2「とりあえずドラゴンを殺す」

 とりあえず最初の一人は始末したわけだが、あと99万9999人いるのか。

 敵の手前たった百万とは言ったものの、中々長期戦になりそうではある。

 いっそ一斉にかかってくれば楽なのだが、敵もそこまで馬鹿ではないだろう。

 とは言え、こちらも寿命はないので、多少時間がかかろうが問題はない。


 これからどうするか。


 一見手っ取り早いのは、この世界の根源情報――俗に言うアカシックレコードにアクセスして情報を取得することだ。

 次に取るべき最適行動、つまり「答え」を教えてくれる。

 一応俺も根源情報にアクセスする能力は持ってはいる。

 だがこれまでもこれからも、絶対に使う気はない。

 なぜなら。創造主や自称神のような上位存在を相手にする場合、この手の能力によって得られる情報は改竄される恐れがあるからだ。

 そもそも奴ら自身が作った都合の良い情報であるケースが多い。まったく信用ならない。

 実際、間違った情報を正しいと信じ込んで自滅した連中を俺は知っている。

 そのような下らない失敗はしない。俺は自分の目で見たもの、感じたことを信じる。


 天使は異世界の人間に取り憑くと言っていた。いわゆるチート能力者は現地人に混じって生活し、時に襲い掛かってくるだろう。

 俺としてはあまり人に関わりたくないのだが、今回ばかりはそうも言っていられないようだ。

 俺も人に混じり、観察しながら敵を見極めていく必要がある。

 特に、ただ単に強かったり特殊能力を持っているだけの現地人なのか、天使憑きのチート能力者なのかはしっかりと見極める必要がある。

 俺としてもなるべく罪のない現地人を殺したくはないからな。

 仮にチート能力者であることがわかった場合、存在自体が世界の害虫のようなものであるから、どんな奴であれ俺の手で死んでもらう。

 何も知らないまま転生した奴は可哀想かもしれないが、仕方がない。二度目の人生はないということで諦めてもらおう。

 そして俺自身もまた、世界にとっての異物であることを忘れてはならない。

 すべての敵を殺したら俺も去る。それでこの世界は安泰だろう。


 ――まさか『世界の破壊者』などと呼ばれていた俺が、人知れず世界を救う羽目になるとはな。


 まあいい。そうと決まれば早速人里に向かうか。

 人間の反応が多い場所に向かえば、自然と着くだろう。

 転移魔法を使うこともできたが、道中も見て回りたかったので、ゆっくりと「音をギリギリ上回らない程度の速さで」走っていった。



 ***



 しばらく走ってみたが。

 どうやらこの世界、草木も生物も地球で言うところの典型的な「ファンタジー世界」にそっくりだった。

 馬や牛などに混じって、ゴブリンの群れやオークなどが普通にいる。一頭だけだが野良のドラゴンも見かけた。

 これほど「それっぽい」世界は珍しい。

 いや、むしろ逆なのか。

 逆に地球の人間にとってある種違和感がないから、天使共も平気で引っ張って来られるのかもしれない。

 その方が色々と説明の手間も省けるからな。

 ともあれ、ファンタジーに似てようが俺からすればどうでも良い話ではある。

 そんなものに目を輝かせるような童心はとっくの昔に枯れている。


 やがて壁に囲まれた町が見えてきたので、速度を緩めた。

 門の前には軽装の鎧に身を固めた兵士が二名、警備で立っている。

 近付いていくと、揃って怪訝な顔をした。


「子供か……?」

「随分やさぐれた目をしているな……」


 ひそひそ話しているのが、普通に日本語で聞こえる。

 天使のときもそうだったが、自動翻訳能力はここでも問題なく機能しているようだ。

 さらに近づくと、声をかけてきた。


「武器なども持っていないのに、一人でよく無事に着けたな」


 どうやら子供が武器も持たず、魔獣の闊歩する外を普通に歩いてきたのがよほど不思議だったらしい。

 確かに見た目は16歳で成長が止まっているからな。それに中肉中背で顔つきも男らしいわけではないから、強そうにも見えない。

 自然にしていると放ってしまう殺気は、あえて無に抑えていた。

 仮に少しでも抑えるのを止めれば、目の前の二人どころか、町中の人間が泡を吹いて気絶してしまうだろう。ショック死する奴もいるかもしれない。

 武器もなく、見た目が子供で目つきが悪いだけとなれば、ただのやさぐれたガキに見えても仕方あるまい。

 あまり警戒されないのは、かえって好都合かもな。

 俺は兵士の言葉は無視して言った。


「町に入りたい。何か条件はあるか」

「通行料が必要だ。銀貨1枚になるな」

「お金は持っているが、遠くから来たから、この国で使えるものかどうかはわからない。良かったら見せてはくれないか」


 本当は一銭も持っていないが、とりあえず嘘を吐いておく。狙いは銀貨を見せてもらうことだ。

 兵士の一人が、二種類の銀貨を一枚ずつ取り出した。


「こっちのナロー銀貨か、こっちのハーメ銀貨なら大丈夫だ。普通に大陸の二大銀貨だな」

「ああ。それなら持っている」


 完全記憶能力を持つ俺は、一度見たものであればどんなものであれ、魔法で完璧に複製することができる。

 とりあえず、ポケットの中に見せてもらったものと同じナロー銀貨を十枚ほど生成した。

 そのうちの一枚を取り出して渡す。


「確かに受け取った。それと一応聞いておくが、身分証は持ってないんだよな?」

「持っていないな」

「やっぱりな。まあこの町は身分証がないからって入れないことはないから安心しろ。ただし、身体検査は厳しくなるがな」


 門のすぐ近くにある建物に連行され、そこで念入りに身体検査を受けた。

 とは言え、怪しまれるようなものは何も持っていない。

 逆にあまりに何も持っていないことに驚かれたほどだ。

 なにせ武器どころか、食料一つ、水一つすらなく、着の身着のままなのだから。


「お前、本当によくこんな装備で無事だったな……」

「わずかなお金以外、途中で落としてしまったんだ」


 さすがにまずいかと思い、また適当に嘘を吐いておく。


「そうか……。運がなかったな。いや、命あるだけでも儲けものか」


 魔獣に襲われた辺りの想像で勝手に勘違いしてくれたようなので、よしとする。

 身体検査も終わり、無事町に入れることになった。


「ここダランの町は、血の気の多い連中も多いが、比較的平和な町だ。落ち着くまではのんびりしていくといい」


 何だか同情までされてしまった。人の良い兵士だな。


「仕事も必要だろう。お前のような子供だと、日雇いの肉体労働くらいしかないが」

「冒険者ギルドはあるか」


 金は魔法で複製すれば困らないが、地位や知名度は別だ。

 冒険者として名を上げるのが手っ取り早いと判断した。

 一応、人々を洗脳して地位や知名度があるように思わせてしまう方法もあるにはある。

 だが俺はそういう自然でないやり方は好かない。

 もっとも、冒険者になる一番の理由は、いかにもチート能力者が好みそうだからである。

 同じ立場なら、奴らの情報も手に入りやすいだろう。

 二人の兵士の反応は渋かった。


「あるにはあるが……。勧めはしないぞ。何しろ危険だし、あそこは実力主義だからな。子供では笑われるだけだろう」

「これでも腕に自信がないわけじゃない」

「そうか? うーむ……。そうかもしれんな。一人でここまで来れたということは」

「よかったら案内してやろうか?」

「気持ちだけ受け取っておく。自分で町を見て回ってからにしたい」

「そうか。じゃあ気を付けてな」


 兵士に別れを告げて、俺はダランの町へ入った。


 さて。さっきは町を見て回ると言ったが、実は概要を把握するだけならばわざわざ歩き回る必要はない。

 俺は常に奇襲を警戒し、生命反応や魔力反応などを感知する網のようなオーラを身辺に張っている。

 コンマ1秒足らずで奇襲される世界では、当然の備えだった。

 感知網を町全体に拡げてやれば、それだけでおおよそのことは把握できてしまう。

 しかしやはり無神経に拡げると強過ぎて一般の人間は気を失ってしまうから、慎重を期してやらなければいけない。

 その辺の建物によりかかってから、やってみた。

 まず人口がわかる。人間の生命反応の数から、2万とんで152人。

 うち約1割は反応が微弱であり、栄養状態が良くないのだろうと推定される。

 リアルタイムで暴力沙汰が発生している。

 それも一つや二つではない。一方的に虐げられている反応もある。

 ……今、一人死んだな。

 こんなのでも比較的平和な町か。先が思いやられるな。

 生命反応と同時に、空間も把握される。いくつか立派な建物がある以外は、これと言ってめぼしいものはない。

 立派な建物はもう少し詳しく調べる。町長の屋敷と教会、それから各種ギルドのようだ。

 それから、人間にしては強い反応が多数集まっている場所がある。おそらくは冒険者ギルドだろう。

 ただ。チートと呼べるほどのとび抜けた反応は、今のところはない。

 はずれを引いたか。強いだけがチートとは限らないから、断定はできないが。

 とりあえずはこんなものか。冒険者ギルドに行くとしよう。



 ***



 冒険者ギルドの扉を開けて入る。

 一見して、しっかりした鎧やローブに身を固めた男女が多かった。いかつい男性や逞しい女性が多く、線の細く童顔な俺は明らかに浮いている。

 兵士が言った通り、普通は子供の行く場所ではないのだろう。

 どうやら酒場も兼ねているようだ。昼間から酒を飲んでいる奴もいた。そういう奴は総じて大して強くはない。

 俺の姿を見る成り、酔っ払いの一人が絡んできた。


「おやおやぁ? 妙なガキがいるぞ」

「はっはっは! おい! ここはガキの遊び場じゃねえんだぞ!」

「しかも武器も何もないじゃねーか!」

「帰ってママのおっぱいでも飲んでな」


 一部の連中が便乗して喚いている。いくらかの声は不器用な思いやりかもしれないが、ほとんどは馬鹿にしている。

 この辺りの奴に言ってもわからないだろうが。俺が無手かつ軽装なのは、装備などとっくに意味がないレベルだからだ。

 剣ならいつでも自分で創れる。服を着ているのは、裸が倫理上問題があるという理由だけでしかない。

 その服もオーラで守っておけば、よほどのことがない限りは破れない。

 鬱陶しく思わないわけではないが、単に笑われるくらいのことで相手をしていたらキリがない。

 俺は無視してカウンターに進んだ。

 若い銀髪の女性が受付をしている所へ行き、単刀直入に切り出す。


「冒険者登録をしたい」

「ええと……。本気ですか?」

「特に年齢制限などはないと聞いたが」

「確かにそうですが……」


 受付の女性は困り顔だ。そんなに珍しいのだろうか。


「実力を示すための試験などはないのか」

「あるにはありますけどねえ」


 あくまで渋る受付嬢。

 どうしたものかと考えていると、後ろから肩を掴まれた。

 血の気の多そうなおっさんだ。


「おいおい。コニーちゃんが困ってるじゃねえか」

「ならその試験を受けたい」

「うーん。そうですね……」

「だったらオレ様が測ってやろうかぁ? お前みたいな身の程知らずなガキを見るとよぉ」

「自分で言うのもなんだが、腕には自信が――」

「おい! 無視してんじゃ――」


 ドゴォ!


 振り向かずに放った裏拳が、無礼な男をぶちのめした。

 男は宙を舞い上がり、勢い良く酒場の外まで吹っ飛んでいく。

 騒音をかき鳴らし、無様に顔から着地した。


「うおお……」

「やりやがった!」

「相手はBランクのゲリイだぞ!」


 ギルドは驚きの歓声に包まれる。

 一応、絡んできた奴の安否を一瞥だけする。

 気を失い、情けなく痙攣してはいるが、命に別状はない。

 加減はしてやった。殺すまでもない相手だ。少しは頭も冷えただろう。

 俺はコニーに振り向いて言った。


「賑やかな試験官だな。別にあいつに頼んだつもりはないが」

「え、ええ……。見かけによらず、お強いんですね……」


 彼女にはドン引きされてしまった。

 まあこれで実力は認めてもらえたか。


「で、試験は受けられるのか?」

「は、はい。そうですね。では後日正式な試験官を用意しますので。そちらの方に合格をもらえば、Fランクのライセンスが付与されます」

「なんだ。Fランクからなのか」

「一応は規則ですので」


 どうにか試験は受けられそうだが……こんな調子だと先が思いやられるな。

 俺は別に高ランク冒険者の肩書きにこだわっているわけではない。あくまで手段の一つでしかない。

 要するに誰もが認めるような実力を示せれば良いのだ。知名度は勝手に付いてくる。

 この感じでは、やれゴブリン狩りだのやれオーク狩りだの、ちまちまとランクを上げていくようなしょっぱいことをする羽目になりそうだ。そんな下らない未来が透けて見える。

 そいつはごめんだな。


「はあ。もういい。面倒だ」

「面倒、とは?」

「この辺りで一番強い魔獣を教えてくれ。そいつを狩ってくる」

「はいぃ?」


 急な言葉にコニーは困惑している。

 それでも懸命に己の職務を果たそうとしていた。


「で、ですが、冒険者ランクによって受けられる依頼というものがありましてっ!」

「俺はまだ登録してない。無登録者が勝手に狩ってくるだけだ。そいつを見てどうするかは、見た人間で決めろ」

「そんな滅茶苦茶な……」

「いいから教えろ」

「は、はいぃ!」


 軽く睨むと、コニーは涙目になって答えた。


「暴竜ザーケロンが有名です。誰でも知ってます! 三百年間も東の山に君臨していて、誰も――」

「色は」

「お、黄金色です……」


 ああ。こっちに来るとき一頭だけ見かけたあのドラゴンか。


「暴竜ザーケロンだな。わかった。すぐ戻る」

「え、は……!? 消えた!?」


 一分後。


 俺は暴竜の死体を町の外側、誰でもすぐ見えるところに投げ捨てて、ギルドへ戻ってきた。

 ギルド中どころか、町中が天地をひっくり返したような大騒ぎになったことは言うまでもない。

 冒険者ライセンスは直ちにSランクのものが発行された。

 手順を踏もうなんて考えず、最初からこうすればよかったな。


 そして数日後。

 王国の使者がやってきて、王都で表彰したいという話になり。

 そこからはトントン拍子に話が進んだ。


 いわく、新たな英雄の誕生であると。


 なるほど。セントバレナは古来より英雄という名のチート能力者が現れる世界。こうした事態も前例が豊富であるというわけか。

 英雄の末席に加えられることになり、国に忠実を誓う限りにおいて自由行動を保証されることになった。

 ただし、契約魔法を行使され、それには強制効果があったので、こっそり無効化させてもらったが。

 俺は縛られるのは嫌いだ。まあ敵対しなければわざわざ何かをするつもりはない。


 さあ、目立つ真似はしてやったぞ。お前たちはどう出る。

 ダランの町に帰った俺は、神経を張り巡らせてチート能力者の出現を待つことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る