第10話

 樹木魔法で木を改造することにより住居を作成しているエルフの里は、ファルザが幼い頃に聞かされた精霊の住まう土地を描いたおとぎ話の様な幻想的な空間だった。


 ファルザがこれまで見てきた中で一番大きい建物は西の町で見た学舎だが、4階建てというその巨大な建造物を軽く超える大木が彼の目の目には並んでいた。


 生い茂るその葉から零れ落ちた光に照らされるのは、その幹を土台として張り付けられた住居の数々。樹木魔法により木そのものを成長・変形させて作られたそれには一種の芸術を想起する魅力があった。


 シェリーというエルフに連れられ食料庫に水場にと案内されるファルザは、生まれてから一番心臓が鳴り響いていることを自覚していた。


 それが初めて見る神秘的な環境と行く先々にいる見目麗しいエルフに囲まれてのことなのか。それとも蔓で編まれた揺れに揺れる橋の上を移動させられ続けたからなのか。


 いろいろと疑問符を浮かべても軽く口頭だけで説明を済まして次へ次へと突き進むシェリーに、置いて行かれぬ様に小走りに移動せざるを得ないという地獄の案内も終わり際となった。


 そう広い集落ではなかったが、時間の経過は激しい物で。迷宮探索をして既に昼は過ぎていたというのに気絶の時間等を含めて既に夜になっていた。木漏れ日は一瞬にして無くなり、辺りは暗闇に包まれた。


 エルフという種族は夜目が効くのか明かりはほとんど存在せず、自分の展開した照明スキルと、案内の間高所にビビるファルザを笑っていた精霊の微光だけとなる。


 ひとまず足を踏み外さない様に足元に極光を与えつつ、おっかなびっくり吊橋を進んだ。物理無効結界で落下しても負傷はないとはいえ本能は高所を嫌うものだ。戦闘中という脳内物質が湧き出ている時でもなければなおのこと。


 そうしているうちに、最初にファルザが寝かされていた小屋へと戻ってきた。


「シェリーさんさっきはミケラさんにはぐらかされましたけど、これから俺どうなるんですか?なるべく早く帰りたいって話をしたいんですけど。」


 アルミチャックの面々を思い出しながらそう告げる。今頃死亡届が受理されてるんだろうな~等とのんきに考えていた。


「そうだな、茶を入れつつ軽く説明をするか。」


 そう言ってシェリーは、肩に掛けていた身の丈程の長弓を足元に展開したアイテムボックスの暗闇へと放り込む。よく見てみれば彼女は動物の革で作られたであろうブーツを脱ぎ素足になっていた。それに気付いて慌てて自分の靴を脱ぐその姿にシェリーは苦笑しながら茶の用意を始めた。


 石で組まれた炊事場と思われる場所で魔法陣が刻まれた石を使って火を起こして湯を作り、匙一杯の茶葉を直接投入した。


 木製の杯を手に地面に座り込み対面して、さてと話し出すシェリー。


 要約してしまえば単純なもので。ファルザという人間自体は、精霊様が気に入っているというあり精神性に関して疑いようがなく、排斥しようという動きはないものの扱いに困っているということだ。


 この里自体はミケラという強大な結界魔法の使い手が貼った結界の中にある。魔法とは線を辿る様なものだ。転移魔法によって人が移動する時もまた同じ。


 今回ファルザが飛ばされた魔法陣が確立された後にエルフの里の結界が作成されたことにより、転移魔法と結界が衝突したということが明白でファルザ自身の話はすでに受け入れられ、人間の偵察だのという疑いは既になくなっている。


 とはいえ人間の町に帰すとなるとどういう状況になるのか見当がつかない。どのような方法でエルフの里の情報が漏れるか分かったものではない。


 故にしばらくは精霊と共にこの小屋にて生活してほしいということだ。


「なかなかめんどうな状況になっちゃいましたね…」

「まあ、申し訳ないとは思っているよ。とはいえ、里の中には人間と衝突していた頃に生きていた者も多いんだ。私は結界の中で生まれたが彼らからしたら人間は信じようがないものらしい。」

「まあそこに関しては理解できますよ。神殿がエルフを悪者扱いして人間側を持ち上げてる物語の中からでも、冷静に考えたら当時の状況がそうとう凄惨で悪辣だったことがわかりますから。むしろ俺を受け入れてもらえてありがとうございますって話ですよ。」


 頭を掻きむしってどうしたものかと唸るファルザ。早く帰らないとメンバーが補充されてしまい、アルミチャックという職場としては最上級の環境が失われてしまう。


 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛という情けない声を出すファルザを前にして、嘆息を以って茶を啜るシェリー。そんな状況の中で大変そうだね~とクスクス笑いながらファルザの周りを飛び回る精霊。


 若干イラっとしつつも思考整理を続けているとあることに気づく。アルミチャックに入ってしばらくした時にミラックより、以降報酬金から差引して前借りするという形で買ってもらった延べ金貨40枚の双剣の確保をしなくては、と。


「そういえば、俺の剣が近くに落ちていませんでしたか?」

「確保してあるぞ。」


 そう言ってシェリーが取り出したのは真っ二つに折れた赤色の剣。折れているのはわかってはいたが現実に目の前にしてみれば無情を感じた。


「金貨20枚…」


 魔剣は柄に魔法陣が刻まれておりそこに魔力を流すことで起動するが、刀身自体も重要な触媒でありこれがなくては魔力を放出することができない。傷がつく程度なら補修すればなんとでもなるが、折れてしまっては直すよりも1から作り直した方が楽とまで言われる始末だ。


 踏んだり蹴ったりな状況だが泣いてばかりもいられない。片方が自分の近くにあったということはもう一方も近くにあるということ。自分が落ちてきた場所の周辺を捜索したいと申し出てあっさり許可されてほっとする。


「にしてもしんどいなぁ…いざ帰還!ってなっても魔剣一本しかないんじゃ心もとないなぁ…」


 物理系や生産系の人間が町から町へと単独で移動する時は魔法系のスキル持ちに護衛してもらわなくてはやっていけない。物理無効結界持ちの魔物に遭遇したらその時点で逃亡か餌化の二択になってしまうからだ。


 大きな町から町へは定期便が通っていて格安で移動することはできるが、ここは転移魔法によって移動してきたどことも知れない森の中。シェリーに聞いても人間の町など知らないと言われてしまう。このエルフの里が出来たのは約800年前。老年のエルフ達にかつての人間の町の情報を聞いても結局どれくらい信憑性があるのかわかったものではない。


 最終手段がなくはないが、できれば切りたくない身としては結局近くの町までは歩きになる。


 エアリズマが見つかってもファルシャックが一戦でこの有様ということはそう長くは持たないことが予想される。


「そういえば、シェリーさん。」

「シェリーでいい。そのよくわからない堅苦しい言い回しも面倒だ。もっと砕いて話してくれ。」


 敬語を持って話していたファルザが気に入らなかったらしい。胡坐をかいた足が少しいらだちからか揺れていた。よく考えてみればエルフの里に来てから敬語らしい言い回しを聞いていない。言語自体は共通でも敬語というのは人間の中で発達した言い回しなのかと理解するファルザ。


 そんな中、彼女が左腰までスリットの入った服を着ている影響でそのなめらかで細い足が視界に入って少し視線をずらすことになった。


「じゃあシェリー。聞きたいことがあるんだけど。」

「なんだ。」


 話の都合上、シェリーのステータスを開いた。


 ─────────

 シェリー(170)

 ▽基礎スキル

 ▽狩猟弓スキル

 ─────────


 やっぱりと思いつつ疑問を声に出してみる。


「シェリーのスキルって物理系だよな?」

「物理系?」


 意味が伝わっていない雰囲気なので言い回しを考えるファルザ。


「ミケラさんのスキルって魔法だよね?」

「ああ。」

「そういう魔法って名前がついてて魔力を使って外に放出するのを魔法系って呼んでるんだけど。シェリーのスキルってそういうのじゃないよね?」

「まあそうだな。スキルを使うのに魔力は使うが外には出さんな。」

「そう。そういう風に武器を使うスキルのことを物理系って呼んでるの。」

「よくわからないな。なぜ分ける必要がある。」

「うん。まずそこがおかしいよね。だって物理系のスキルって物理無効結界で弾かれちゃうじゃん。シェリーの矢って物理無効結界持ちの熊に攻撃できてたよね?あれってなんで?」


 思い返せばおかしいのだ。シェリーのスキルはどう見ても物理系でありファルザが相対していた魔物に効くわけがないのだ。矢という使い捨ての物が魔剣の様に魔力を変換できる特殊なものとは思えない。


「そういうことか、得心がいったよ。」


 そう言ってシェリーは物理無効結界を起動した。目には見えないが彼女の周りに魔力の塊を感じる。


「拳で殴ってみてくれ。」

「?ああ、わかったよ。」


 そう言って手のひらを上にしてファルザの前に出してくる。言われた通りに手を振りかざして軽く落とす。


 ガッという固いものにぶつかる音と共にファルザの腕が弾き返される。物理無効結界特有の極端な力の反発にそこまで力を加えていないというのに痛みを感じる。


「今度は君が手を出してくれ。無論、物理無効結界を展開してな。」


 言われた通りに右手を差し出して物理無効結界を起動するファルザ。シェリーが振り上げた手から魔力を感じて違和感を覚える。


 次の瞬間シェリーの腕は振り下ろされ、バリィンという物理無効結界が破壊される時特有の音が鳴り響いた。


「えっ…」


 続いて手に衝撃を感じる。シェリーの腕によってファルザの腕は下への力が加えられる。


「これを矢に纏わりつかせたんだ。」


 そう難しいことではないとばかりにシェリーは床に置いた杯に手を伸ばす。


 困惑するファルザの顔が、彼の杯の緑色の水面に映っていた。


「どうやったんだよこれ!何もしてない魔力が纏わりつくなんておかしいだろ!」


 確かにシェリーの腕からは魔力を感じていた。物理無効結界は魔力での攻撃は天敵だ。とはいえ魔力というのは扱いが難しいもので、体の中で動かす分には容易だが外に出してしまうと途端に動させなくなる。せいぜい体に触れている物体に届ける程度しかできない。


 そんな操作しにくい無垢の状態の魔力を操作しやすいように変換するのがスキルや魔法陣であり、それがなくては魔力を腕に纏わせるなど不可能なはずだ。


 そんな悲痛なファルザの叫びもむなしくシェリーは至って感情もなく答える。


「感覚」


 と一言で済ませた。

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物理防御魔法が完璧に普及した世界で物理最強のスキルなんか与えんなよ?!え?抜け道があるってマジですか?~美少女達と挑む大冒険大戦争記~ @miyu_lasp

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