3「魔力チートを殺す」

 オレは相沢あいざわ しょう。17歳だ。

 高校の成績は下の中で、冴えないモテない友達いないと典型的なぼっちスクールライフを送っていた。

 休日は家に引きこもって、ネット小説を読み漁ったりネトゲしたりして一人過ごしてたよ。

 で、たまには気分転換でもと外出したのがいけなかった。いや結果的には良かったのかな。


 オレは、信号無視で飛び出したトラックに轢かれてあっさりと死んだ。


 普通ならそこでオレの人生は終わってしまうところだった。

 だけどそうはならなかった。


 気が付くと、オレは真っ白い不思議な空間にいて――。


 目の前に女神が現れた。

 いや実際、女神なのかはわからないけども。とにかく神々しいのが現れた。

 女神だと思ったのは、背中に真っ白な羽根が付いていて、しかも絵に描いたような美人だからだ。何か光ってるし。

 そして……うむ。中々のおっぱいである。正直好みだ。

 女神は自ら名乗った。


『私はリーシア。私は――』


「なあ。あんたって女神だよな?」


『へ?』


 リーシアは戸惑いながらも、やがて頷いた。


『え、ええ。そうね。人には女神と呼ばれているわ』


「それで。オレを異世界に転生させてくれるとかそういう話なんだろ?」


『よくわかったわね』


 彼女は呆れたように感心する。


 さすがオレ。伊達にそういう系のネット小説読み漁ってないってな。

 謎空間に女神。このシチュエーション見たときにピンときたわけよ。

 これってネット小説でよく見た異世界転生とかいうやつなんじゃねえの? って。


 くっくっく。こいつはオレにもいよいよ運が向いてきたのかもな。

 さすがにねえよなと思いつつも、こういう夢みたいな展開が来ないかと、休み時間とかにふて寝しながら密かに妄想し続けた甲斐があったってもんだ。


 ……いや、寂しくないぞ。ぼっち言うな。泣けてくるからやめろ。


 まあ前世に置いてきた両親には、ちょっと申し訳ないけど。

 ここから本当の戦いが始まるわけだ。俺のセカンドライフ!


 リーシアはぺらぺらと色々説明してくれたが、すべて想定の範囲内のことだ。

 あらゆる転生パターンを妄想してきたオレに隙は無い。


『あなたはこのままでは弱くて、すぐ死んでしまうわ。だから私の加護を授けてあげる。あなたの資質に合った力が目覚めるはずよ』


「つまりチート能力ってやつだな」


『そうとも言うわね』


 オレは心の中でガッツポーズしていた。


 いいねいいね。ますます運が向いてきた。


 異世界転生と言えば、大きく二種類に分かれる。

 ぶっちゃけるとチートありとチートなしだ。

 個人的な感覚では、チートありの方が割合は多い。だから期待はしていたけど、やっぱり心配だった。

 仮にチートなしの場合は、いきなりサバイバルだとか、魔物の襲撃スタート、奴隷スタートなんかもあり得る。

 死ぬほど苦労してやっと異世界の人並みなんて話もあったからな。そういうのはマジでごめんだった。

 いやーよかった。これでお望みのチーレムライフができそうだな。

 ん? わかってるよ。まったりスローライフや追放なんちゃらもあるだろってのはな。

 けど力があるって言うなら、やっぱチーレムライフには憧れるんだよな。

 オレ、彼女とかいなかったし。女奴隷なんかはちゃんといるのかね?


 リーシアによれば、普通にいるらしい。

 さらには定番の冒険者ギルドもあると。いいねえ。

 なら冒険者として名を上げつつ、早いところ女奴隷を買ってオレ好みに育成していくプランでいくか。戦力的にもあっち的にも充実したいところだ。

 どうせならいつかリーシアもメンバーに加えたいけどな。好みだし。

 オレが読んでいた作品によっては、女神を現世に引きずり落とすこともできたはずだ。

 こっちでもやり方がないとも言い切れない。夢が広がるな。


 そんなオレの下心を知ってか知らずか、仕事顔の彼女から一通り説明を受け、最後に彼女は言った。


『じゃあそろそろ行ってもらうわよ。今後私からはあまり積極的には声をかけないけど。でもいつでも繋がっているから』


「おう。色々サンキューな。ところでオレはどんな能力を得たんだ?」


『それは行ってみてのお楽しみよ』


 そしてオレは、意気揚々と異世界セントバレナへと旅立った。



 ***



 ……んー。綺麗な青空。


 清々しいまで晴れ渡っている。まるでオレの新天地を祝うかのようだ。

 そして、実にのどかな平原である。

 スタート地点としてはまあ、悪くはない。大海原スタートとか砂漠スタートじゃなくてよかったぜ。


 さて。どうするかな。


 まずはステータスでも確認してみるか。

 確か女神は言ってたよな。強さを見る場合はステータスオープンと念じればいいと。


 ステータスオープン。



++++++++++++++++++++++++++


 名前:相沢 翔

 レベル:1

 HP 18/18

 MP 80278595/80278595

 STR 12

 VIT 8

 AGL 13

 DEX 10

 INT 5

 MGC 8000000

 LUK 6


 スキル:

 魔法(全属性)

 魔法の知識(神級)

 無詠唱


++++++++++++++++++++++++++



 おお。ほんとに出た。ちょっと感動。

 で、だ。

 ステータスの「ある部分」が明らかにおかしい。



 魔力が800万である。



 もう一度言おう。魔力が800万である!


 ついでにMPも8000万。桁がおかしいっ!


 これは……うん。あれだな。


 定番中の定番、魔力チートってやつだよな。

 んー。本当ならもう少し派手なチートがよかったんだが。チート能力ガチャノーマルレアってところか?


 でもリーシアは言ってたよな。

 なんでもこの世界における人間の魔力の平均値は70くらいなんだと。

 ということは、マジで桁外れの魔力を持ってるわけだよな?

 するとこいつはもしや、まあまあどころか、かなりの当たりなんじゃないだろうか。


 ようし。どんなものか早速試してみよう。


 魔法と言っても色々あるけど、まずは定番の火魔法だよな。

 魔法の知識(神級)のおかげで、どんな魔法でも使おうと思えば勝手に頭にイメージが浮かんでくる。

 しかも無詠唱で使えるのだから、至れり尽くせりだ。


 とりあえず加減は……こんなもんか。


 オレは掌をかざし、気持ち弱めの感覚で火を放ってみた。



 ――のどかな草原は一瞬にして蒸発し。土はドロドロに溶け、真っ赤な火の海が出来上がっていた。



 うおお! あっつ! あつい! しぬ! しぬぅ!


 慌てて水魔法を唱える。


「ウォーターブラストッ!」


 やべ。無詠唱でいいのについ唱えちった。


 すると燃え盛る業火は、一挙に無尽蔵の水に押し流されて。

 とにかく冷えたは冷えたが……。

 今度は陸に海ができてしまった。普通の火じゃない方の。


 うわー……。うっわー…………。


 何だよ……。このセルフハルマゲドン。のどかさのかけらもねえよ!


 うーむ。強過ぎるってのも考え物だな。

 近くに人がいなくてほんとよかったぜ。あぶねえあぶねえ。

 こりゃまずは加減だとか制御を覚えるところから始めないとダメだな。

 いくら魔力が強いからってその他のステータスは貧弱なんだからさ。自滅しかねない魔法なんて考えなしに撃つんじゃなかったよ。


 反省。……よし。


 オレは過ぎたことはあまりくよくよしないタイプだ。失敗したなら次で生かせばいい。


 とまあ随分殺風景な光景になってしまったが、これで能力の有用性は証明された。

 今度こそオレは、チーレム英雄ライフの第一歩を――



「よう」



 突然背後から、男の声がした。

 男にしては高めの声だ。

 驚いて振り返ると、上下とも真っ黒な服に身を包んだ少年が突っ立っていた。


 黒髪。童顔だな。

 オレと同じ日本人にも見えるが、ここって異世界だよな?


 何より特徴的なのは目つきだ。

 まるですべてを恨んでいるかのような、おぞましい目をしている。


 なんだよ目つきの悪いガキかよ。オレもガキだけどさ。


 それにしても、一体どこから現れたんだ。最初からいたのか?

 よくあの業火と大洪水の中無事だったな。

 てかこういう最初って普通、盗賊とかゴブリンの群れとかが出て来るもんじゃねえの? 襲われてる女の子付きでさ。

 お約束と違う気がするが、ここは現実だしな。そう都合よくはいかないもんか。


 ガキはやけに冷めた声で言ってきた。


「どんな奴が来るかと思えば、まさかこんな馬鹿が来るとはな。派手にやってくれたおかげで、反応が見つけやすかったぞ」

「おいおい。何だよお前はいきなり偉そうに。人がこれから新しい人生の門出を迎えようってときに」


 しかもさらっと馬鹿にしやがって。

 オレが優しくなかったら、てめえの面に魔法ぶっ放して死んでるところだぞ。


「新しい人生か。確かめる手間も省けたな」

「手間だあ? お前、一体何なんだよ」

「馬鹿に名乗る名前はない。お前には悪いが、ここで死んでもらう」


 は? 今、なんて言った。

 死んでもらう。死んでもらうだと?


 既に問い返す余裕はなかった。

 突然こいつから放たれた底冷えするほどの殺気に、オレは気圧されそうになっていたからだ。

 だがふとリーシアの力を感じる。彼女の加護がオレの精神を支えているようだった。


『あいつよ! 星海ほしみ ユウ。この世界における厄災、悪魔の転生者よ!』


 そうだった。彼女は言ってたな。

 転生者でありながら早々と神々に反旗を翻し、殺戮の限りを尽くす愚か者がいると。

 彼女はやけに警戒しているようだ。つまりそれだけの相手ってことなのか?

 だがオレには天変地異すらも引き起こす魔力チートがある。正直全然負ける気はしなかった。


「へえ。お前がユウか。わざわざ厄災さんの方からお出ましとはね」


 ついでにオレはこうも考えていた。

 もしかしてこいつを倒せば、オレも晴れて一足飛びで英雄の仲間入りなんじゃね? と。

 自信はある。

 こいつは殺気こそ立派だが。それ以外はまったく強そうに見えない。

 ぶっちゃけ大した魔力も感じないしな。

 もしや精神威圧系とか、そういう微妙なチート能力なのかもしれない。


「厄災か。どっちがどうだかな」


 この野郎。すかしやがって。

 お前みたいは厨二は、きっと学校では実際根暗キャラでつまんねえ人生送ってたに違いないんだよ。ソースは中二のオレ。


 ……ぐはっ。


 くっそ。とんだ強敵だ。

 このオレにセルフカウンターを喰らわせるとは。


 こいつオレのこと殺すなんて調子こいたこと言ってんだよな。

 舐めやがって。考えてたらむかついてきたぞ。


『なあリーシア。こいつ、殺しても問題ないか』

『大丈夫よ。正当防衛が成立するわ。むしろ殺しちゃって! それが世界のためよ』


 そうだよな。ここは平和な日本じゃない。異世界なら異世界なりのルールがあるはずだ。

 誰か見ている奴がいるわけでもない。

 それに向こうもこっちを殺す気満々だ。黙っていたらやられてしまうかもしれない。


 だったら――オレも持たなきゃいけないよな。


 殺す覚悟ってやつをよ。


 オレは笑った。自然と余裕の笑みがこぼれた。


「死んでもらうのはあんたの方だ。オレを狙ったことを後悔するんだな」


 遠慮は要らない。目の前に最良の実験台がいるんだ。

 ここは本気の一発といってみるか。どこまでいけるのか試してみたい。

 魔法の知識(神級)は、最適の解答を与えてくれた。


 両手で火魔法を創り出し、さらにそれを高める。

 火は急激に温度を高めていき、青白色の温度帯を超えてプラズマとなった。

 加えて圧縮することで、被害範囲の拡大を避ける。同じ失敗はしねえよ。

 出来上がったのは、凝縮された超高エネルギーの塊だ。

 我ながらやり過ぎだとは思う。これでは敵は消し炭すらも残らないだろう。


 くらえ。《プラズマボ――



 ――!? 



 なんだ。

 熱い。身体の芯が、熱い。


 はっと気付いたときには、目と鼻の先に奴が迫っていた。


 そして、腹部に感じる異物感。


 あ、あ。


 剣が――真っ黒な剣が、深々と突き刺さって――。


 男が耳元に顔を寄せて囁く。


「だから馬鹿だと言ったんだ。そんな隙だらけの攻撃を律義に待つ奴がどこにいる」

「が、は……!」


 バカ、な。無詠唱、だぞ……。


 漆黒の剣を引き抜かれたとき、何かが。

 決定的な何かが切れて――オレは崩れ落ちた。

 熱さが消える。冷たくなっていく。身体に力が入らない。

 地に伏すオレの上から、凍てついた瞳が無関心にオレを見下していた。


 ち、く、しょう……。


 もう声も出ない。

 そして、オレの意識は闇に閉じた――。



 ***



 俺は神経を研ぎ澄まして、大きな力の反応を待っていた。

 この場所はダランの町から3万キロは離れているが、今死んだ馬鹿が遠慮なしに魔法をぶっ放してくれたから、苦も無く特定できたわけだ。

 場所さえわかってしまえば、飛ぶのは造作もない。

 致命的に思慮が足りない敵だから大したことはないだろうと思っていたが、殺ってみたら実際にそうだった。それだけのことである。

 ただ一つ、良い発見をした。

 どうやら天使は取り憑いている対象に結び付いているらしい。

 黒の剣はこいつのみならず、結びつきを通じて天使にも致命的なダメージを与えていた。

 あの女の天使は、思念波を飛ばす間もなく息絶えた。

 つまりチート能力者を殺せば、天使も同時に殺せるようだ。手間が省けて良いことだな。


「こういうわかりやすい雑魚ばかりだと良いがな」


 拍子抜けのする相手ではあったが、これからもそうであるとは限らない。油断せずいくとしよう。

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