4「暗殺者はユウを殺したい」
今回の依頼、ターゲットは私と同じ『英雄』である。
それもいつものように、ギルドを通じての依頼ではない。
相棒である天使ナケミヤたっての願いだった。
件のターゲット、名は
天使ナケミヤいわく、彼は『英雄殺し』である。
同じ『英雄』でありながら、世界を導くために遣わされた貴重な力を殺して回っている。
このまま野放しにしておけば、『英雄』の力は大きく損なわれ、この世界の未来に暗い影を落とすことになると。
実際、彼の所業は凄まじいものがあるようだ。
驚くべきことに、わずか一か月の間に122人もの転生者を殺害してしまったのだという。
最も初期に殺されてしまった犠牲者には、新米転生者が多かったようだ。
彼らはろくに力の使い方を知らない。下手に力をひけらかしたがため、すぐさま彼に捕捉されてしまったらしい。
自業自得だとは思うが、気の毒な話だ。
それで。そんな彼は殺しがバレていないのをいいことに、どこへ逃げも隠れもせず、アッセリア大陸のダランの町に堂々と居を構えて平気で暮らしていると言うではないか。
ナケミヤの話が本当なら、なんと図太い神経の持ち主だろうか。
暗殺者を生業としている私が言うことではないかもしれないが、サイコパスにもほどがある。
――そう。私は暗殺者なのだ。
依頼とは殺しの依頼である。
前世でも凄腕の暗殺者として名を馳せていた。
だが所属していた組織と、最も信頼していた仲間に裏切られた。
女である私は、最期はそいつに捕らわれ、辱められて死んだ。
失意のまま人生を終えるはずだった私に、新天地にて再起の機会を与えてくれたのが他でもないナケミヤだった。
しかも私に眠っていた素質の開花というおまけつきで。ナケミヤには感謝しかない。
ナケミヤの加護によって私が得た能力……それは【完全隠密】である。
単に気付かれにくくなるというものではない。
身に着けているものを含め、体温や息遣いどころか、この身に宿る生命の力や魔力も、私が存在することによって生じる世界へのわずかな影響さえも、完全に痕跡を消し去ることができる。
発動中は私がいたという事実さえも世界に誤認させ、「最初からいなかった」という認識にすらできるとてつもない力だ。
しかも任意での発動と解除が可能。時間制限もない。
解除したとき、初めて世界は私を再認識する。
これほど暗殺に適した能力もないだろう。
要するに私は、やろうと思えば、この世の誰にも一切認識されることなく仕事を遂行できるのだ。
前世からそのまま引き継いだ暗殺スキルとこの力で、私は瞬く間にテミー大陸における暗殺者ギルドのトップにまで上り詰めた。
他の生き方がわからなかったのだ。
以来5年間、不動の地位を築いている。
仕事の成功率は100%。なのに誰も私が殺すところを見た者がいないことから、人は私を『神隠しの姫』と呼ぶ。
ふふ……。かなり、恥ずかしい二つ名だがな。
さて。無駄話はこのくらいにしておこう。
そろそろダランの町が見えてくる頃だ。
テミー大陸とアッセリア大陸は隣同士とは言え、恐ろしいほどに広大なこの世界では長旅になる。
私ははるばる一月もかけて、ついにダランの町にまでやってきた。ナケミヤたっての頼みを果たすために。
もちろん新米転生者どものような失態は犯さない。
この大陸に乗り込む前から、あらかじめ能力は発動させておいた。
これで私は決して悟られない。
実際、町の門を素通りするときも兵士は気にしなかったし、道行く人々も当然私のことなど見えていない。
……だから、誰かが小柄な私に遠慮なくぶつかってきても、思い切り突き飛ばしても気付かない。
馬車が危うく私を轢きかけても、やはり気付かない。
だがこの程度、よくあることだ。私はこんなことではめげないのだ。
……ぐす。泣かないぞ。
ところで、時刻は朝である。
本当は夜中のうちに着いて寝込みを殺るつもりだった。
しかし色々あって……本当に色々あって……結局着く頃には日が昇ってしまっていた。
私としたことが……。失態だ。
今から彼の家に向かっても、すれ違いになる恐れがある。
ナケミヤによれば、ユウはSランク冒険者として生活している。
ということは、冒険者ギルドに張り込んでいればいずれ姿を現す可能性は高いだろう。
もし現れなかったら、今度こそ夜中に寝込みを襲ってしまえば良い。
そう考えて待つこと30分。果たして彼は現れた。
冒険者に似つかわしくない軽装に身を包んだ少年が現れたとき、周りの冒険者が一斉に彼を見た。
同時に、ナケミヤが怒りを露わにしたからすぐにわかった。
……ふうん。思っていたよりもずっと若いな。まるで子供じゃないか。
だけど。なのに……なんという目をしているのだろう。
彼を正面から見つめたとき、私はぞっとした。
前世で殺される直前の私でも、これほどまで何もかもに絶望したような目をしていなかったのではないか。
そう思えるほど、彼の瞳は一点の光もなく、昏く深い闇に塗り潰されていた。
冒険者ギルドは酒場も兼ねており、食事も提供している。
マスターはユウを見るなり、恐縮してヘコヘコ頭を下げた。
ユウは気にせず、カウンターの指定席にゆったりと座る。
「お食事ですか?」
「ああ。焼き飯を頼む」
「お飲み物は何になさいますか」
「ミルクで」
にこりともしないが、ミルクを注文するところは、さすがに子供っぽいなと思った。
もしや酒は苦手なのだろうか。忘れず弱点メモにメモっておく。
……うむ。しかしだな。
立派な恰好の大人ばかりのところにこいつは、やはり明らかに浮いているよな。
無表情でミルクをゴクゴクと飲む様など、シュールですらある。
どう考えても場違いなのに、彼を笑い飛ばす者はどこにもいない。むしろ彼の気に触れないように遠慮している。
いや、無理もないか。相手はSランク冒険者にして『英雄』なのだからな。
さて、と。思わず眺めてしまったが。
そろそろ仕事といこう。食事の今はチャンスである。
私は腰から得物を抜いた。
この世界における最高の金属――神の金属でできた特製ナイフだ。
こいつを無防備なところに突き立てれば、今回の仕事も終わる。
私は静かにユウに近づいた。
ユウは私に気付きもせず、黙々と焼き飯を頬張っている。
あと一歩のところまできた。
――なのに。
ああ……。なんて奴だ……。
途中まで振り上げたナイフを力なく降ろす。
私は軽く敗北感を覚えていた。
この仕事に自信がなくなりそうだった。誰にも見えないはずなのに。
普通の奴ならわからないだろう。
だが殺しだけで生きてきた私にはわかる。わかってしまう。
この男。自然体でいるように見えて――まるでどこにも隙が無い。
全身360度。一点の曇りもなく、完全に警戒を張り巡らせている!
私は彼の背後から心臓にナイフを突き立ててやろうとしていた。それは容易いことのはずだった。
だが今は……。
たった30センチの距離が、ほんの少し手を伸ばせば届くはずの距離が。
とてつもなく遠く思える。
ナケミヤは一向に最後の一歩を踏めない私に困惑していた。『さっさと殺してくれ』と喚き出す。
だがいくら恩人の頼みでも、今は聞けない。聞いてはならない。
いつの間にか緊張ですっかり息が上がっていた。
必死に呼吸を整えながら、自分に言い聞かせる。
待て。落ち着け。自重しろ私。
相手は普通ではない。わかっていたはずだ。
どうやってか知らないが、122人もの能力者を殺した圧倒的な実力者。
私より確実に強い。遥かに強い。
今はダメだ。万全のタイミングで仕事をしなければ、何が起こるかわかったものではない。
私は【完全隠密】であって、完全無敵ではないのだ。偶然でも何でも、反撃を喰らってしまえば死んでしまう。
過信はするな。いいか。絶対だぞ。
今のところは一歩引き下がることにする。
しかしだ。人間であれば、いつか必ず隙を見せるはずだ。
当初のプラン通り、寝込みを襲う方が確実かもしれない。
確実な隙を見せるまでは、しばらく様子を見ることにしよう。そうしよう。
そうして、ユウのすぐ後ろから張り込むことにしたわけであるが。
気が付けば。一週間が経ち、二週間が経ち、三週間が経ち。
とうとう一か月になっていた。
なぜか。答えは明白だ。
おかしい。絶対におかしい!
精神的に限界を迎えた私は、たまらず叫んでいた。
誰にも聞こえなくて何よりだ。もし聞こえていたらもう殺されている。
何なんだ! 本当に何なんだ! この男はっ!
一分どころか一秒たりとも、まったく全然隙を見せないではないか!
食事でも、排泄でも、入浴でも、戦闘の間も、勝利の瞬間も、寝ているときでさえ!
依頼を受けたらいきなりワープして消えるし! そのせいで何度も見失うわ、途方に暮れていたら家に戻ってるわで、いつもいつも振り回されて……!
おかげで無駄にお前に詳しくなってしまったぞ!
思っていたよりも無駄な脅しや殺しはしないところとか、案外子供には優しいところとか……。
わざわざ貧民街まで行って、恵まれない子供にパンや菓子を配っていたのには驚いた。
たまに本当に悪人なのかわからなくなるときがある。
だが敵とみなした者には、本当に一切容赦しない。そういう性格だった。
そういった点では、私はむしろ余計にこの男が恐ろしくなった。
一度だけ。一度だけ、この目で戦いを見たことがある。
いや、正確には「この目で見た」とは言えないかもしれない。
というのも、私には見えなかった。速過ぎてほとんど何もわからなかったのだ。
たまたま『英雄』の方から戦いを仕掛けてきたから、ユウがワープをしなかった。おかげで私は近くにいられた。
そいつは、とにかくスピードに自信があるようだった。
そいつは周囲を飛び回って、ユウをかく乱していた。
とにかく音よりずっと速いということだけはわかった。
私にはまったく見えなかったから、正確な速さのほどはわからない。
対するユウは、じっと構えて一歩たりともその場から動かない。傍目にはただ翻弄されているようにも見えた。
しかし、次の瞬間。
剣が――一体どこから出たのかもわからない。
ユウの手には漆黒の剣が握られていて、そいつの胸部を完璧に刺し貫いていた。
そいつはぐったりとして動かなくなった。即死である。
ついにユウは最後まで一歩も動かなかった。まるでその必要がないと言うかのように。
汗一つもかいていない。本当に息をするように殺したのだ。
理想の殺害者の姿がそこにあった。
そのとき、私は心の底から思った。
こいつには勝てない。たとえ天地がひっくり返っても勝てないと。
きっとそんな感じで、淡々と殺し続けたのだろう。
無情にも増えていく転生者殺戮カウント。ここ一月でさらに160人の能力者が死んだらしい。
私はずっと見ていたが、どう考えても冒険者としての依頼を受けるついでに殺している。しかも先月よりペースが上がっている。
ナケミヤも焦燥している。このままではまずいと。
それでも私は行動に移れなかった。どこで仕掛けても、殺せるビジョンがまったく浮かばない。
情けないことに、私は戦わずして敗北しようとしていた。
そんなある日のことである。
「なあ」
自宅でくつろいでいたユウが突然、独り言を発した。
珍しいこともあるものだ。いつもむすっと黙っているのに。
「いつまでそこにいるつもりだ」
一気に冷や汗が吹き出した。
まさか。気付かれているのか。
いや、何かの間違いだ。そうに違いない。
これまで何もなかったじゃないか。
だがそんな私の希望的観測は、易々と打ち砕かれた。
「黙っているつもりなら構わない。勝手に話を続けさせてもらおう」
ユウはもう、確実に私のいる方向を向いていた。
――完全にバレている!
なぜだ。なぜバレた?
私は細心の注意を払い、慎重に慎重を重ねて行動していた。決してバレるようなヘマはしなかったはずだ。
何より私の能力は。【完全隠密】はどうした!?
まるで私の思考を読んでいるかのように、彼は言った。
「違和感だよ。ほんのちょっとの違和感だ――あまりにも自然過ぎるんだよ。そこだけ、気配のなさが」
私は愕然とする。
そんなもので、一体誰が気付ける!?
彼の言葉を信じるなら、能力は現状でも万全に発動している。
私がここにいるという情報は、今も完全に消されているのは間違いない。
例えば、私がいることによって阻害される空気分子の流れは、自然な流れという認識で補完されるのだ……と思う。
だが。そのようにして、ありとあらゆる情報が「理想的に」改竄されるとしたら。
一つ一つはほんのわずかなことでも、すべてが重なれば小さな違和感になる……? そんなことが本当にあり得るのか!?
しかし確かにここに実在していた。気付ける奴がいた。
霞にも満たないような手掛かりを元に、冷徹な理性でもって。
『私がここにいる』という結論を、ユウは導き出したのだ。
恐ろしい。
「まったく大した能力だよ。最初は勘違いかとすら思った。こうして話している時点でも、俺はお前の存在を確信していないのだから」
しかし私の立っている場所をピンポイントで睨んで、彼は尋ねる。
「何が目的だ。襲い掛かってくるつもりなら、いつでも返り討ちにしてやるところだったんだがな。ただ眺めているだけというのがどうしてもわからなくてね。しばらく泳がせてみても、何もしてこない」
くっ。やはり。やはり私の直感は正しかったのだ!
この一か月。仮にどこかのタイミングで仕掛けていたとしたら。
私は確実に返り討ちに遭って死んでいた。
その事実に改めて身が震える。
気の間違いで襲わなくてよかった。びびって何もできなかったことで命拾いしていたのだ。
だがそのことは、ここからの命の保証を意味しない。
彼は続けた。
「だがどこにでも付いてくるお前が、意思を持っていることは明らかだ。お前は何がしたい?」
私は理解した。
もはや彼のほんの気まぐれ、いわば温情で生かされているだけであるということを。
そして問いかけてきたということは、これ以上は見逃す気がないことも。
「……答えるつもりはないか。だろうな。なら俺にも考えがある」
ユウは私に向けて手をかざした。
瞬間、暗殺者としての勘が警鐘を鳴らす。
逃げろ。逃げろ。逃げろ!
しきりに本能が呼びかけている。
だが私は情けないことに、恐怖から腰が引けてしまっていた。ろくに動くことができなかった。
ああ。怖い。
闇を塗り潰した彼の目が、私を捉えて離さない。
「俺はあまり無駄な殺しは好きではない。お前はそうではないかとほぼ確信しているが、まだ確証はない。そこでだ」
ユウは何かをした。したに違いなかった。
比喩でなく、全身が固まりついたからだ。
か、身体が……動かない……!
「今からお前を調べる。見えない分手間はかかるが、色々とやりようはある」
ユウが少しでも指を動かすと、息をすることさえもままならなくなる。
ぐ……苦しい。助けてくれ……!
私は空をもがいていた。
目の前の人物以外、この世の誰も私が危機に陥っていることを知らぬままに。
助けてくれ! ナケミヤ!
私はこの世ならざる相棒にまで助けを求めた。必死に懇願した。
しかし彼は何も喋らない。反応してくれない。どうしたというのか!?
「調べた結果お前がそうなら……ろくな死に方はできないだろう。だが今すぐ白状すれば、楽に死なせてやる」
悪魔の提案だ……。
よほどの確信を持っていなければ、まず出てこない発言だった。
そして悲しいかな、彼の疑念は絶対的に正しい。
もうどうしようもないのか。終わりなのか?
くそ……っ!
こんなことなら、この男に関わらなければよかった。早く逃げてしまえばよかった!
激しい後悔が押し寄せてくる。涙まで溢れてきた。
もはやどちらを選んでも死ぬことには変わりない。マシな死に方を選べるだけ。
「さあよく考えろ。一度だけだぞ。お前は天使憑きか?」
答えない。答えられるはずがない。
答えるのが、怖い。
だが黙っていても運命に変わりなどない。
無情にも死の刻限は迫る。
『しくじったな』
ここまで沈黙を貫いていたナケミヤが、突然話しかけてきた。
『ナケミヤ……!? 今までどこにいたんだ!』
最期になってしまったが、恩人である彼と話せるのはありがたかった。
ほんの少しでも気分が落ち着いた。心がへし折れそうになっていた今は、それが何よりの救いだった。
同時に、申し訳なく思う。
ユウはまず私を殺すだろう。私と繋がっているナケミヤごと。
『ナケミヤ。本当にすまない。お前まで巻き込んでしまって』
『何がすまないだ。笑わせるな』
『え……!?』
おい……。ナケミヤ。どうしたんだ。
まるで人が違うじゃないか。
『俺は上級天使様だぞ。一度憑り付いたら死ぬまで離れられない下級とは違う。なぜお前なんかに最期まで付き合わなくちゃいけない』
『憑り付くだと……?』
何が何だかわからない。
それに……。
私なんか。お前は、そう思っていたのか……?
不幸な身の上の私を救いたいのだと言ってくれた優しい声は、もうどこにもなかった。
『まあ実際、お前はよくやってくれたよ。馬鹿なりにはよく働いてくれた。でも肝心なところでしくじったな。お前はもう用済みだ』
あ、あ。
まさか。
またか。またなのか?
――私は、また裏切られてしまうのか?
絶望が心を支配してゆく。
『俺はとっとと逃げるとするよ。また次の駒を探すさ。じゃあな。馬鹿女』
『まっ……!』
彼との繋がりが強引に断ち切られる。
私を生かしていたものが抜けていく。
身体に力が入らない。
ダメだ。このまま私は、死ぬのか。
「――ようやく出るものが出たか。手間かけさせやがって」
瞬間、ユウは虚空を斬りつけた。
否。虚空ではない。
ナケミヤだ。
彼の情けない断末魔が、私の心に直接響く。
彼は死んだ。あっけなく死んだ。
な……天使を、殺した……!? 身体を持たない上位存在を……!?
どうやって。わからない。わからないことだらけだ。
とにかくこの男は――殺ったのだ。
「……さて」
倒れる私の前に、ユウが歩み寄ってくる。
止めを刺すつもりだろうか。もうじき死ぬというのに。
ユウはひどく冷めた目で私を見下ろしていた。
観察されている。見えている者の反応だ。
どうやらいつの間にか【完全隠密】は解けていたらしい。
当然か。もはや発動を維持するだけの力も残っていないわけだ。
――私を見て、ほんの一瞬だけ。
哀しげに瞳を揺らした……ように見えた。
「お前に改めて二つの選択肢を与える。選ばせてやろう」
「…………?」
予想もしていなかった言葉に、戸惑った。
彼は指を二つ折って述べる。
一つ、今ここで死ぬか。
一つ。
「俺のために人生を捧げてみるか」
それは、どういう……?
一瞬、変な意味を想像して赤くなりかけてしまったが、そんなはずはない。
ユウは理由を語ってくれた。
やはり『英雄』――転生者をすべて殺すつもりのようだ。
「こそこそと隠れる転生者を一人で探して回るのは骨が折れる。俺が相手では、警戒して尻尾を出さない奴もいるだろう。そろそろ人手が欲しいと思っていたんだ。実際、お前の能力は役に立つ」
なるほど。確かに私の能力であれば、誰にも悟られずに転生者を探ることができる。
……ただ、私は思うのだ。
このとてつもなく強い男が、本当に私の助けなど必要としているのだろうか、と。
その気になれば、たった一人ですべてを成し遂げてしまえるように思える。
私など、むしろ邪魔になる方が大きいのではないか。
ならばこの提案の意味は、果たして何なのか。
わからないまま、ユウの冷たい声色だけが耳を通っていく。
「下手な希望を持たせるつもりはないから、はっきり言っておこう。俺はただお前を利用するだけだ。お前はこの先、ろくな生き方はできない。そして……」
少しだけ、何かを考える素振りを見せて。
結局彼はそのまま続けた。
「最期には俺が殺す。そうする必要があるからだ。このまま死んでおいた方が幸せかもしれんぞ」
言葉尻はすこぶる冷たいが、馬鹿に正直だった。
飾り気のない態度と言葉。
「それでもまだ生きたいか。生きたいと望むなら、俺の手を取れ。取ろうという意志を見せるだけでいい」
少し考えた末――。
私は『英雄殺し』の手を取った。
正確には取れなかったが、取ろうとする意志を示した。
理由はたった一つ。ようやくわかったからだ。
彼自身は気付いていないのだろう。
今、この男が私に見せている顔。
それは、ダランの町の恵まれない子供に見せるときの顔と同じだった。
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