【45】半年もいらないですよね?


 ふと、身体が浮かび上がる感じがして、目を開けた。

 どうやら眠っていたようだ……ってなんだこの浮遊感。


「あ、起きてしまった。おはよう、リコ」

「……おはようございます、アベル様……ってあれ?」


 わわ、アベル様に姫抱っこされてる。


「あなたが椅子で眠ってしまっていたので、ベッドに運ぼうと抱き上げたら起こしてしまった」


「あ、いつの間にか眠ってたんですね、私」


 窓の外を見ると明るい。

 朝だ。


「アベル様、お熱は」

 

 私は手を彼の額にあてた。

 昨日みたいに熱くない。


「もう大丈夫。お世話をかけました」


「そうですか? でも今日はまだ働いちゃだめですよ……って、すみません、お気遣いただいたようですが、おろしてもらえますか?」


「嫌だ、おろさない」(無表情)


「えっ」


「冗談です」(無表情)


 そう言うと旦那様は私を下ろしてくれた。

 無表情だから冗談が、わかりにくい!!


「ところで……看病してくれてありがとうございました。ただ、看病していただいている間に――オレはリコのものだと、あなたが言っているのが聞こえた気がするんですが?」


 昨晩のことを覚えている……!!

 いや、覚えていても不思議ではない。

 しかし、私はなんとなく誤魔化してしまった。


「え、いえ!? そんなこと、言ってませんけど」


「なかった事にするつもりですか? ひょっとして、オレを生殺しにするつもりですか……?」


 顔が近い!!

 あと、さっきから『オレ』になってますよー、アベル様!

 

「……な、なまごろし……!?」

「(じー)」

「(汗だらだら)」


 アベル様は少しため息をついた。


「……まあ、いいか。それもまあ楽しくないというわけでもないですし……。さて、少し本棟へ戻り、シャワーを浴びて身支度を整えてきます。朝食をこちらで摂りたいのですが、よろしいですか?」


 ……あ、微妙に素が出てた喋り方がもとにもどっちゃった。


「あ、はい、もちろんです。先程もお伝えしましたけど、今日は仕事しちゃだめですよ」


「きっとセバスにもそう言われるでしょうし、休みます」

「はい!」

「ではまたあとで」


 アベル様は私の前髪を少しかき分けて、額にキスするとテレポートされた。


「……(ほわ)」


「……嬉しそうだね、リコ、もう態度にだだ漏れてるんだから、素直にしなよ……」


 サメっちが呆れたように言ってきた。


「う、うるさいなあ、もう」

 

 おでこあつい。


 しかし、いま一歩踏み込めない理由はあるのよ。お母様だ。

 気にしたってしょうがないし、気にしたら進めないとは思っているけれど、多分トラウマってやつなんだろう。



 ※※※



 その後、身支度を整えて戻ってきたアベル様と朝食を摂った後、庭園を一緒に散歩した。


「本棟に戻って仕事の山を見てしまいましたが、我慢して戻ってきました」


 仕事を我慢するってなんだ!


「ちょっと言ってることがおかしいって自覚してください」


「はは……そうですね。本棟に戻ると仕事してしまいそうなので、今日は別棟で過ごします」


「はい。もちろんですよ! 昨晩の部屋もナニーがもう整えましたので、ゆっくりお休み頂けると思います!」


「ありがとう。まあ、近いうちに別棟に仕事部屋を作りますけども」


「……仕事部屋は作るのは、やめたほうがいいですね。別棟では仕事を忘れられるようにされては? テレポートで行き来できるのですし。仕事に関係のない部屋を作るとか?」


「仕事に関係ない部屋……って何をするための部屋なんでしょうか」


「え。趣味とか……休憩用とか……」


「趣味……仕事が趣味になってるんですが」


「だめだ!! この仕事人、早くなんとかしないと……って領主になる前は何か趣味はなかったんですか?」


「読書とか勉強でしたね」


「……特にひねらず、普通の部屋でよさそうですね」


「というか……逆に、本棟にあなたの部屋を作ってもいいですか?」


「はい?」


「たまにはあなたからも、本棟へ来て欲しいんですが。それには、あなたが私を待つ場所も必要かと」


 そう言って少し笑った。

 以前、仕事中の彼にくっついて回ったり、傍でじーっとアベル様を見てしまってた事を言ってるわね!


「あ……。も、もうあんなに付いて回ったりしませんよ!!」


 私はちょっと顔を赤くして言った。


「でも、その話はあとにして……あなたに確認したい事ができたのですが?」


「え? 何でしょう」


 アベル様が足を止めて言った。



「――例の契約期間の話ですが、半年も必要ですか?」

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