第7話:下剋上とは恐ろしいもので

「目の前の迷宮の主を最速で討伐する!生存優先で装備は惜しむな!」


 崩れ落ちる腕を横目にミラックが魔力増幅剤を呷る。支援魔法の光がより一層旋回する中ミラックは背後のゴーレム群へと向き合い、拳大の玉を投げ込んだ。


 地面に衝突したそれは青い円形の文様を幾重にも発生させ、簡易結界と呼ばれるそれに小ゴーレムが衝突する。そこから先に進めなくなった最前列が後列によって潰されて消滅した。


 その間にも、装備解禁の命令に従い他のメンバーは動いている。魔法職のメンバーは装備品を追加し、エーラは3m以上ある大盾を収納して上半身を覆う程度の盾を両手二つに持ち替えていた。


 そしてファルザもアイテムボックスより、装飾の付いた赤と水色の対となる剣を取り出した。隷属剣を起動し支配下に置くと、それぞれ赤と水色の魔力の光を纏う。


 続けて取り出した鍔に革のリングが付いた2つの剣を支配下に置き、そのリングに足を差し込み宙を行く。


 対する迷宮の主であるゴーレムは、それぞれの腕の魔法陣を発光させて様々な物を投射してきた。その内容は熱されて溶けかけた岩や巨大な氷塊。魚が混じった水の塊など多岐にわたる。


 それの正体は転移魔術。製作者が仕込んだそれは無制限に世界の各地から人類に脅威となる存在を運んでくる災害だ。


 それをものともせず二つの魔法を背後に携え、ファルザがゴーレムの攻撃の隙間を駆け出す。両手の盾を巨大化させたエーラの後ろから、攻撃の要であろう腕を破壊するべく水や炎の砲撃が飛び交う中、未だに顔を伏せて立ち尽くしている男がいた。


「スランザ、雑用の方が戦闘で役に立っているぞ。」


 完全に腐っていた彼に声をかけるつもりはなかったミラックも、その様子に流石に嫌味の一つを吐かずにはいられなかった。


 その言葉でようやく顔を上げた彼の口元には、激しい噛み合わせにより血が滲んでいた。ふとエーラの方を見ると、期待を一切含まない事象を横目で追うだけの彼女と目が合ってしまう。


 ミラックの煽るかのような発言よりも、その視線の方が彼のプライドは傷つけられたらしい。


 頭に血が登るとはまさにこのことだろう。蒼白気味だった顔にみるみる血の気が戻る。いや、血の気が戻るを通り越して真っ赤になったとも言える。


「うるせぇんだよ!あんな雑用よりも俺の方が強いに決まってんだろうが!」


 これまで温存されていた魔力が、一気に腕部へと収束される。その様子にミラックはまたも嘆息するしかない。魔力とは深く粘度を生じる様に練りこむその質こそが重要なのだ。


 大前提として魔力は魔力で相殺される。感情のままに単調に薄く放出される魔力を使った魔法など、範囲が無駄に広がるだけで敵の魔力とのぶつかり合いに勝利することはできない。


「【崩爆】ぅぅぅぅぅう!!!」


 大業な構えを取り、高らかにスキルを叫ぶ。放たれたその魔力はゴーレムの胴に当たり、絵面だけは派手な爆発を起こすがその実ほとんどダメージを与えられていない。


 しかし、込められた魔力が大きい分、爆発の規模だけは確かに目を見張る物があった。故に、仲間の攻撃が集中する腕部を避け頭部を目指して直線に飛行していたファルザが、爆風に巻き込まれて錐揉みしながら吹き飛ばされる。


「まっ…じ、かよぉぉぉ!!!」


 壁まで飛ばされなかったのは運がいいのか悪いのか、飛ばされた先は攻撃の為に前へと突き出されていたゴーレムの腕だった。


 魔力を帯びた爆発によって、大して魔力の込めていなかったファルザの物理無効結界は破壊された。背中から打ち付けられ、その衝撃で大きく息が漏れ出る。


 さらに悪いことに、予期せぬ衝撃だったせいで剣に刺していた足が抜けていた為、落下していくファルザ。


 慌てて魔力の線を手繰って足場にしていた剣を呼び戻すが、上に向いていた勢いを下に向けるだけで相応に時間がかかってしまった。


 背後に控えさせていた魔剣には手が届きそうだが、地面に着くまでに間に合うかどうか。そもそも、間に合ったところで数十m上からの落下の衝撃が腕にすべて降りかかって耐えられるのか。


「ファルザ君!」

「エーラ!行け!」


 ミラックが言うが早いか本人が駆け出すのが早いか。ほぼ同時にスタートしたエーラがファルザの元へと走りこむ。ぐえっという悲鳴の後、しっかりと衝撃を流してファルザを抱え込むエーラ。


「ちょっ胸当たってる!って、んな場合じゃない!ありがと!」

「いいから行って!ファルザ君!」

「おうよ!」


 未だ頭上で連続的に爆音が鳴り響く中、足場用の剣に再び乗り込み宙へと行く。今度はゴーレムの足を掠める形で股抜けを貫行し、背面を登っていく。


 これまでの戦いの間にゴーレムの腕は既に4本落ちた。残っているのは右上部と左の中段。しかし、エーラという壁が抜けたことにより各々が回避に意識を割かねばならなくなり攻撃の手が緩み始めていた。


「おおおおおおおおお」


 雄たけびを上げながら急上昇を続けるファルザ。今度は何事もなく頭部の高さに到達した彼は、背後にあった魔剣を手に取り縦回転を始める。


「保ってくれよ!大金貨20枚達!!!」


 躊躇いなく加速充分に、石の体躯を持つ首筋へとその双剣を突き立てた。魔力を纏った剣身は、物理無効結界を貫通し中頃まで刺さる。確認するや全力で魔力を注ぎ込む。


「魔剣起動!ファルシャック!エアリズマ!」


 魔力を流し込みながら高名な鍛冶師により刻み込まれたその銘を叫べば、双子剣として打たれた彼らは目覚める。


 魔力を纏った物質同士がぶつかると、それぞれが削り合いを始める。その決着は、互いの魔力の量と質によって決まる。


 ゴーレムの胴体の内側にに仕込まれた大規模な魔力生産魔法陣と魔道具。それによりこのゴーレムは全身の駆動と6本の手の転移魔法陣を動作させる膨大な魔力を保持している。


 純粋な魔力量では勝ち得ないが、それでもファルザは魔力を込め続ける。業物である炎と風の性質を纏った双子剣は、ファルザが注いだ魔力を極限まで増大させて放出した。一度突き刺さっていた剣身抜き、今度は横振りして叩きつける。すると少しずつだが岩を砕く。


「らあああああああ!!!!」


 乱打が始まる。炎が舞い散り、突風が走る。下では巨大な腕が落ちた衝撃音がする。


 削って。削って。遂に代わり映えのしない黄土色の岩の中から魔法陣と思わしき光を発見した。


「基幹魔法陣見えたぞ!」


 ゴーレムの動作を決める魔方陣。人間で言うならば脳みそに当たる。それが露出したことを叫んで全力でその場から飛び退く。


「待ちかねたぞ雑用!【炎獄】!」


 柄にもないな、とミラック自身も思う程の歓喜の大声を上げて魔法を放つ。その炎は首に纏わりつきその岩を赤熱化させた。


 腕に装備した魔力増強の効果を持った宝石の装飾品が限界を迎えヒビが入るが、尚も魔力の放出を続ける。流石にゴーレムにおいて動力源よりも重要な部分だ。守りは相当固い。


しかし、ここでファルザの削った部分が聞いてくる。綻んだその部分から少しずつ破壊されていく。


刹那の交差の後、一点を超えてしまえば後は容易に。その首は完全に溶断された。その場に首が落下し、その巨体は後ろに倒れていく。


「ファルザ君危ない」

「うっわ!びっくりした!」


地面に降り立ったファルザのすぐそばへとゴーレムの首が落下し、無駄死にを迎えかける。エーラが盾を上に構えてファルザの元へと飛び込んだ。激しい衝撃と爆風が過ぎ去り、ようやく勝鬨を上げる面々。


「ファルザ!エーラ!このまま転移する!全員集まれ!」


のんびりとしている時間はない様で、通路の簡易結界の効果が切れかけていた。その背後には迷宮の主が倒れても未だに稼働し続けているゴーレム達が群がっている。


「行くぞエーラ!捕まれ!」

「うん!」


足場にしていた剣を降り、片方をエーラの前に差し出す。捕まったとみるや推進力を与えて加速する。


その間にミラックの元に後衛二人とヌーレが集まる。全員が撤退に思考を割いている中、それを邪魔する存在が2つ。


一つは迷宮の主であるゴーレムの頭部。小型のゴーレムでも見受けられた様に、このゴーレムの製作者はよほど優秀だった様で破壊された後のこともしっかりと考慮されていた様だ。


地面に放置された頭部から赤色の魔法陣が空中に展開されている。最後に残された魔力で大空洞全てを巻き込んで転移魔方陣を起動させる様に設計されていた。


ファルザとエーラはすでにゴーレムの頭部に尻を向けている。


ミラック達は転移魔道具の動作を確認するために、後衛二人をまず帰還させた。それを確認し、次の転移魔道具を取り出しヒビを入れて待機するという作業をしている。


そんな中、ただ嫉妬の炎を燃やしている男がいた。スランザだ。


雑用であるはずのファルザが、戦闘要員である自分を差し置いてミラックからの賞賛を受けた。


雑用であるはずのエーラが、ファルザにだけ気にかけ、あまつさえ自分に興味すらないかの様な目で見ていた。


そして彼は完全に思考力の落ちた状態で、事の原因をすべてファルザに他責した。奴さえいなければ活躍していたのは自分だと。


そして、ファルザに向けて怨嗟の眼差しを向けているということは。


ゴーレムの残骸の方向を向いているということ。彼の目には、迷宮の主の最後の攻撃を余地していた。


とはいえ既に彼らは目と鼻の先だ。順調にいけば、ファルザもエーラもミラックの元へと到達し共に帰還することになるだろう。それは好ましくない。奴は排除せねば自分に賞賛が来ることはない。そう考えればもう行動は早かった。


「ファルザ!後ろだ!」

「えっ?…がっ!!!」

「ファルザ君!!!」


声を掛け、後ろを向いたところを爆撃する。そんな単調な作業によりファルザは後方へと吹き飛ばされる。唐突な後頭部への衝撃に脳を揺さぶられ、意識が飛びかけるのを意地で耐える。


彼らを運んでいた剣の制御は失われ、エーラと共に空中にて慣性のままに突き進むだけとなった。


その物音に、ミラックもファルザの方を見ることになる。そうしてようやく現在自分達が置かれている状況を理解した。


「スランザ…お前…」


この日何度目かわからない苦虫を嚙み潰したような表情をした後、飛んでくるエーラを受け止める。


ゴーレムの魔法陣は発光を強め、もはや起動寸前といった様子だ。このまま残っていては何が起こるか想定もできない。選択を迫られたミラック。


倒れこんで蠢いているファルザを見捨てず、ヌーレやエーラと共に全滅の可能性を踏むか。


ファルザを切り捨てるか。


「まっ…て…」

「今助けるから!」

「待て、離れるな。」


ファルザも朦朧とする意識の中、必死でミラックの方へと這っている。エーラが助けに行こうとするが、吹き飛ばされたファルザの元に行くには明らかに時間が足りない。それならば早くても遅くてもかわらないのでミラックは羽交い締めにして止める。


戦闘中に付与された思考速度上昇の支援魔法が効いているので、考えだけは本当に早くて自己嫌悪に陥る暇すらあったミラック。


「すまん。」


最後にそう呟いて、手に持った転移魔道具を完全に折った。


大空洞全体に迸るゴーレムの転移魔方陣。後には何も残っていなかった。

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