第20話 野暮用と温かい石

 日はすっかり沈んでしまい、夜の闇が辺りを覆っている。

 宿の敷地から外へ出ると、篝火の明かりが届かないところは真っ暗闇で、誰かがいても気付かないだろう。


(えっと……宿の近くに6人と、ちょっと離れたところに5人ね)


 さすがに敷地内に侵入してくるようなことはなかったが、宿に着いてからもロザリアとエイミーに向けられていた粘着質な視線は消えていなかった。


(よしっ!遠いところから順番に片付けていくか!)


 拳を手のひらに打ち付けて気合いを入れる。

 ルカが言っていた”野暮用”というのは、主人であるロザリアとエイミーに不躾な視線を向けてくるやつらを懲らしめることだった。


 ロザリアもエイミーも、2人揃って上級冒険者ということで知名度も素性も他の女性冒険者より広まっている。


 顔も知っている。

 名前も知っている。

 知らないのは、己がどれだけ好きなのかということだけ。


 なんていう考え方をするやつらが毎日のように湧いてくるのが、彼女たちの日常だ。


(僕だってこんなこと知りたくなかったっての!)


 なにが悲しくて、主人を付け狙う男たちの邪な心理を理解しなくてはいけない。

 気持ちがわからないとは言えなくもないが、常識的に考えて『ナシ』だということは理解できないものなのか。

 これでも妹と弟を持つ兄であるルカは、ロザリアの状況を家族に当てはめて怒りで体を震わせる。


「許せるわけないだろうが……!」


 吐き捨てて、拳を握りしめた。

 ロザリアは家族ではないけれど、恩人でもあり、形だけとはいえ婚約者でもある。

 その関係を汚されている気がして、余計にやつらのことを許すことができなかった。


 それに、これはやつらのためでもある。

 ロザリアに直接告白してくる命知らずはずいぶんと見かけなくなったが、それでもいないわけじゃない。

 そういうやつは今まで通り、半殺しの目に遭っている。

 耐久性の無駄遣いともいえる男性冒険者が相手だから許される行いだが、地方の都市に行くとそれだけでは済まない。

 冒険者ではない一般人も、稀に告白という命を捨てる行為をしてくるからだ。


(ある意味、中央の街より大変なんだよな)


 下級冒険者としてずっと生きてきたからか、ルカは生き残るために気配の察知が得意にならざるを得なかった。

 魔物の気配がわかるように、同業者かそうでないかぐらいの見分けは簡単につく。

 今、補足している11人の中には、冒険者が8人と一般人が3人いる。

 酷い時は、半分以上が一般人であることがあって、今回はまだ少ない部類だ。


「怪我はさせないように……がんばるぞ」


 こうやって確認しておかないと、際限なく傷つけることができる暴力性を持っていることをルカは自覚している。

 守るための行為だという一線を越えないためには必要なことだった。


■■■■■


 息を潜めているのだろうが、こっちは冒険者になって6年間生き残ってきた。

 一般人の考える隠れ方程度では、背後から近付くことは朝飯前だった。


「はい、そこまでだよ」


「うわっ!」


「ひっ!」


 魔力を流せば光が灯る石を掲げて言えば、隠れていた若者2人が飛び上がった。

 逃げ出さないように服の裾を踏みつけ、もう1人は空いた手で襟首を掴む。

 じたばたと暴れるが、こんなもので逃げられるようではスライムの捕獲だってできない。


「君たち、ダンデラの街の子たちだろう?うちの主人とその友人に、何の用があるのかな?」


 ルカの言ったことを理解したのか、まだ逃げようともがいている。

 ため息を吐き出したルカは、光源になっていた石をポーチにしまって暗闇を作り出した。

 そして、腰に下げた剣をわざと音が鳴るように抜いて言った。


「暗闇で手元が狂ってもごめんな。たぶん痛いと思うけど、治癒魔法は得意だから任せてくれ!じゃ、いくぞ〜」


 場違いに明るい声で言えば、ぴゃっと小さな悲鳴が聴こえて若者たちがおとなしくなった。

 それで肌で感じ取って、すぐに明かりを灯す。

 地面に座り込んで震えながら抱き合っている若者たちの顔を照らして、ニコリと笑った。


「申し開きがあるなら受け付けるが、どうする?」


 若者2人は土下座せんばかりに謝ってきて、口々に「出来心だった」とか「お近づきになりたかった」とか言っていた。

 ”野暮用”をするようになってから、何百回と聞いてきた文言だ。


「君たちの顔は覚えた、あと気配も。二度と変な気は起こすな。次は見逃さない」


「はいぃ!」


「もちろんです!」


 ぶんぶんと首を縦に振る若者たちを解放してあげる。

 足をもつれさせながら逃げていく姿をずっと見つめていた。


 一般人の相手をすることを考えると、冒険者はかなり楽だと言える。

 耐久性はあるから多少の無茶は可能だし、なにより傷つくことに慣れている。

 心構えができていない相手を痛めつける趣味はないが、慣れた相手であればお互いに割り切って戦うことができた。


「これで11人目……ギルドで見かけたやつがほとんどだったぞ、この野郎!」


 悪態を吐きながら、屋根に引っかかるようになっている男を見る。

 最近覚えた拘束魔法で捕らえた冒険者の男は、気を失っていて動かない。

 宿の正面にある建物の屋根の上で、ルカは上がった息を整えていた。


 最後の1人の潜伏先が、ロザリアたちがいる部屋の向かい側の家の屋根上だった。

 騒ぎを起こせば、確実に彼女たちに見つかる。

 明かりが漏れる窓から見える部屋の中には、楽しそうに盛り上がっている2人がいた。


■■■■■


「1杯だけだって言ったのに……二日酔いになっても知らないからな」


 上級冒険者だとか、顔も知らない男たちに狙われるだとかを気にせず、ロザリアが純粋に楽しんでいる様子を遠くから見ていた。

 一瞬、窓の向こうに視線を向けた彼女と目が合った気がしたけど、すぐに隠れたので見つかっていないはずだ。


(危っねぇ……!)


 ルカが野暮用だといって1人で外出するのは、今に始まったことではない。

 ある程度の人が暮らす街に滞在することになれば、毎回行っていることだった。

 目的は情報収集だったり、地形の把握だったりと様々だが、一番はロザリアの憂いを排除するためだ。


(最近じゃわかってて放置されてる気がするんだよな。まあ、怒られないならいいや)


 やめろと言われない限り、やれるだけのことはやると決めていた。

 一種の気分転換にもなっていて、昼間の落ち込んだ気持ちも少しはまともに戻っていた。


「さてと、あとはこいつをギルドに届けないとな」


 よっと肩に担ぎ上げて、ルカは屋根から身軽に飛び降りた。


 冒険者同士の私闘は特に禁止されておらず、諍いに発展した場合はギルドが裁量権を持つ。

 一般人は逃がして冒険者は捕らえるのにはこのことが関係していた。

 ギルドからの資格停止の通達は、冒険者にとって死の宣告に等しい。


 だから、荒くれ者がほとんどの冒険者たちが、ギルドの言うことには素直に従う。

 お金や権力では靡かない彼らを従わせる方法としては、考えるまでもなく最善の手段だった。


 昼間のうちに覚えたギルドまでの道のりを辿りながら、ルカの耳はコトンッという何か落ちる音を拾った。


「ん?」


 明かりを灯す石を前後左右に向けてみれば、足下に半透明な石が落ちていた。

 その石を目にした途端、感じた強烈な魔物の気配。

 反射的に飛びすさったルカは、半透明な石を睨み付ける。


(こんな近くにあって、どうして気付かなかった!?)


 自分自身の感覚を疑ってしまうが、今の今まで魔物の気配は毛ほどもなかった。

 こんな、体中で感じるような強いものを見逃すわけがない。

 そこまで考えて、頭をよぎったのはこの街へ来た本来の目的だ。


『人工魔物』


 文字通り、人工的に魔物を生み出すその技術を調査するために、わざわざこの街へやって来た。

 慎重に近付いて、半透明な石に触れる。

 持った感触は普通の石と変わらないが、人肌のような妙な温もりがあった。

 ポケットに物を入れた時のように体温が移ったのかと思ったが、握ってみると違うことがわかる。

 石自体が発熱しているのだ。

 これは、おかしな気配のする石というだけじゃない。


「ロザリアたちに報告しないと!」


 宿に向かいそうになった足は、肩に担いでいた迷惑冒険者を思い出して止まる。

 まずはギルドへ行かねばならない。

 これで送り届けるのは8人目。

 それに、あまり外出したままだとロザリアたちが探しに来るかもしれない。

 急げ!と己に言い聞かせたルカは、極力音を立てないように全速力でギルドへと走って行った。 

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