第9話:知らないところでの感謝
頬に風が当たっているということは野外に打ち捨てられているのだろうか、という悲しい思考が真っ先に思い浮かんだ。助けを求めたことは覚えていたので、無視されて放置されていないだろうかと心配になる。
目を開けてみれば、皮の付いたままの木が交差状に組まれた空間に寝かせられていた。一応、隙間なく埋められていることから屋根としての役割は果たしているので、家屋ではある様だ。
少し顔を動かしてみれば後頭部に塗り薬と思わしきぐじゅっとした感覚と、包帯と思わしき荒い布で顔全体が覆われていることを感じて、治療を受けた後だと察することができてようやくほっとする。
「植物操作系の魔法で作ったのかな…っつ…!」
起き上がろうとするが、胸部に腹部にと流れるように激痛が走って自然と地面へと押さえつけられることになった。
「起きたか。」
痛みに悶えていたら目の前に、先に見たばかりの金の髪と翡翠の瞳が視界を覆った。高い鼻で彫りの深い美人な人だなー、等と考えていられるのは生きていたことを確認できた余裕の証拠である。
「ここはどこですか?」
「エルフの里とだけ答えておこう。」
そりゃ嫌われてるわな、とファルザは理解する。そもそもエルフという種は、精霊と呼ばれる自然を司る存在に愛される。神に近いとされているそれに愛されていること妬んだある王国によって迫害され、森に身を隠した存在だ。
今でも神殿はエルフの存在を認めていない。彼らの存在は魔物や動物と同じで、人の手で狩れば資産になる存在なのだ。どうやって入手したのか定かではないが、見目麗しいエルフのペットや剥製などが市場で高値が付いているという話はよく聞く。
そんな種族がファルザという人間を好意的に迎えることはないのだろう。
とはいえ命までは取る気はないらしい。脈と呼吸に異常がないことを確認し、ファルザが起き上がろうとした時に落ちた布を戻してファルザの視界から消えた。
「悪いがしばらく怪我は残させてもらう。お前が何者なのかわかるまでに暴れられても困るからな。」
「どういう存在なのか?俺はただの冒険者で、迷宮探索中に迷宮の主に…」
「ああ、話すのは後でいい。皆に聞かせねばならんから二度手間になる。」
ゆっくりと彼女の方を向くと木製の笛を吹くところで、甲高い音が3度鳴り響いた。しばらくの静寂の後、雑踏が近づいてくる。
20人程の金の髪を持った美男美女のエルフの集団がやってきた。ファルザがその顔付きから見るに20代くらいに見える者が多い。しかし、年老いていると思わしきエルフが何人かいてその顔は皺が走っていて分かりやすい。
「目覚めたかい、人間の子供。」
言葉を発したのは集団の先頭にいる最も皺の走った女性。背筋は曲がっていないが顔だけみれば80代に見える。
周囲の若い顔のエルフ達が皮や何かの糸で出来た一枚布を縛り付けただけの服を着ている中、彼女だけ豪華な布を着ている辺りからも地位が高いことが伺える。
「さて、いろいろ話してもらおうかね。生い立ちとか仕事とか話してくれるとたすかるさね。」
自分のステータスが開かれる時の、背筋を撫でられる様な感覚が連打される。
基本的に名前と固有スキルツリーの名称は、ある程度の距離に近づけば誰からでも見れる公開情報だ。どの辺りから見られているかという感覚は有するので、誰かれとみるのはマナーとしてやることは少ないが。
とはいえ、自分も見られている上にこれから話す相手のステータスを見て咎められることもあるまいと目の前の老婆のステータスを開く。
─────────
ミケラ(976)
▽基礎スキル
▽結界魔法スキル
─────────
「俺はガルマック王国の冒険者です。迷宮の攻略中に、敵の攻撃の転移魔法陣に巻き込まれて気づいたら森の中にいました。ここまでの内容は通じていますか?」
「ああ、理解できているよ。私の貼った結界にぶつかった感覚からしても、事故なのは理解しているさ。もっと君の人生全般について教えてほしいね。」
少し疑問に思いながらも一通りのファルザの生い立ちを話した。生まれてから母が失踪し、父が死んだこと。物理系スキルツリーを得たことで職を求めて冒険者になったこと。
「で、そのスランザって奴のせいで転移魔法陣に巻き込まれたんです。ほんと頭に来ますよ。いっつも自慢と嫌味しか言わないから何考えてるかわかんないとは思ってたけど、まさか殺しにくるとは…」
普段話さない話題につい饒舌になってしまったファルザ。実際問題信用してもらわないとこれから先どうなるかわかったものではないので嘘偽りなく答える。
「ミケラ~もういい~?」
「だめだったけどもう遅いさ。」
エルフの集団の後ろから黄色い光が飛び出してきた。それはミケラというエルフの周囲を飛び回ったと思えば、ファルザの元へとやってきた。
「精霊…ですか?」
エルフが神殿から嫌われる由縁、大自然の魔力の塊である存在である。16年しか生きていないファルザとしては初めてみるそれに動揺する。
人間の町において精霊など高位の神殿の奥深くで奉られているもので、神の意志とされる彼らに会えるというのは光栄なことだ。
とはいえ信仰心など建前以上はないこの男からしたら、珍しい物を見た程度の意識である。
「ああ、さっき好き勝手動き回った挙句護衛と離れて魔物に食われそうになった間抜けな精霊様さね。突然落ちてきた囮ご苦労様ってことで君を気に入ったんだとさ。」
「ありがと~ファルザ~」
「ああ、道理で。」
これまでのファルザという人間への甘い対応に納得がいった。彼の鼻先で浮かんでいるこの光の塊は、本質的には魔力の塊だ。魔力を食することで生命を維持する魔物からしたらごちそうでしかない。
「私からも礼を言う。精霊様から目を離してしまったのは私でな。」
先ほどファルザの横に添っていた女性がそう言って頭を下げる。シェリーという彼女の話を聞いてみれば、この精霊の守り人を任されているらしい。森を回りたいと言い出した精霊と共に歩いていたら巻かれてしまったとのことで。
登場の仕方から薄々感じていたが、精霊というのは大分自由な気質だということを察するファルザ。
この状況であえては言わないが、ファルザはただ飛ばされてきただけで何もしていない。マッチポンプではないが、与り知らぬところで生じた感謝にこそばゆく感じてしまう。
「ま、これだけ素性を知れればお前達も理解したさね。精霊様が気に入るってことはそれなりに善性のある人間なのさ。エルフを狩ろうだのなんだのではないってことさ。さあ、散った散った。」
そうミケラが後ろに控えたエルフ達に告げると、納得した様子の者、まだ少し不満がある様子の者も含めて解散していった。
「あんたは治療に残るさね。」
「ぐえっ…」
しれっ~と帰ろうとした納得していない組のエルフの首根っこをミケラが捕まえた。治癒魔法持ちの彼に粗方の負傷を治してもらう。ようやく起き上がることの出来たファルザを横目に、そさくさとそのエルフは立ち去った。
この場に残ったエルフはシェリーとミケラだけとなる。床に座り込んだファルザの周りで精霊が飛び回り、カラカラとした笑い声が鳴っている。
「シェリー、この子についててあげな。どうせこの子が寝てた時みたいに精霊様も離れやしないさ。入れちゃダメなところはわかるね?」
「はい、大丈夫です。任されました。」
「あの、これから俺はどうなるんですか?帰ることは?」
「それはまた追々話すとするさね。」
そう言ってミケラは植物の建物から出ていった。
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