第4章 冤罪⑥

 月曜に学校でマイトの中の人が烏さんであることを聞いて――


 ――その後、俺は金曜の夜まで《ワルプルギス・オンライン》にログインしなかった。


 正確にはできなかった、が正しい。コソレベリングでの寝不足を解消して、期末テストに向けて試験範囲を確認して、自信のないところをチェックして――


 夏休みから二学期中間テストまでの一日あたりのゲーム時間、そしてアニバーサリーイベントを考えれば、《魔女たちの夜ワルプルギス》直後の一週間を我慢することができる男だ、俺は。


 そして金曜の夜、日曜以来の《ワルプルギス・オンライン》――ログインするとそこはギルドハウスのリビングだった。いや、日曜の『帰れません』の後にみんなでここに戻って解散したので、当然と言えば当然なんだが――


 見慣れたいつものギルドハウス。邪教シスターのラース様もいつもと変わらず可愛い。


 違うのは、主要メンバーがトップランナーなのにプレイ方針が『エンジョイ』のため、柔らかく楽しげな雰囲気のギルド《月光》――その雰囲気だった。


 いつもは楽しげな空気なのだが、どこか陰鬱な雰囲気だ。


 ――というか、主要メンバーが揃ってるじゃねえか。システムクロックを確認すると、時刻は二十一時過ぎ――この時間ならいつもは各々好きなように遊んでいるはずだが、今日は全員がリビングで暗い顔をしている。


 ――おいおい、俺がログインしてない一週間……正味五日でなにがあった。


 お誕生日席で深刻な顔をしている凛子――シトラスに声をかけようとすると、俺のログインに気づいたシトラスの方が先に声をかけてきた。


「――あ、ロック」


「はいはい、ロックさんですよ――なんだこの空気。なんかあった?」


 俺がそう尋ねると。シトラスが俺を真っ直ぐに見て言った。


「うん。ちょっとね……いいとこ来てくれた。今一旦ログアウトして呼びに行くところだった」


「呼びにって、俺をか?」


「うん」


 頷くシトラス。重苦しい雰囲気のロキにアンク、カイ、ナオさん。ラース様だけがニコニコと部屋の隅に佇んでいる。


 まじでなんなんだ、この空気……俺が自分の定位置に座ると、シトラスが口を開き――そして息を飲み、見かねたらしいロキが口を開いた。


「ええか? ジブンが月曜からこっちログインしてへんのはここにいる《月光》メンバーは全員わかっとる。ギルドメニューでログイン状況は確認できるし、フレンドやさかいな。そっちからも確認できる」


「お、おう――睡眠不足とか、期末テストの準備とか――俺、好きにゲームやらせてもらう代わりに、テストでさ」


「すまんなぁ、ロックくん。その話はまた今度にしてもろてええやろか」


 事情を話そうとしたところ、アンクに言葉を遮られる。言葉に棘があるな、おい。


「――いい雰囲気じゃんよ。まるで魔女裁判だな?」


 剣呑な雰囲気を感じて俺がそう言うと、今度はナオさんが口を開いた。


「これが魔女裁判なら、ここにいるあたしたちはロックくんの弁護人だからね」


 いつもたおやかな雰囲気のナオさんまで語勢にピリついたものを感じる。なんとはなしにカイを見ると、目が合った途端にコクコクと頷いた。


「気分が口調に出てしもたかな。ロックくんを責めてるわけじゃないねん、堪忍な」


「……俺が被告でみんなが弁護士ってわけな? 原告と裁判官はどこだよ」


「――検察官じゃなく原告ちゅうのはさすがやな」


「魔女裁判なんだろ?」


 被告に対し原告というのは民事訴訟で、被告人と検察官と呼ばれるのは刑事訴訟だ。魔女裁判というなら断然民事寄りだろう。


「そうじゃなくて――まさに相手が検察官じゃなくて原告だからだよ」


 ――と、カイ。何が言いたいのかいまいち分からないが……


「で、罪状は?」


「トレインPKや」


 雰囲気に苛ついて思わず強めの語勢で尋ねると、俺と同じく苛ついている様子のロキが荒々しく答える。


「……あ? 誰が?」


「だからジブンがや。ジブンにトレインPKされたっちゅうプレイヤーが《月光うち》に文句言うてきとる」


「さっき、ここ二、三日の間にロックさんにPKされたってプレイヤーが数人、自分の所属しているギルド通して《月光》に抗議してきたんだよ」


 ロキの言葉をカイが補足する。


「ここ二、三日? だったら俺じゃねえよ。俺は日曜以来ログインしてない」


「せやから最初にジブンがログインしてないのはわかっとるゆうたやろが!」


「……お願いだから、《月光うち》の中で揉めないで……」


 口調を荒げるロキに対し、シトラスが蚊の鳴くような声で言う。


「……つい声大きなってもうたな。すまんなロック。シトラスも」


「オーケー、俺も事情わかんないわこの空気だわで態度悪かったよな。改める。お互い冷静に行こう」


 素直に非を詫びるロキに俺はそう答えるが――しかし胸中穏やかではいられない。


 俺が、トレインPKだと?


「――俺がログインしてないって証言はしてくれたんだろ? それで終わりじゃね?」


「言ったよ。あたしらみんな。身内の証言はアテならないって聞き入れてもらえなかったけど」


「……プレイヤーネームとギルドは控えてるか? 俺が直接行って話つけてやるよ」


「それは悪手やろね」


 ナオさんの言葉にそう返すと、今度はアンクがそう言って俺にメッセージを送ってきた。内容はゲーム内の画面キャプチャで――それは俺っぽく見えるプレイヤーがモンスターを何体も引き連れて他プレイヤーの背後に迫る画像だった。


 俺っぽい――とは言葉の通りだ。顔のアップが写っていないので『俺』と断定できないものの、俺を知っているプレイヤーなら俺だと思ってしまうだろう。そんなアバターだった。体格に、黒を基調としたアサシン装備――


 ご丁寧に、別アングルで何枚かある。そのまま俺っぽく見えるプレイヤーが離脱し、他のプレイヤーにモンスターが襲いかかる画像も。


 ゲーム内で視覚映像をキャプチャするとこのように画像としてスクショとして残せる。これにはゲーム内でいつ撮影されたかタイムスタンプが押される。日付は確かに今週のものだが。


 俺はこんなことをしていない。


「――言うまでもなくニセモンや。それもニセモンとわかってる俺らでもぱっと見この画像のプレイヤーを一瞬ジブンと思てまうほど出来のええやつや」


 苛立たしげに――それでも声のトーンを落とし、ロキが言う。


「合成画像か――そうやなかったらロックくんの偽物がいる言うことや。実際どっちやろな? 僕は技術系のオタクやないからわからへんけど、CGの類をかじってればここまで本物っぽい合成画像が作れるんやろか」


「……画像は本物だな。装備真似して雰囲気寄せてるんだろ。顔のアップを撮ってないのが小賢しいな」


 俺はその画像を凝視しながら答えた。俺の《神眼》は1ミリ秒を見切ることはできても、画像の真贋を見分けることはできない。それでも数多のゲーム経験からこの画像が作られたCGでないことはわかる。


「――つまり、ジブンの偽者があらわれたっちゅーわけか」

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