第4章 冤罪④

「ねえ、岩瀬くん」


 からすさんが日替わり定食を食べる手を止め、尋ねてくる。ちなみに今日の日替わり定食は生姜焼きだったようだ。美味そうだな……相手が凛子なら気軽に「一口くれ」と言えるのだが。


「うん?」


 さすがに卵焼きと生姜焼き一口はトレードしてもらえないだろうな、などと考えつつ、烏さんの言葉に相槌を返す。


「改めて聞きたいんだけど……《撃震脚》ってそんなに強いの? 魔女殺しの後にノーデス帰還するために取ったんだよね? 私、兄さんに《撃震脚》からの《砕破》コンボは微妙って聞いて取ってないんだけど」


「状況とプレイスタイルによるとしか。まあでも《砕破》コンボが微妙ってお兄さんの判断は正しい――いや、正しいは語弊があるな、同意できるよ」


「そうなの?」


「ちょっとクドい話していいか?」


 俺が尋ねると、烏さんと――ついでに凛子も頷く。俺はそれを見て、じゃあと口を開いた。


「一般的に《撃震脚》からの《砕破》コンボが微妙って評価になりがちなのは、高火力のコンボがあるモンクスキルの中で、ダメージのない《撃震脚》から範囲攻撃とは言えATK補正が300%単発の《砕破》でコンボが完結するからだ」


「でも範囲攻撃が火力低めになるのは普通じゃん」


 ――と、凛子。


「お前モンクのコンボの合計補正知ってて言ってるのか? 烏さんはモンク中心にスキル取ってるって言ってたし、俺が言ってる意味わかるだろう?」


 俺がそう言うと、烏さんはうなずいて凛子に説明するように、


「《瞬打》コンボってあるでしょ?」


「え? うん……えっと、モンクのメインコンボだよね? ルート分岐できるやつ」


「うん、それ。あのね、火力が低い方の《崩撃》ルートで合計3500%……高い方の《奥義》ルートだと5000%まで伸びるんだよ……いくら範囲攻撃でも300%で派生なしっていうのはちょっとね」


 途端に凛子が顔をしかめる。


「――とは言え、《奥義》は前提きつくてスキルポイントが重すぎるから《奥義》ルートを使うやつなんて現状ほとんど居ないんじゃないかな。《崩撃》はまだマシだけどそれでも重い。その分岐前の《五月雨》止めが実践的なんだけど、そこまででも合計で2000%なわけよ」


 と、俺は烏さんの言葉を補足する。


 ――モンクコンボは大変に浪漫溢れるスキル構成である。


 ジャブのような《瞬打》からストレート・ジャブのコンビネーション《閃撃》に連携でき、そこから《アクセルキック》と怒涛の五連突き《五月雨》のどちらかに派生できる。


《アクセルキック》はそこで完結だが、《五月雨》は更に超すごいパンチを放つ《崩撃》か、あるいはモンクの花形にして最強スキル《奥義》に派生できるのだ。


《崩撃》が1500%単発、《奥義》が3000%単発なのでここまで繋げれば相当なダメージを期待できるが――


 しかしこの《奥義》、高火力なだけにこのスキルを放つ為に前準備のスキルが三つ必要で、しかも一度使ったら準備もやり直しの上、『気を練る』ためにDEX依存の詠唱時間が課せられる。その上発動には自分で設定する『奥義の名前』を発声する必要があり――


 ――モンクの高火力スキルは俺にとって魔法スキルと変わらない、と思うのはこのあたりだ。詠唱時間はステータスで短縮できても、『発声』が条件となっているのが厄介極まりない。10F、1Fを奪い合う状況では使えない。


「2000%のコンボスキルがあるのに、二ヒットさせて300%のスキルは火力が出なさすぎ、って思うだろ? 同時に敵10体に当てれば実質3000%で効率いい、って考え方もないわけじゃないけど、これはGvメインの考え方だよな。普通にプレイするなら敵モンスターにそこまで囲まれる状況にはならない」


「そうだね。パーティ前提なんだから――……」


「そういうこと。タンクにタゲ取ってもらって、《五月雨》止めを連打したほうが火力も効率もいい」


 そう締めくくって烏さんの反応を見ると、彼女はうんうんと頷いていた。真面目に聞いてくれるのは話してる俺としちゃまんざらでもないが、食べながら聞いてくれよ。ご飯も生姜焼きも冷めちゃうぞ。


「まとめるとコンボスキルとしてコスパ悪くて低火力。使える場面が限定的――これが《撃震脚》コンボが微妙って言われる理由なんだ。でも、俺はスキルの強弱はフレームで判断するわけ。烏さん、フレームはわかる?」


「うん、ざっくりとだけど――……《ワルプル》は1000FPSだから、1秒間が1000コマで作られてる、ってことだよね。合ってる?」


「それで合ってる。で、コンボスキルって次のコンボに繋げるために特殊ヒットストップが発生するだろ? このヒットストップはフレームで管理されてるんだけど、《撃震脚》は200Fのヒットストップを相手に課すんだ。これは強い。相当強い。正直レベルマにしたときの総合火力が落ちるから取得するつもりはなかったんだけど、魔女殺しからノーデス生還するには必要だった」


 俺がそう説明すると、烏さんはうーんと考えて、


「200Fって、つまり0.2秒だよね? そんなに強い?」


 その問いかけに、俺は「めちゃめちゃ強いと思うよ」と返す。


「厳密には《撃震脚》から《砕破》に派生しなかった場合、《撃震脚》の硬直解けるのに50F待たなきゃならないから、差し引き150F――0.15秒の有利が取れる。つまり《撃震脚》を喰らった奴は全員、俺の前で0.15秒案山子になるってわけだ。結果どうだった?」


「……二人プレイヤー倒してたよね」


「しかもそれだけじゃなくて、インタラプト行動阻害の効果もあるから対象が詠唱中の魔法スキルをキャンセルできる。正直、《砕破》に繋げるためのスキルっていうより、モンクが魔法系の後衛と戦うためのスキルなんじゃないかなって思ってる。これを範囲でばら撒くんだから弱いわけがない」


「《魔女たちの夜ワルプルギス》でもたまにそういう使い方してくるプレイヤーいるよね」


 これは凛子だ。俺はその言葉に頷きつつ、


「クールタイムがあるからヒットストップで一生固めるってのは無理だし、《撃震脚》そのものもSP重いからこれで固めて処理し続けるのも難しい。けど、使いこなせればエグいスキルだと俺は思うね」


 そう締めくくると、烏さんは目をキラキラさせて「なるほど……!」と頷く。


「すごい、コンボ始動技なのに仕様をちゃんと理解して単体のスキルとして使ってるんだ」


「ただ上手く立ち回るだけなら好きなジョブをメインに、サブで魔法系スキルとってさ。そんで魔法スキルを回しながら立ち回る方が安定するし火力もでる。陣営補正も考えてさ……でも、こういうところをちゃんと詰めて行けば近接スキルで魔法スキルと互角に戦えるのが《ワルプル》の楽しいとこだよな」


 俺はそう締めくくった。

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