第8.5話:清算の時

 その日のマーセナスに住む人間の話題といえば、ほぼほぼ昼間に起こった冒険者ギルドの破壊事件だった。


 冒険者という職種がいくら血の気の多い人間の集まる所といえど、迷宮探索系で名を馳せているアルミチャックが街中で身内と戦闘をするという奇行には中々お目にかかれない。


 たまたま転移魔道具の受け側となる水晶部屋付近に居た者達にとっては、一生とは言わずとも数年は酒の肴になるだろう。


冒険者ギルドの外壁を破壊して飛び出してくる、舞い散る炎の粉と天高く吹き飛ばされる男という図はそれほどインパクトのある絵だったのだ。


 吹き飛ばされた男は全身に火傷を負ったが、その場にいたパーティーメンバー治癒魔法使いはリーダーの指示により治療を拒否。治療院にて高額の治療費を支払って療養中だ。


 騒動を起こしたの原因であるパーティーリーダーの男性は、その事情を鑑み修繕費を支払うだけでお咎めはなしで開放された。


 破壊された部屋では一人の少女が泣き崩れていたが、唐突に何かを思い立ち冒険者ギルドの通信魔道具エリアへと駆け込んだ。


 少金貨9枚という安くない料金を払い西の大都市へと通信をしたが、望む結果は得られなかった様で今は宿に籠っている。


 そして、その宿の一階部分にある酒場で本日二度目の破壊音が鳴り響いた。


「わ、悪いミラック…いるのに気付かなかった…」

「ちっ…」


いつもは机の並びの中心で飲んでいるアルミチャックだが、今日は端の席で静かに飲んでいたらしい。この男はそれに気づかず、いないと思って世間鼻にと軽く茶化してしまった。破壊された机の前で無様に尻持ちを付いている。


ミラックとしても酒が入り感情のままに動いていることは気付いているのでお互いに気まずくなってしまう。


「迷惑かけた。」

「まって~ミラック~」


小金貨の袋をカウンターに置いて店を後にするミラックと、残っていた肉を口一杯に頬張っていかけるヌーレ。道行く人々の好奇の視線を全身に受けつつ向かった先は町の本当の中心も中心。


商売関係をまとめる商人ギルドの幹部クラスでようやく手が出せるその居住区では、相応の超高級店が立ち並ぶ。その一つである酒場、ナマパへと二人は入っていった。


いかにも金持ち相手の商売ですといった貴金属や宝石の入った意匠が施された店内は、すでに閑散としている。すでに日に24回鳴らされる鐘は残すところ1回。夜遅くまで活動して帰還してくる冒険者達と金持ちの活動時間は違う様だ。


「今日はもう仕舞いたかったんだけどねぇ…ミラックかい。」

「こんばんは~ビルレさ~ん」


カウンターには黒色のドレスを着た中年の女性が一人、葉巻タバコを吹かしていた。ビルレと呼ばれたその女性は、扉が開けられた当初は軽く悪態を付いたが既にヌーレが沿う程に平衡感覚が無くなっている酔っているミラックの姿を見て少し態度が軟化した。


「いつもは2、3日くらい開けて来るのに当日に来るとはやけに早いじゃないか。そんなに堪えたかい?」

「うるせえよ。それより早く酒出せ。」


客が誰もいないことをいいことに、店主の目の前のカウンターに大きな音を立てて座り込むミラック。ヌーレはそこに追従して横に座る。


店主は魔法を使って手元に拳大の氷を作成し、肉厚のナイフでその表面を整えていく。多面体となったその氷をグラスに入れ、黄金色の酒に浸してミラックの前へと出す。


既に相当回っているというのに一息ですべて飲み干したミラックを見て、肩を竦めることとなったビルレ。彼女が先輩冒険者として面倒を見ていた時から変わらないその地味に打たれ弱い気質にいっそ呆れてしまった。


「それで、一人死んだらしいけど誰が逝ったんだい。」


ミラックはパーティーに新しい人間を入れた時は歓迎会としてここに連れてくるし、誰かが死んだ時は今日の様に吐き出しに来る。なので彼女はアルミチャックのメンバーを全員把握している。


しかし、彼が来るまでに飲んでいた客からあらましは聞ていたがパーティーメンバーの男が問題を起こして仲間が死んだところまでで、誰が死んだのかまでは把握していない。


順当に役目が回っているなら盾術スキルを持った最前衛のエーラという少女が死んだかな、と予想はしているが事実はどうなのかという話だった。


「ファルザだよ。隷属剣っていう珍しいスキルを持ってた雑用。」

「あの威勢だけはよかった子か。ああいう子は図々しく生き残ると思ってたけどねぇ…何があったんだい?」

「何って…俺が聞きてえよ…」


そこまで言ってミラックは完全に口を噤んでしまった。本人から聞き出すのを諦めて隣で果実水に管を刺して啜っているヌーレに話す様に促す。


「えーっとね~スランザが探知前の扉を触って罠を起動させちゃって~迷宮の主と戦うことになったんだけど~なんでかわかんないけどスランザがファルザを攻撃したんだよね~それで迷宮の主の最後の一撃にファルザが巻き込まれちゃったの~」

「なるほどね。それで、その子の死亡は確定なのか?」

「たぶんね~この町への転移魔道具は持ってなかったけど~故郷に帰る用に西の町への転移魔道具は持ってたらしいから~生きてたら帰還してるかもだけど帰って来てないってさ~」

「そいつはまあ死んでるね。」


それは一縷の希望なのだろう。そもそも生きていることが奇跡の様な状況だ。罠に転移魔法陣を利用するということはその先はまっとうな環境ではないのが目に見えている。今回の迷宮がどれだけ昔の建造物なのかは定かではないが、普通はどこかの火山の山頂に出すなりして即死する様に出口を作る。


即死を回避するならば転移魔道具を使用しての離脱だろう。が、できていないということは死んでいる。そんな誰でもわかる状況にビルレも何も言うことがなくなった。


足をパタパタさせながら果実水おかわり!と子供のように元気よく注文する彼女に呆れながら次の杯を出す。


ビルレはヌーレとは短い期間ではあるが同じパーティーとして活動していた。しかしこの子は本当に脳が足りないと嘆くことになる。


能力は低くはないし、流されやすいだけで悪意を持っているわけではない。ミラックの横にいるのがこれじゃなかったら少しこの状況もマシだったのかと思うと悲しくなってしまった。


「使える奴だったよ。」

「珍しいね。あんたが褒めるなんて。」


たっぷりと時間が過ぎた後に口を開いたミラックの言葉に少し驚くビルレ。このひねくれものがナイーブになって酒が入っているとはいえ素直に褒める言葉を吐く姿に違和感しかなかった。


「あいつは教えてないことを見つけて実行できるタイプじゃなかったが一回教えたら後は勝手に効率的で確実な感覚を見つけてくるんだよ。だから後は放っておけばいいっていう便利な奴だった。雑用の領分を無理に超えてくることもねえが最低限戦闘にも役に立てるようにって研鑽もやめねえ。生意気なのは鼻につくが雑用の中でも一品ものだったよ。」

「惜しい男だったんだね。」

「ああ。スランザなんかに潰されていい人間じゃなかった。生物相手にはめっぽう強いが破壊力に欠けるアルミチャックに必要な魔法系ってことで拾ったが威勢だけだったな、あいつは。」


話していたら再燃してきたのか机に拳を打ち付けるミラック。血がにじんでいるがお構いなしだ。


大きく息を吐いた後俯いていた顔を上げてビルレに向けて金貨を一枚投げる。


「もういいよ。遅い時間に悪いな。」

「いいってことさ。」


ミラックの顔からはスッキリとまではいかなくても不機嫌さはなくなっていた。いつも通りの町を歩けば子供が逃げる恐ろしい顔付きだ。立ち去ろうとしてふらついてヌーレに支えられていた。


「これからどうするんだい。二人もメンバーが欠けて。」

「とりあえず簡単な依頼を受けつつ探すさ。少なくとも雑用が盾と兼ね役一人ってんじゃ迷宮には潜れねえからな。」

「一回座んな、ここだけの話がある。」

「なんだよ。」


せっかく立ったのにと悪態を付くミラックを座らせる。カウンターの下部に備え付けられた防音の魔道具がしっかりと発動していることを確認して話を始めた。


「新しいパーティーメンバーを探すなら一回この町を離れた方がいい。まだ混乱防止用の情報統制が効いててお偉いさん達しか知らないが、シアーユ王国内の動きがきな臭くなってるって話が入ってきたんだ。戦争がすぐに始まる可能性がある。」

「まじかよ。」


シアーユ王国とはここガルマック王国の南に位置する王国だ。いや、もう既に王国といっていいのかはわからない。つい3年前にシアーユ王国よりさらに南にあるオルカブイラ王国との戦争に敗れ支配下に置かれている。


オルカブイラ王国がシアーユ王国を拠点としてガルマック王国に攻め込んでくるという話自体は想定されていたがあまりにも早い。


シアーユ王国の兵をそのままこちらに差し向けてくるにしても、補給は済んでいるのだろうかと疑問でしかない。そもそもシアーユ王国とガルマック王国は全体的な規模からして2倍3倍と違うのだ。


少なくともあと数年はシアーユ王国内の平定とオルカブイラ王国自身の練兵に努めると予想されていた。


「つっても冒険者ギルド運営に非参加のオルカブイラ王国との戦争って話ならどうせ俺たちはギルドから呼び出されて強制参加させられるだろ。前の戦争なんかシアーユ王国まで行ってこいって話が出かけたんだぞ。」

「それでも開戦時から参戦してるよりは後から援軍として来た方がマシだよ。どこに敵の主力がいるのかわからない戦場程死ぬ確率の高いもんはないよ。」


年長者の言うことは素直に聞いときな、といわれて何も言い返せないミラック。


「ビルレさんはどうするの~?」

「私はこの店と一心同体だよ。」


人生賭けて手に入れたんだから、と胸を張るビルレを見てミラックも答えを出した。


「ビルレが残るなら俺らはこの町を守らないとダメだろ。」

「だよね~」


格好つけさせろというミラックとヌーレに、ビルレは苦笑いをするしかなかった。

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