常識一変編
第8話:物理系スキルでも、活躍できる世界に生まれて来たかったな
ボチュンッという水面に物が強くぶつかるような音が周囲一帯に鳴り響いた。
そこには唐突に空中に投げ出されているファルザの姿があった。
(これ…やば…)
未だに意識は朦朧としている。落下しているという感覚を認識しているだけでも奇跡だろう。どこから、どの高さから落ちているのかは全く理解できないがひとまず死ぬ可能性だけは感じている。
あがきとばかりに物理無効結界を起動させるがどうなるか。結論としてはあがきは成功し、地面に大きな陥没穴を作成し彼は生き残った。
10分程まどろみの中で経っただろうか。このまま休みたいな、等と考えていたが、いい加減後頭部の痛みが酷くなってきたのでどうにかせねばと立ち上がる。
「ここは…」
上半身を起こしてみれば周囲は森だった。体にまとわりつく腐葉土に不快感を感じる。血が出ている様なのでひとまずアイテムボックスから水を取り出し後頭部へと振りかけ、ボロ布で傷と思わしき部位を抑える。
ゆっくりと10呼吸をした後、立ち上がる。ふらつきは感じるが歩けることを確認する。森の中で轟音はご法度だ。なぜなら弱い動物は音で逃げるが、強い魔物はこれ餌がいるぞと寄ってくる。
休むにしてもこの場を離れなくてはと判断して動きだしたが既に遅かったらしい。目の前に現れる大型の熊の魔物。
「くそがっ」
フラフラの状態での逃走は諦めて迎撃を、とアイテムボックスから剣を取り出し支配下に置く。
「【|投射(シュート)】」
剣を発射するも弾かれた。つまりは物理無効結界持ちの高位の魔物。攻撃など存在しなかったかの様にのっそりと進んでくる魔物は、もはやファルザに抵抗などできないことを察しているかの様だった。
とはいえ死ぬわけにはいかない。命がけの手がかり探しの末に見つけたのは右手に突き刺さった赤い剣。ファルザと共に降ってきた双子の魔剣の片割れだった。
「間に合え…っ!【隷属剣・|強奪(スナッチ)】…!」
傷む頭部を無視して歩を進めるが、まるで粘菌の魔物の様な遅々とした歩みだ。伸ばした手先から隷属剣を発動する。剣の存在に気付いた熊は、己の油断を悟ってファルザに向けて飛び掛かる。
それでも、6年繰り返してきた動作だ。相応の速さがある。隷属剣の魔力は剣へと届き、ファルザに向けて飛んでくる。
「よっし、魔剣起動…!ファルシャック!」
ファルシャックを手に取り魔力を込めればその剣身から炎が湧き出る。振り返ればすでに目前に熊の魔物。
隷属剣によりその導線を決めてしまえば力はほとんど必要ない。雄たけびを上げながら右腕を振りかぶり突進してくる魔物の肩口に吸い込まれる。
破壊音は二度繰り返された。一度目は物理無効結界が割れる音。物理無効結界が無くなればあとは皮と肉だけ。突進の勢いと振り下ろしの勢い両方が乗った剣は、肉を焦がしつつそのまま下へ下へと潜っていく。
骨に当たったのだろうか。二度目の音はパリィンという甲高い結界の破壊音ではなく、バキッという鈍い破壊音が鳴り響く。
「なっ…!」
ファルシャックが剣身の中頃から折れた音だった。そもそも前の戦闘で岩を削るのに真っ向から切りかかり続けて、消耗していたのが限界を迎えた。
横薙ぎの一撃を横腹からもろにくらい吹き飛ばされる。魔物の第一世代は魔力から発生する。すなわち魔物の本質は魔力の塊なのだ。物理無効結界は簡単に破壊され、大きな裂傷が腰から二の腕まで走っている。
地面を転がった末に、背中から木に叩きつけられる。先の爆発に巻き込まれた時とは比べ物にならない衝撃に、肋骨が折れている。
「ごふっ…がぁ…がふっ…」
立ち上がろうとするが、折れた骨が肺に刺さったのかしきりに空気が漏れ出す。咳と共に血が流れだして止まらない。
『ファルザ!私達が騎士様になって村のみんなを守ってあげようね!』
目の前に差し出された幼い手。かつての記憶の再演でしかないそれを見て、明確に自分の死を悟る。
血と空気が抜けると余計な思考をする余裕がなるから走馬灯なんて見るんだな、等と考えつつ楽な姿勢を求めて木に寄りかかった。
「騎士に、なりたかったな。」
決着をついたとばかりにのっそのっそと歩いて来る熊。よく見てみれば全身に古傷が刻まれている。相当に歴戦の個体だった様だ。
「ミサと、もっと話しとけばよかったなぁ…」
10歳で別れて対面する機会がなかった彼女のことを思い出す。誰よりも真面目で、誰よりもやさしくて。誰とでも仲良くなれて。
道を違えてからは一度遠巻きに見かけるだけで終わった。
閑散とした村では、スキルが関係なくできる仕事は既に人材が飽和している。男手一つで育てられたファルザだが、農耕スキル持ちの父が病で死に、畑が領主によって回収された後は職を求めて故郷を離れて冒険者という職が隆盛しているマーセナスへ向かうことに決めた。
道中に彼女が向かった西の町へと立ち寄った。そして騎士を志す者が集まる青年学校に通い、同年代の者と共に談笑しているところをを目撃した。
豪華な制服を着て、よく整えられた毛髪を携えた彼ら彼女らと共に笑っている彼女との世界の差を感じた。
元々持っていた劣等感はさらに倍増され、声をかけることはできなかった。今思えば、子供の頃は何故自分が魔法系スキルをもらえる前提で話をしていたのかわからない。
「エーラには、もっと自分の意志伝えておかないと駄目だったなぁ。」
隷属剣という珍しいスキルに目をつけられ、アルミチャックに拾ってもらってから出会った少女を思い返す。幼馴染が脳裏にちらついて手を出す勇気が出なかった。
好意を寄せてくれているのは理解していた。ミサの横に立つという理想を捨てきれず、それでもその好意を男として見られているという少しの期待と優越感から、強く否定せず中途半端な対応を続けてしまった。
ここで死ぬことで多少なりとも傷を与えてしまったのなら本当に申し訳ないことをした。
「あの馬鹿は神様の世界で会ったらぶっとばす。」
常に雑用と見下してくるこの原因になった男を思い出す。なんやかんやと文句をつけてくる面倒な男だったが、まさか殺しにかかってくるとは思ってもいなかった。神様の世界に行った後に奴が来たら全力で復讐してやろうと誓う。
そう考えると死した者の集まる神様の世界というのは、中々難儀な世界だな等と考えてしまい笑いが込み上げてきた。
「ここまでかぁ…」
独白をしている内に熊の魔物は目の前までやってきた。頭部を潰すして確実に息の根を止めるつもりなのだろうか。また右腕を振りかぶっている。
「物理系スキルでも、活躍できる世界に生まれて来たかったな。」
自らの人生の総評。程度の低い人生でした、と結論付けて振り下ろされる腕を眺めていた。
「【弓術・|剛(ごう)の|獣(けだもの)】!!!」
刹那、爆風が熊の背後から発生する。後ろから風は来ているというのに熊は背後へと倒れこむ。その脳天には風穴が空き、爆風の元には矢が刺さっていた。
もう気配は隠す必要はないとばかりに枝葉を踏みしめる音が背後から寄ってきた。
足音の主はファルザを超え熊の元へと歩み、通った瞬間にふわっとした花の匂いが漂う。状況が理解できずに痛みに悶えている男を尻目に、熊の首筋に石製のナイフを突き立てる。
その後ろ姿は腰まで届く金の長毛によりほとんど隠れているが、全体的な線の丸さからして女性だろうか。
熊が完全に死んでいることを確認し、ようやくファルザのほうを振り向いた。
「エ…ルフ…?」
透き通るような翠玉の瞳に、拳を広げても足りない大きさの耳。かつて絵本で読んだエルフという種族の特徴だ。
その美しさと珍しさから、かつて人に狩られその身を酷使された為に人と袂を別ったとされている。長命で、自然を愛し、弓を操る。
「お前は何者だ。」
そう声を掛けられるが、長文を喋るだけの余力は独白の一人ごとに使い切った。最後に一言。
「たす…けて…」
そこでファルザ意識は潰えた。
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