第4話:少しでも抗おう

 酒場を飛び出したファルザは、とある廃墟へと足を運んだ。元鍛冶場でかつて強盗にあった後、しばらく放置されてしまったという場所だ。不吉だと誰も寄り付かなくなったその場所を、彼は修練所としていた。


 作業場と思わしきそこには、錆ついた剣が無数に転がっている。元々あった物に加えて、彼が武器屋やクズ売りから安く買い漁った不良品達だ。


 中央に立ったファルザは、目を閉じて自分の内側に意識を向ける。魔力とは心臓から生まれてくるものだ。心臓の周りで漂っている魔力を練りこみ、充分な濃度になれば腕へと送り出す。


「【隷属剣】」


 隷属剣スキルの基本部分を起動し、腰に刺さった両刃剣に向けて手をかざす。集めた魔力が変換され、自分の腕が伸びる様な感覚の後、剣に繋がったのを確認する。


「【|投射(シュート)】」


 鞘から飛び出したそれは向きを変え、ファルザの正面に用意された木の人形に向けて放たれる。それは丸太である胴体に深々と刺さった。


「【隷属剣・|強奪(スナッチ)】」


 今度は背面に魔力を集め、変換したそれを周りに散らばる剣達に向けて放射する。繋がった剣は浮き上がり、ファルザの元へと集合する。


「【|乱舞(ロンド)】!!」


 放たれた剣はそれぞれの軌道を描き、人形に殺到して全身を削り取る。


 たっぷり10分、練った魔力が続く限り剣の舞を続けた後、剣の支配が一つ、また一つと途切れていく。すべての剣が落ちたところで、肩で息をしているファルザの背後から声を掛けられる。


「お疲れ様。汗拭きとお水用意してあるよ。」

「お、ありがと。」


 一息ついてエーラから渡された差し入れを受ける。彼女はファルザが急激な魔力の消費で体がふらついているのを見て、部屋の端にある木箱を寄せてくる。ぴったりと真横に並べられた二つの木箱。左側に座ったエーラはトントンと木箱を叩き、座りなと示している。ファルザは木箱の端際に座り込む。


「隷属剣の耐久時間、また伸びたね。」

「おう!まだまだ誰かの結界の限界を超えるには遠いけどな!」


 そう、それは騎士に立つ者に並ぶためのファルザの希望。物理無効結界は、原因を1つとする2つの突破方法が存在する。


 1つは完全なる不意打ち。身に張り付く様に展開する結界を、発動するよりも早く攻撃を入れること。


 もう1つは結界を発動している魔力が切れるのを待つこと。


 物理無効という一方的な理、代償無しに行使できる物ではない。展開には相応の魔力を消費する。また、攻撃を受ければ結界は多少消耗する。その綻んだ部分を修復するためにそれだけの魔力を編むことになる。


 とはいえ皆が皆、基礎スキルツリーにある【魔力増強】という常時発動スキルを獲得する。段階的に取得していく形で一つ上位の魔力増強を取る毎に必要なスキルポイントは爆増するが、魔力は攻撃にも防御にも使用するので優先的にスキルポイントを振るのだ。


 冒険者でいうならば中堅から上位であるB級パーティーに所属している魔法系の人間ならば、一日中防御無効結界を展開することは容易い。


「とはいえどれだけ魔力を鍛えたらいいのかなぁ。魔力増強のスキルはもう4つ取ったのにこれだからなぁ。」

「私の魔力量でも1時間くらいは耐えれそうだもんね。」

「受けてもらうだけで1時間ってことは、避けられる分を考えたらまだまだ遠いよなぁ。」

「そうだね、私みたいに盾を持った人だったら半分以上は落とせるだろうし。」

「反撃されることも考えたら攻撃にばっかり魔力を使ってられないもんなぁ。対人戦までの道は神山を登るが如しだなぁ。」


 ファルザの魔力も充填してきたのでそろそろ、と立ち上がる。隷属剣・強奪を起動し、周囲の剣を支配下に置く。今度はエーラが彼の正面に立ち、小盾を構えている。


 ファルザの周囲で浮いている剣の一つが発射された。エーラはそれを見切り、顔に向かって飛んでくるそれを盾の中心で受ける。間髪入れず右上から左下からと何本も発射された剣を、衝撃が体に全て走らない様に女性らしい、しなやかな動きで流しつつ弾いていく。


 ファルザの剣の投射を魔法の放射に見立てた、物理無効結界があるが故の安全な防御訓練。何度か彼女の体に命中しているが、接触面に生じた歪んだ緑色の発色と共に、剣の方が弾かれた。苦い顔をしつつも、次に飛んでくる剣の対処に移る。


「でも、まさか騎士様のお付きなんて高いところを目指してると思わなかったよ。」

「約束だからな。絶対にあいつの横に立ちたいんだ。」

「あいつ?そういえば追いつきたい人がって言ってたね。」


 またもファルザの魔力が切れるまで続けて、休憩と木箱に腰をつける二人。対面に座った状態でエーラが話しかける。


「ああ、あいつっていうのは幼馴染。俺は西の方のちっちゃな村で生まれたんだけどさ、隣に住んでたやつと約束したんだよ。「僕達は将来騎士様になろう」ってね。」

「私達みたいな平民が末席とはいえ貴族になる唯一の手段だもんね。」

「ああ!騎士に憧れないやつなんていないだろ。「英雄アルミの冒険」とかあいつと一緒に何回俺のばあちゃんから聞いたかわかんねえよ。」

「懐かしいね。私はそれ絵本で読んだなぁ…英雄アルミに救われて自分の騎士に任命する王女様にあこがれたなぁ…」

「あいつは王女よりアルミの方に憧れてたからちょっと異端なのかな。」

「ん?」


 創作なのか史実なのか曖昧な物語のヒロインに憧れて、頬を赤らめていたエーラの思考が停止した。特に性別に関して言及されていなかったが、王女よりアルミの方に、と言われると思いつくことがある。


 並び立とう、ということは漠然と男の友として隣立ちたいという思考かと思っていたが、王女に憧れるのが自然ということは幼馴染というのは女性なのか。


「その子ってどんな子だったの?」

「おう!すごいやつだったぞ。幼年学校で試験したら毎回満点取るし、かけっこしようってなったら誰も捕まえられないし。そんでもって、畑の手伝いもめっちゃする真面目なやつだったよ。」


 幼馴染との思いでを喜々として語るファルザに違う、そうじゃないとツッコミたくなるが我慢するエーラ。ファルザは苦い顔をしている彼女に気づくことなく話を続ける。


 結局性別について明言を得られなかったエーラは、それから1時間悶々と鍛錬を続けることになった。




 夜が明けて消耗品の買い出しに出たアルミチャックの面々。こまめに補給が取れるというのは、わざわざ高価で使い捨ての転移魔道具を使用して町と迷宮を往復するメリットだ。


「おいエーラ。こいつが安くで売られてるの見つけて買ってみたんだけどどうよ。」

「これ…大分傷んでますよ。食べられないことはないと思いますけど当たった時が怖いです…」


 魔法増強の触媒となる装飾品のメンテナンスに向かったミラック達とは別に、食料品関係を見に来たファルザとエーラ。あとスランザ。


 エーラは彼が買ってきた赤色の根菜を見て、どうしようかと苦い顔をしている。保存用のパンを買い終えてエーラの元へ来たファルザも、その様子に苦い笑いをするしかない。


「なあスランザ。お前も魔法系なんだからミラック達に着いていかなくてよかったのか?いっつもこっちの買い出しに着いてきてるけど…」

「ちっ…うるせえよ。こっちのことを気にしてる暇はねえだろうが雑用。お前の仕事をやれや。」

「いや終わったんだけど。」


 そんなやり取りをしつつ買い出しは終わり、冒険者ギルドの前に彼らは終結した。買い出し物を分配した後、緑色の転移魔道具を折ることで彼らの姿は消えた。

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