第2話:働くとはこういうこと

 ここガルマック王国という環境は、幼年学校4年間、少年学校5年間の学習を保証してくれる。しかし、貧しい農民の両親を持ったファルザという少年に、それ以降である青年学校に進学するという選択肢はなかった。


 これが生産系のスキルツリーや特段優れた才を持った者ならば話は別なのだろうが、ファルザには物理系のスキルツリーである【隷属剣】と、比較的平凡な勉学の能力しか持ち得なかった。


 学を得ることができなかった物理系のスキル持ちに取れる選択肢は少ない。体格も良く動く事自体は筋が良いと自覚していた15歳の彼は、冒険者という選択肢を選んだ。


 A級冒険者パーティー【アルミチャック】


 ミラックという炎魔法を操る赤い髪を伸ばした男が率いる、迷宮系ダンジョン攻略をメインとした7人パーティーだ。


 このミラックという男、B級パーティーの平均年齢が30代後半だというのに弱冠20歳にして同年代の仲間と共にA級パーティーへと至るという敏腕だ。その魔法を表すかの様な深紅のローブと、華美だが実用的な付与効果の付いた装飾品を全身に装備している。


「早くしてくんねえか、雑用共。」

「ウチらに暇させないでほしいんだけど~」


「悪い。もう少し待ってくれ。焦って罠を見逃したなんてことになったら困るのはミラック達もだろう。」


 ファルザがアルミチャックに参加して1年。物理系のスキルを持つ者は攻撃用に固有スキルツリーに使うスキルポイントが少ない。なので基礎スキルツリーで習得できる罠探知や大収納のアイテムボックスなど、パーティーに一人二人は必要な部分を担うことで魔法職からパーティーに入れてもらうことになる。


「床は私がやるね、ファルザ君。」

「ああ、壁と天井は任せろ。【罠探知】」


 長く続く薄茶色の均等に積み重ねられた石壁に手を当てるファルザ。その横に来た彼女はエーラ。ファルザと同い年の16歳で、黒髪を肩口まで伸ばした少女だ。


 彼らの周囲を漂う3個の照明スキルの光源によって淡く映し出されるその端正な顔立ちは、迷宮という薄暗い空間に置いておくにはもったいない素朴で保護欲を誘う作りをしている。なにか生まれてからの条件が違えば、看板売り子として大成したのではないかとも思える。


 しかもベルトによって締め付けられたその体躯は、砂時計かのようなメリハリのある胴体を持ちつつ手足は細いという女性らしさを強調したような肉体をしている。


 その背中にあるのは150㎝ある身長の倍はあろうかという黒い金属製の大盾。彼女は【盾術】という物理系の中でも特殊なスキルを持っている。


 仲間を守るという性質を持ったスキルは、物理系の中でも比較的優位に働く。とはいえ、攻撃面に関しては他の物理系と同じ扱いなのだが。


 どちらにせよ、彼女もファルザに比べて比率は低いとはいえ雑用係だ。ミラック達魔法系スキル持ちからすれば、数いる物理系スキル持ちの中から雇ってやっているという立ち場だ。ファルザと同じく罠探知のスキルを迷宮の石材に合わせて線の様に走らせる。


「ヌーレ、煙草をくれ。」

「りょうか~い。」

「俺も一本吸いたいぜ。火をくれっか?ミラック。」

「元火はやるから蠟燭で受けろ。」


 水魔法使いのヌーレが胸の谷間からミラック用の小包みを取り出す。中から葉巻き煙草を1本抜きミラックが咥えると、指を鳴らして魔法を起動し火を付ける。爆発魔法使いのスランザもその炎にあやかり火をつける。そんな魔法行使様子に羨望の眼差しを向けてしまうファルザ。


 ここはB級ダンジョン【ガルトバッタ】


 蛇系の魔物がよく出現し、その皮と時折出現する宝物の中身を売ることでB級の難易度に見合わない報酬が入るといううま味のダンジョンだ。


 今は地下5階層。マッピングされていない未到達領域を発見し、まだ発見されていない宝がないかと探しているところだ。


「終わったぞ、ミラック。しばらく進む分には問題ない。」


 そういってファルザは、遠く何十mも離れた地点まで飛ばした罠探知の間隔を切る。


「おせえんだよ。2本目に火ィ付けちまったじゃねえかよ。」

「あっつ!なにするんだよ!」


 進み始めたファルザの首筋に、スランザの煙草が押し付けられる。ファルザが装備した狼の毛皮製の鎧の中に灰が入りこみ、首筋と背中の二重の不快感に苦しめられる。


「雑用としてお前を雇ってんだぜ?灰皿の役割も含まれてんだ。文句言わずさっさと先進め。」

「そうだぞ~お金稼いでるのは私達なんだからあんたらはこういうとこで黙って「嬉しいですありがとうございます~」つって点数稼いどきなって~」


 ケラケラと笑うスランザとヌーレ。ミラックは特に表情を変えることなく眺めており、後ろに控えている残りの2人はそもそもファルザに興味ないといった様子で欠伸している者までいる。


 しかし、金を稼げていないというのもまた事実。蛇系の魔物も低級の個体ならば確かにファルザがその腰に差した1.5mほどの鉄剣でも薙ぎ払える。だが、少し強力な個体に遭遇したら、多くは人間と同じ物理無効結界を持っている。


 基礎スキルツリーを魔物も持っているというのが学者の出した見解だ。しかも、そもそもの殲滅効率が違う。ファルザは剣を最低でも5回振って魔物を5体倒すが、魔法スキルでは一発で5体や下手をすれば10体倒すことができるのだ。


「くそっ」


 何も反論できずに悪態を付きつつ、かつて繁栄したであろう人類が作り出した石畳の上を、エーラと並んで歩きだす。


「探索されてない範囲だけあって埃の量がえげつないな。」

「ほんとほんと~こういうところに進むと耳の中が汚れちゃって不快~ミラックも帰ったら耳かきしてあげるね~」


「大丈夫?ファルザ君。」


 後ろでミラック達が騒いでいるのので視線がないと察し、首裏を払っているファルザにエーラが声をかける。


「大丈夫。だけどあいつらめちゃくちゃしやがって。」

「これ以上ひどくなるなら逃げるのも選択肢に入れないといけないよ?危ないときにこんなことされたら下手したらファルザ君死んじゃうから…」

「わかってる。こんな奴らのために命を懸ける気はないよ。俺は王都に出て騎士付きの戦士になるんだから。」

「騎士付きって…つまり貴族様に士官するってことだよね?」

「そう。追いつかないといけないやつがいるんだ。」


 そう言うファルザの脳裏に浮かぶのは金の髪を靡かせた少女の姿。かつて共に騎士になることを誓った幼馴染とは、もう6年まともに話していないし会えてもいない。


 少年学校はスキルの系統と希望により学科が振り分けられる。国から期待され魔法学科に進み騎士としての道を進む幼馴染と、一般学科に進み凡百の一として見限られたファルザ。それでも尚、騎士として成った幼馴染と少しでも同じ高みへと行こうとしていると微笑みながら語るファルザに、エーラは圧倒される。


「すごいね、ファルザ君は。私はそんな幼馴染がいても物理系ってだけで諦めちゃったと思うもん。実際、ファルザ君頑張ってるし。私、応援するよ。」


 と言ってにこやかにほほ笑むキーラ。常日頃からミラック達に抑圧されている鬱憤が解消された気がしたファルザだが、それでも一応探知スキルは動かし続けていた。


「ん?何か空間があるな。」


 直線が続く通路の右側の壁の裏に、おかしな空間があることに気づく。経験上、そういった空間には宝箱の部屋か隠し通路か。どちらにせよ、おいしい空間の可能性が高いことには変わりない。


 壁を軽く剣の柄で叩いてみる。音の間隔からしても奥に空間があるのは確定なようだ。その様子を見て、ファルザ達の10歩は後ろにいた他のパーティーメンバーも寄ってくる。


「ここになにかあるのか。宝系だと嬉しいが。」

「おいミラック!まだ罠があるかもしれないんだから破壊は…」


 そう言って右手に炎を生成し、大きく横に振りかぶるミラック。慌ててファルザが止めようとするも遅い。


「【炎纏撃】!!!」

「さっすがミラック~」


 高らかに叫び、炎を纏った張り手を振り下ろす。炎は壁を走り、人が3人は横に並べる程の大穴が開く。入ってすぐの場所に罠はない様子で、先には暗い通路が続いている。


「隠された空間への入口の罠探知は時間の無駄だ。こういうメイン通路の傍に隠してるってことは、そもそも見つからないことで侵入者への対策にしてるんだ。しかも仕掛け扉だ、そんな複雑な箇所に直接罠を仕掛けてる可能性は低いんだよ。あったとしても単純なもんだ。そういう小手先のもんは下手に解除するよか諸々ぶっ壊した方が何かあった時の撤退時に安定する。」


 そう饒舌に吐き捨てながら、右手の炎を散らせるミラック。ヌーレを侍らせ、歴戦の風格を醸し出している。実際に言っていることに理を感じてしまい、ファルザとしては何も言えなくなってしまう。


「とはいえ宝箱がすぐ見えないってことは先が長いタイプだな。今日はそこそこ探索したし、一回帰還して補給してから入るぞ。結界張れ、雑用共。」


 ミラックは目の前に展開した自分のアイテムボックスの収納口に手を入れ、青色の拳大の棒を取り出す。


 ファルザとエーラがその間に入口手前に杭を円形に打ち込む。全て打ち込むと青い発光をしはじめ、中に全員が入るのを確認しミラックが棒を折る。すると彼らの体は消滅し、後には青い光だけが残った。

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