すべて夏菜じゃありませんでした! どういうことですか?」
俊也は口角泡を飛ばす。
「これじゃあ、詐欺じゃないですか。徒労ですよ」
「あら、勘違いされていますね」
纏はフフッと笑った。
「この道具『ターゲットリング』は運命の人を探すと、ご説明したはずですよ」
「だから、その運命の人である夏菜が、――あっ!」
俊也は青ざめた。勘違いに気づく。
「つまり、夏菜は運命ではなく、それ以外の運命の相手とマッチングしていたということですか?」
彼はいまにも泣き出しそうな表情をしていた。
「夏菜さんが運命の人かどうかはわかりません。ただ、あなたは一人だけではなく、何名かの運命の相手がいらっしゃるようです。人によっては一名もいないことがありますから」
纏は隣に立っている太の腹を小突く。
「この細川太のように、運命の人がいない男性に比べれば、マシじゃないですか」
「じゃあ、僕は、どうすれば……」
俊也はターゲットリングを落とした。纏はそれを拾い、
「夏菜さんが本当に運命の相手であれば、この道具で反応しますわ。どの運命の相手を選択するかは、あなた次第ですから、夏菜さんを諦めて今日会った人たちを選ぶのもいかがですか」
「いえ、僕は夏菜を選びます」
俊也は駄々っ子のように首を振った。
*
翌週も俊也は夏菜を探す。
先週もいた女性が歩いていたため、ターゲットリングが反応してしまい、思うように調査は捗らなかった。
開始してから六時間が経過し、夕刻になり、俊也は本日の捜査を諦めかけていた。
(今日もダメだったか……)
俊也は休憩しようとカフェを探していると、ターゲットリングの輪がクルクルと動き始める。
「ここか」
ターゲットリングはレトロな雰囲気の喫茶店で激しく反応していた。
「いらっしゃいませ」
喫茶店の扉を開けると、鐘が鳴り、女性店員の声が響いた。
「あっ」
俊也は愕然とした。そんな彼の姿を見て、彼女は驚愕し、口を金魚のようにパクパクと動かす。
「えっ? 嘘……。俊也くん?」
女性店員は夏菜だった。ターゲットリングは激しさを増している。
*
「一時間後にバイトが終わるから、待っていて」
と夏菜に言われ、俊也はコーヒーのみで喫茶店に居座った。
「お待たせ」
時刻どおりに喫茶店のユニフォームから私服に着替えた夏菜が現れた。
「おう」
俊也は対応に迷う。どのように接すればいいのか、なにから切り出せばいいのか。
「どうする? 場所を変えて話す?」
「ああ」
夏菜の捜査に夢中で昼食をとっていなかったため、食事を取りつつ会話をしようと居酒屋に場所を移すことにした。
喫茶店近くの適当な居酒屋に入る。開店直後なので客は少なく、個室を使用することができた。大切な話し合いをするのでちょうど良い。
「それで、今更、なんの用?」
注文後、夏菜が言った。他人行儀の冷たい発言に、俊也は胸がズキリと痛む。
「いまさらって……。僕はずっと、夏菜を想っていたんだ」
「そう」
夏菜は素っ気なく返答した。
「やり直せないかな?」
俊也が聞くと、夏菜は鼻で笑う。
「何言っているの。現在の私に彼氏がいないとでも思っているの?」
俊也は夏菜に新しい恋人がいる可能性を考えていないわけではなく、たとえ居たとしても奪う覚悟でいた。
夏菜は俊也の目に揺るぎないものを感じ、白状する。
「いないよ。――彼氏はいないけど、無理なの。俊也とあんなことになった後なのに、小学生の時のように付き合うなんて……」
夏菜は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あんなことって、中絶のこと?」
「そう。――だから無理なの」
夏菜は首肯した。
「でも、僕は、諦めたくない」
「平行線ね」
二人は沈黙のまま見つめ合っていると、
「お待たせしました。生ビールと唐揚げです」
居酒屋の店員が商品を運んできた。店員は場の空気の悪さを察し、商品を置くとすぐに厨房に引き返す。
「とりあえず飲もう」
二人は乾杯した。
*
羽織纏のもとに、また小学生の女の子が現れる。
「いらっしゃい」
「……」
彼女は変わらず無口だったが、纏も太も用件はわかっていた。
「ちょうどいいところなので、見るかしら?」
纏が手で合図を送ると、太は小型ディスプレイを運んでテーブルに置く。
*
「それでも、僕は諦めきれないんだ」
俊也は虚ろな目になっていた。酔いのせいなのか、精神的なものなのか判別しにくい。
「私も、別れたくなかったよ」
夏菜はぽつりと言った。
「じゃ、じゃあ、今からでも遅くないから」
「無理!」
夏菜はすぐさま拒絶した。
「だって、私、俊也から逃げた」
夏菜は俯き、泣いていた。
「僕と夏菜を引き離したのは、両親であって、夏菜ではない」
俊也の言葉に彼女はかぶりを振り、
「私、怖かったの。妊娠が……。だから、中絶したのは私の意思でもあった」
俊也の胸倉を掴んだ。
「あなたは男だから、怖さなんてわからないよね。小学生の女の子が出産なんて、どれだけ不安だったかわかる?」
俊也は黙し、唇を噛んだ。
「怖かった……。でも、産みたい気持ちがあったのは本当だった。愛しかった。私と俊也の子供だから……」
夏菜は俊也の胸でおいおいと泣く。
「だから、私は俊也と復縁する資格はない。いや、俊也だけじゃなく、他の男性とも……。こんな卑怯な女なんて……」
*
少女は俊也と夏菜のやりとりをつぶさに見ていた。
隣で一緒にモニタリングしていた纏が聞く。
「どうかしら? これでも、あなたはこの世に未練があって、まだ生き返りたいと望むかしらん」
「……」
相変わらず少女は無言のままだ。
「どうしたいの? ご両親――俊也さんと夏菜さん――に復讐したいの?」
太は固唾を飲んで見守っていた。
「ありがとう」
少女が初めて言葉を発した。それは纏に対してなのか、俊也と夏菜に対するものなのかはわからない。
徐々に砂のように少女は霧散し、立ち昇り、消えた。
「逝きましたね」
太が悲しげに言った。
「ええ」
「しかし、不思議でしたね。中絶した胎児が霊となり、霊のまま小学生まで成長するというレアケース」
太は感慨深げに窓外の空を見上げた。
「本人の強い意志がそうさせたのか、俊也さんの二人への想いがそうさせたのか、今となってはわからないわ」
纏は肩を竦めたのち、太の腹を小突き始める。
「レアケースで思い出したわ。太、あなた、私のレアチーズケーキを勝手に食べたでしょ」
「あっははははは」
「誤魔化すんじゃないわよ」
纏は髪を逆立てた。
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