第4章 冤罪⑤

 食事を終えて――からすさんが食器のトレイ、俺と凛子は弁当の包みを片して、教室へ戻りながら、烏さんが口を開いた。


「昨日、私たちがお疲れさま会やってるとき、兄さんは《親衛隊》のミーティングやって、その後他の陣営のフレンドと遊んだらしいんだけど」


「ま、《魔女たちの夜ワルプルギス》終わったしな。これで次の月末までプレイヤーはみんな同じゲームを遊ぶ仲間だ」


 俺がそう言うと、凛子が面白がるように言う。


「あれ、碧って他陣営にフレンドいたっけ?」


「俺はいねえけど。しばらく平和だって話だよ」


「――ところがそうでもないみたいだよ」


 俺と凛子に、烏さんが言う。


「ほら、昨日凛子が利己的なプレイヤーの話をしたでしょう?」


「ああ」


「他の陣営では《ワルプル》の競技タイトル化が決まってから悪質プレイヤーの噂がでるようになったんだって」


「――噂?」


「うん。狩り場を独占して抗議するとトレインPKPlayer Killされるとか、アンティルールでPvPPlayer vs Player強要されるとか……」


 思わず聞き返すと、烏さんが説明してくる。トレインPKとは、モンスターのヘイトを取って引き連れて、別のプレイヤーにそれを押し付けて死に至らしめる行為だ。


 言うまでもなく悪質なプレイである。狩り場の独占もそうだし、PvPは承諾しなければいい話ではあるが強要という言葉を使うのなら、恫喝して無理やり承諾させようとするのかもしれない。


 噂……ということだが、俺も実際変なプレイヤーは見たしな。あの槍使いの自称配信者が今しがた烏さんの言ったようなプレイをしている、と決めつけるつもりはないが――……


 しかし。


「……《魔女たちの夜ワルプルギス》で味方のキルを横取りするようなプレイヤーがいたんだ。そういう連中もいるだろうな」


「兄さんも同じこと言ってた。やっぱり昨日話したような意識の低い悪質なプロなのかな」


「……今まで《ワルプル》ってそういう話、あんまり聞かなかったよな?」


 凛子に尋ねると、首を縦に振る。


「MMOである以上、皆無ってわけじゃないはずだけど……それでもこうして話題に挙がるような悪質なプレイヤーは居なかったんじゃないかな」


 ――《ワルプルギス・オンライン》は目玉イベント《魔女たちの夜ワルプルギス》や様々なルールを設定できるPvP機能と対人戦が充実している反面、実はフィールドや街で直接プレイヤーをキルする手段がない。


 これはプレイヤーの間ではゲームシナリオが関係していると考えられている。陣営同士で争い、自らが主と仰ぐ魔女を《唯一の魔女アブソリュード》にすることを目的としているシナリオでPKが可能となれば、陣営間のPKが盛んになりすぎると容易に想像できるからだ。


 現状ではPvPに多様なルールを設けること、そして月イチで《魔女たちの夜ワルプルギス》を開催していることでプレイヤーにとってメリハリがあり、普段は陣営同士でギスることはなく……そして競技化までされた以上、運営のこの采配は正しかったのだろうが――


「……このタイミングでそんな話を聞くようになったのは、間違いなく競技化タイトルの影響だろうな」


「……犯人はやっぱりプロプレイヤーってこと?」


「そこは確定じゃないよ。でも今後は《ワルプル》のPvPで金が動くようになるんだ。大会に参加するプレイヤーたちは一刻も早くトップランナーに追いつかなきゃならない。狩り場の独占はしたくなるプロもいるだろうな。いくらプレイングが良くてもMMORPGである以上、レベル差は深刻だから」


「岩瀬くんでも?」


「俺でも、って……そりゃあ俺でもだよ。俺をなんだと思ってんだ」


「《ワルプル》最強プレイヤー?」


「碧がミラドラソロ討伐してしばらく経ったけど、まだ他に達成者が出たって話は聞かないし……ボス戦と対人戦じゃ勝手が違うのは確かだけど、碧が最強候補筆頭なのは間違いないよね」


 尋ねると、ノータイムで答えてくる二人。


「高く見積もってくれるのはありがたいが、レベル差はガチだよ。そのATKもDEFもレベルで積んだステータス参照して計算するんだから。だからPvPにもレベルアレンジ戦があるんだろ」


 レベルアレンジ戦は、互いのレベルを揃えてアレンジして行うレギュレーションの一つだ。おそらく競技タイトルとして行うPvPもこれになるはずだ。


 ――レベルが揃えられてステータスが平均化しても、装備やスキルに影響はないためやり込んだプレイヤーほど有利なのは変わらないが。


「でも碧はレベル差ひっくり返せるじゃん」


「……そうだけど。でも現状ならせいぜい15くらいかな。それ以上だとこっちのATKに対して相手が固くなりすぎてキツい」


「普通15レベル上なんて勝てる相手じゃないから……岩瀬くんは今、レベルいくつなの?」


「コソレベリングでやっと80の大台乗ってさ。今81」


「そこから15なら現存プレイヤーほとんど射程内じゃん……」


 呆れたように、烏さん。


 ――現状、《ワルプルギス・オンライン》のレベルキャップ上限は99である。


 オンラインゲームというのはとにかくレベルを上げるのがしんどい。


 アップデートに次ぐアップデートで『運営はこの仕様全部把握してんのか?』って思ってしまうぐらいコンテンツが習熟・追加されたタイトルなら、ハイエンドコンテンツを遊ばせるためにレベルは上がりやすくなっていき、また最大レベルも引き上げられていくものだが……


 ゲームが開始されてまだ一年弱の《ワルプルギス・オンライン》はレベルキャップが99で、高レベル帯ではレベルを上げるのに苦労する。


 今のところ《ワルプルギス・オンライン》でレベルマ――99に至ったものはいないということだが……レベルが95を超えるとレベルアップに必要な経験値が一層重くなるらしいから、さもありなんといったところだ。


 それでも今後、《ワルプルギス・オンライン》もレベルキャップが引き上げられ、新たなジョブやスキル、コンテンツが追加されていくのだろう。競技タイトル化でタイトルの長寿化は約束されたようなもんだしな。


 ちなみに《月光》で一番レベルが高いのは凛子――シトラスの92だ。他の主要メンバーも大体90前後。


 俺が彼らより一回りレベルが低いのは、後から始めたからというより、ソロ攻略にこだわっているため凛子たちほどシナリオが進んでおらず、ボスとの戦闘経験が少ないからだろう。だが、ミラドラ戦で手応えは得た。これから少しずつ差を詰めていずれ追いついてやる。


「――ともかく、レベルアレンジがあってもレベルが高い方が有利なのは間違いないんだ。プロ・アマ問わず、多少周りに迷惑をかけても効率的にレベルを上げたい、アイテムを手に入れたいっていう層はいるかもな」


「――大会に備えて?」


「ああ。でも昨日ロキとアンクが言ってたろ? 長い目で見たらノーマナー行為なんて自分の首を締めるだけだ。その手のプレイヤーはそのうち淘汰されるさ」


「……私、今の《ワルプル》の雰囲気好きなんだよね。プレイヤー同士が和気あいあいとしてて、月末前だけ《魔女たちの夜ワルプルギス》まで敵同士なって言って、スポーツみたいに競い合って……」


「そうな」


「私も好きだよ。力を合わせて戦う感じ、楽しいよね」


 烏さんの吐露に俺と凛子が頷く。


「今のところラース陣営で狩り場独占だとか、トレインPKだとか、そういう噂は聞かないけど……そんなプレイヤーが増えてギスるようになったら嫌だな」


「そうなったら運営が仕事するさ。運営だって競技タイトル化で一時的に空気変わるのは予想してるだろうし、しばらくの間だけだよ」


「そうだよ、ミラドラをソロで討伐したってだけで運営は碧に文句言ってきたぐらいなんだから、悪質プレイヤーを放置なんてしないよ」


 烏さんの言葉に眉を吊り上げて言う凛子。あのゲームマスターも仕事だろうからもう忘れて差し上げろ。


「あれは文句じゃなくて確認だからさ……チート疑惑で通報あったみたいだから仕方ないとこもあったろ」


 そんな話をしていると教室が目の前に迫っていた。


 ふと、烏さんが話を切り上げるように、


「岩瀬くん、今度私ともPvPしてくれる?」


「いいよ。それならまた《月光うち》に遊び来なよ。そんで――そうだな、主要メンバーで誰が最速で烏さん……マイトに床舐めさせるかみんなでタイムアタックでもするか」


「ええ、私どれだけデスペナ課されるの……?」


「大丈夫、レベル上がった直後なら実質ノーペナだ」


「瀕死決着で遊んであげなよ、もう……」


 からかうように言った俺に、凛子が半眼で俺を睨んでそう言った。

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