第3話:明日への糧を

 冒険者ギルドという物がある。森林探索系やダンジョン系、護衛系等数多に活動する冒険者達を統制、サポートをする為に、ガルマック王国を始めとした諸国が共同で出資する連合体だ。


 B級ダンジョンガルドバッタから馬で4日。ガルマック王国の南部における最大都市であるマーセナスという町のほぼ中央。区画整備の行き届いたその土地を、堂々と6つ分占領した形で冒険者ギルドは建てられている。


 その一角にある巨大な柱状の水晶が中央を占領するその部屋に、アルミチャックの面々は現れた。生産系のスキルでも上位の者しか作ることのできない転移魔道具という、高価な割に使い捨てであるそれを使用しての帰還だった。


 廊下に出てみればすでに天道様はお隠れになった様で、窓からは街灯の明かりと酒を飲む者達の喧騒が飛び込んできた。


「雑用共、さっさと蛇を換金してこい。俺達はいつもの店にいるからな。分配はしてやるからくすねるんじゃないぞ。」

「わかってるよ。そんなせこいまねしないっての。」


 部屋の前に立っている衛兵に挨拶をしつつ、白い廊下を進む。ダンジョンでの収集アイテムを任せられたファルザとエーラはそのまま直進し、他のメンバーは途中の小さな扉から出て酒場へと向かってしまう。


 廊下を抜けるとそこには、まるで城のエントランスホールを小さくまとめたかのような大空間。城と違うのは中央にそびえる大階段の周囲にカウンターが設けられ、中では見目麗しい受付嬢達が無骨な鎧やローブを身に付けた冒険者を相手ににこやかに対応している。


「こんばんは、アンナさん。買取お願いしたいです。」

「お疲れ様です。本日もご無事の帰還の様でなによりです。では、こちらに物を並べてください。」


 受付カウンターの中でも端も端、入口から見て右側の壁に聳え立つ巨大な扉の横に控えていた金の髪を頭頂部でまとめた女性。アンナと呼ばれた彼女は、笑顔で二人を迎えた。


 おそらくは20代に入ったばかりであろう容姿端麗な女性と話すのに、ファルザが上ずった声をしているのは気のせいではないだろう。隣でエーラがすこしムッとした表情をしているのも同様に気のせいではないだろう。


 指し示されたカウンター横の台車の上に、慣れた様子で蛇の亡骸を並べるエーラとファルザ。直径50cm以上、長さまちまち4mや5m、最大で10mはあろうそれを5匹6匹ととぐろを巻きながら積んでいく。12匹を積み終えたところで、人が5人は寝転べられる程の台車が3つ埋まった。


 主には首を落とされてはいるが、スッパリと切られた個体や炭化している個体、潰されたような個体まで千差万別だ。


「今回もまた大量に持ち込まれましたね。流石はアルミチャックさんです。ファルザさんが討伐した個体は、首が残っているのに剣が無数に刺さった跡があってわかりやすいですね。」

「はい!最近隷属剣の新しいスキルを取得して倒す効率が上がったんです!しかも」

「すみませんアンナさん、査定の方進めてもらってもいいですか?ミラックさん達を待たせているので。ファルザ君も邪魔しない。」

「えー…ごめん。」


 釘を刺されてシュンとするファルザ。アンナとしてはそのやり取りの裏を察してフフフと笑い、台車を押して扉の奥へと消えていった。


 30分程経ち、カウンターの前で惚けていた二人の元へアンナが戻ってきた。渡された額面に納得して売却の意思を伝え、白い布袋に入れられた金貨の塊をアイテムボックスへと収納しその場を後にする。


「そこそこ大きい額になったね。」

「まあ、未到達エリアでこいつらを倒す同業者もいなかったから沢山いたからなぁ。」

「そうだよねぇ…私疲れちゃった。」


 そういって夜道を歩きながら肩を寄せるエーラ。ファルザの「ほえっ」という小さな悲鳴を聞き逃さず、心の中で拳を握る自分を幻視した。黄色がかった街灯の色によって見えにくいが、お互い頬が紅潮しているようにもみえる。


 そうやって歩いている内に、アルミチャックの面々が日常的に過ごしている酒場【ルミネッス】に到着した。大きな看板をこしらえた木造の3階立てになっており、2階から上は宿となっている。1階からは、ほかの店よりいささか粛々とした様子だが、喧騒が流れている。


「おー雑用ズが帰ってきたぞ~」


 二人が店に入ると、2席置きに客が入っている状況だった。そんな中、中央付近のテーブルを堂々と2つ占有している集団がある。


 普段はそれぞれの趣向を凝らしたローブを纏う集団ではあるが、今は魔法耐性性能に極降りしたそれを脱ぎ、楽な恰好で過ごしている。


 机で立ち上がり大きく腕を振っているヌーレなど、肌着と見間違う腹を全開にしたピチピチの服を着ている。比較的豊満であるエーラを超える双丘が、彼女が動く度に暴れる。見せる為の物ではあるが、肌着と何が違うのか。ファルザからしたら女性として意識してしまわぬ様に視線を外すので精一杯だった。


「今回の儲け。小金貨40枚と銀貨50枚だってさ。」


 ドンっというそこそこ大きな衝撃音が鳴り響く。ミラックの前に先ほどの袋を置いたファルザは、そのままミラックから少し離れた席に着く。腹も減っていたので、夕食を注文する為に宿の売り子を呼んだ。


 ファルザはパン2つとヤギ乳と野菜のスープ、焼いた鳥の足肉という、豪勢な内容を注文する。

 ワインを傾けていたミラックが袋の中身を確認し、ふむと吐息を吐いた。


「こんなもんか。報酬を分配するぞ。」


 ほらよ、とファルザの手元に投げられたのは小金貨1枚。今注文した食事が銀貨10枚程。多少変動するが、銀貨100枚で小金貨1枚というレートだ。


 共有の消耗品を除いた各々の装備品は自己負担と考えれば少ないのか悩むところであり、ファルザとしては不満はあるが今は運ばれてきた食事に夢中になってしまった。


「主よ、豊穣に感謝を。じゃあ俺一回出てくる!」


 食べ終わると同時にファルザは駆け出した。売り子に金を渡したところで待ちきれず、剣を取り出しているところを見るに鍛錬に向かったことが透けている。


 その様子を初めて見た者は一瞬強盗かと勘違いした物だ。周りが落ち着いているところを見て、日常であると察して自分の机に意識を戻したが。


「私も、お先に失礼します。」

「お前もかよエーラ。あんなやつに関わんなくていいだろうが。それより俺の酒でも酌してくれや。」

「ごめんね、スランザ。私も鍛錬したいから。」


 パンをホットミルクで流し込み、まだ頬張ったままのエーラもその場を後にする。渡された小金貨1枚をアイテムボックスへ入れながら、彼女も彼女で前腕部を覆い隠す程度の小盾を装備している。


「甘すぎじゃねえか?ミラック。」


 舌打ちの後にそう声をかけるのはスランザだ。短く切りそろえた緑髪を、不快そうにかきむしっている。


「何がだ?」

「雑用の扱いがだよ。俺と同い年でまだ入って一年とはいえ、代わりがいくらでもいる物理系のあいつらと、雷魔法っていう数少ない魔法系である俺の分け前がほとんど変わらねえってのはおかしいだろ。」


 そう言って手元にある小金貨2枚を転がす。とはいえ、ヌーレが4枚、他二人が3枚と考えたら順当ではあるのだが、彼は嚙みついた。そんな中、特に気にすることもなくその深紅に染まったグラスを眺めている。


「文句があるなら出ていけよ。俺は入口は狭いが出口は何も障害物はないぞ」                  

「いや、文句って言うかよ…」

「まあいいんじゃないの~私達のとりぶんへるわけじゃないし~」


 何かいいたそうなスランザを、宥める様にヌーレがガシガシと木製のジョッキで頭を叩いていた。

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