【46】半年もいりません。


「私の目には、私達はもう半年も待たなくてよい関係になれてると思うのですが」


「え……えっと。 つまり、どういう事でしょう」


 セバスも同じようなことを言ってたけど……。


「期間を縮めてもいいですか」


「ど、どれくらい縮めるのですか」


「1分」


 !?


「縮めすぎでしょ!?」


「そうでしょうか? ですが、むしろ縮めたのはあなたでは……?」


「はうあ!?」


 昨晩のことを蒸し返す気だ!!


「さ、昨晩のことで、そう仰ってるのでしょうか」


「わかってるじゃないですか……私は詳しく聞きたいのですが?」


 アベル様はそう言うと、顔をずい、と近づけてきた。

 相変わらず無表情だが、彼の顔が少し赤い気がする。

 お熱あるんでしょうか。


「あ、あれは人形たちと、そのヒートアップしてしまって、つい、アベル様を取り合う形になりま、して……」


「つい……」

「そう、つい……」

「つい……つい添い寝して、更に、……つい、心にもないことを言ったと?」


 ぐはっ。


「それは、ひどいですよ、アベル様」


 どうしよう、怒ってらっしゃるのかしら。

 無表情だからわかりにくいけど、会話の流れ的にそんな気が。


「あなたが、思わず言ったことかもしれませんが、あんな大事な言葉を、なかったことにしようとするから。あそこまで言っておいて、まだそんな風に一歩ひかれるのはどうしてなのですか」


「そ、それは」


 自分でもこれだけ、好きアピールしてしまっているのでどうかとは思うが、母の顔が時折浮かんでしまうのだ。


「ああ……ひょっとして……私が離縁せずにこのまま結婚したほうが都合がよい、みたいな言い方をしてしまったから、そこを気にしていますか?」


「いえ! そんなことはありません。私は、もしアベル様がそうだったとしても、今のように接してくださるなら全然構わな……あ……えっと」


「……リコ。どうして、オレがさっきからあなたに、昨日のことで絡んでるかわかりますか」


 アベル様が、自身を『オレ』と仰った。

 きっと素の心で喋ろうとなさっている。


「え、その……」


「オレのほうはもう、リコと結婚式を挙げたいと思えているからです。オレには半年は必要なかった。もともとあなたには惹かれていましたし……あなたと契約の話をしてから今日まで、オレはあなたがとても好きになりました、リコ」


「……アベル様」


 私は嬉しくて涙目になった。

 私もアベル様が急速に好きになったし、それに……私をちゃんと好きになってくれた人は初めてだ。


「オレは、これからもっと君を好きになる。絶対」


 そういうとアベル様は私の頬を包んで涙跡にキスをする。


「……約束を破ってせっかちな事を言いました。でもリコも悪いんですよ。うっかりとは言え、あんな事言うから。オレはすぐにでも素直なあなたの気持ちが欲しいのに」


「それは、不安が、あって」


「不安? 言ってください」


「私は……。は、母にあなたを奪われないか不安なんです……」


「ああ……。そう言えば、言っていましたね……聖女の力、でしたっけ」


 アベル様には今までのお付き合いの中で、私の懸念として、そこは話したことがある。


「前辺境伯も、父も兄も……今までの婚約者も皆、母が気に入った相手は皆、母を愛するんです」


「……ふむ。つまりオレもあなたの母親に気に入られたら、彼女を愛してしまう……と」


「そうです。とくに、私から私の相手を取り上げる行為が大好物なんですよ」


 今回、そんな事になったら、立ち直れないと思う。

 だから、つい踏みとどまってしまう。


「……リコ。それは、おそらく大丈夫だと思います」

「え」


「王都へは情報収集に間者を何人も送ってはいるのですが。あなたのことを調べていた間者がこっちへ帰ってくるころに、王都の神殿でよくわからない神託があったのですよ」


「神託?」


「ええ。――『新たなヒロインの誕生により、これまでの時代は閉じた。そして新たな時代へ』と。その神託のあとに、あなたの件を調べていた者とは別の間者が王妃のハーレムが瓦解がかいするのを目にしたそうです」


「な……」


 なんだってーーーーーー!!


 それって孤児院を作って、旦那様に全部バレた頃……つまりリリィが覚醒した頃……。


「神託が関係あるかどうかはわかりませんが、もしそのヒロインとやらが聖女を指していて、さらに王妃のハーレムが瓦解したということは、彼女はその力を失ってしまったのでは? まあ王妃は陛下と結婚なされた時点で聖女ではないので、結局よくわからない話ではあるのですが」


 ――私はずっと、お母様が聖女の力や魅了で人を惹きつけていたのかと思っていた。……そうか、『ヒロインの力』だったんだ。


 言ってみればヒロイン補正?


 おそらくリリィが『ヒロインとして覚醒スタート』したために、ヒロインが世代交代して、お母様はヒロインとしては終わった……ってこと……?


「な、……なんでもっと早く教えてくれなかったんですー!?」


「話題にするような事でもないかと思っていました、あなたのお母様のいわば醜聞にあたりますので」


 私はその場に、へな、と座り込んだ。


「ああ……大丈夫ですか?」


 アベル様が片膝を折って、座り、私の肩に手をかけた。


「……あ……」


 まだ信じられない思いでいっぱいではあるけれど、同時に安堵が心に広がって涙が出た。


「すみません、そんなになるほど、気にされていた事だったんですね」


 アベル様が、ハンカチで涙を拭ってくれる。

 私はじ……、とアベル様を見た。


「?」

 アベル様がキョトン、とされる。


  ――この人の心は、お母様に奪われることは、ない……の?

 不安はまだ消えないけど、でも……それなら。


「……アベル様っ」


「なんですか?  ……わ」


 私は、アベル様に思わず抱きついて言った。


「……これからもおそばに置いてほしいです。私、アベル様が大好きなんです」

 

 アベル様が、微笑みを浮かべた。


「うれしいです……リコ、ありがとう」


 そういって、抱きしめ返してくれた。


「はい……」


「……結婚してくれますか?」


「はい……っ」


 そして私達はどちらともなく、唇を重ねた。


 

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