第21話 親戚
ギルドへ行く途中で拾った妙に温かい石は、布にくるんでポーチに入れていた。
迷惑冒険者を預けてすぐに宿へと戻れば、ロザリアもエイミーもすっかり酔っ払っていた。
「遅かったか……」
額を押さえてルカは言うが、なんとなくこうなっている気はしていた。
窓から見えただけであの盛り上がり方だったのだ。
酒瓶を抱えてソファに丸まるエイミーの近くには、床に丸まって眠っているロザリアがいる。
「2人とも起きてください!夕食まだでしょ!?せめて軽く食べて寝てください!」
空っぽの酒瓶を片付けながら、ルカは2人を起こそうと奮闘する。
ロザリアが酔っ払うのはこれが初めてではないが、エイミーまでもがこうなるとは予想していなかった。
「うっ……」
「喉乾いた……」
呻きながら起きてきた2人は、さっきまで野暮用で追い払ってきた男たちが見れば喜ぶであろうかなり無防備な格好になっている。
極力見ないように目線を逸らしながら、手早く着替えを放り投げていった。
「水はここに置いておきますから!足下ふらついていないなら、順番にシャワー浴びてきてください。お腹減ってますよね?」
「なにか食べたい……」
「はいはい。魚の丸焼きは明日ですよ。軽く食べられるものを作っておくので、ちゃんと食べて寝るように!」
起きてすぐに空腹を訴えるロザリアは相変わらずだ。
のろのろと動き出すのを見ながら、部屋の惨状を少しでもまともになるように整える。
こういうことばかり得意になっていく自分が、一体何になりたいのだろうと考えてしまう瞬間があった。
ルカは思考を遥か彼方へ飛ばしそうになったところで、頭を振って余計なものを追い払う。
「そういえば、野暮用は終わったの?」
風呂場へとロザリアが消えた瞬間、それまで半分寝ていたエイミーが近寄ってくる。
しっかりした足取りと口調から、さっきまでの様子は演技だったのかとげんなりした気持ちで振り返った。
「終わりましたよ、つつがなく」
「ギルドがいくら私闘を禁止していないとはいえ、あまりやりすぎると処罰の対象になるでしょうね」
「……あの人の苦労を放置している時点で、ギルドへの信用なんてないですよ」
ルカがバーカウンターの上を片付けながら言えば、「手厳しいわね」と少しも思っていない声音で言っていた。
「真面目な話よ。ロザリアに付きまとうやつらをどうするかということは、ギルドでも議題に上ったことがあるわ。具体策を考えている間に、君がそばにいるようになった。それで勝手に自衛しだしたものだから、ギルドも見て見ぬ振りをしているというわけ」
「止めないなら、それで結構です。僕は降りかかる火の粉を払っているだけ。ギルドが火の粉の発生元だと思えば、それ以上の火力で燃やしてやりますよ」
真顔で乾いた笑みを見せれば、じっと見ていたエイミーはバースツールに腰掛けて頬杖をついていた。
「そこまであの子のことが大事なら、そういう態度でいればいいんじゃないの?」
「どういう態度のことでしょう?好きだと言い続けるとか?周りを威嚇しろとか?命令ならやりますが、僕の役割じゃない」
「どうして?」
「僕はあの人に体も魂も渡してある。どう使われても文句はないけど、心まではあげていません」
主人として敬ったり、世話を焼いたりはする。
だけど、そこに愛情があるかと言われたらたぶん違うだろう。
あくまでも、契約している関係だから。
ルカはその線引きだけは、頑なに守っていた。
■■■■■
酒飲み2人に作った軽食を夕食にして、ルカも仮眠を取ってきた。
翌朝、ロザリアの部屋を訪ねると揃ってしっかりと身支度を整えた状態で出迎えられた。
「おはようございます。二日酔いにはなっていないみたいで安心しました」
「当たり前じゃない!あのくらいで酔わないわよ!」
エイミーが豪快に笑っている横で、少しばつが悪そうにしているロザリアがいる。
「ずいぶんとたくさん飲んでいたようですね……1杯だけって言ったのに」
「だから、悪かったわよ!」
「悪いと思っているなら自制してください」
子どもっぽく歯噛みする彼女を置いて、ルカは部屋の中へ入る。
ソファの前にあるテーブルの上に、回収した半透明の石を包みごと載せた。
「お二人の意見も聞かせてください。この石、おかしいですよね?」
ルカの手元を見ていたロザリアとエイミーだったが、石が目に入った途端顔を強ばらせる。
その反応に、自分の感覚は間違っていなかったと確信した。
「認識した瞬間に気配を感じること。これはある魔物の特性とよく似ています」
「スケルトンリザードのことね。あの魔物は体が透明になる。それだけじゃなくて、匂いも気配も完全に遮断することができるわ」
「でも、頭の角だけは消えないからすぐに見つけられるでしょ?スケルトンリザードの核がどうしたの?」
エイミーの疑問に、ルカは包みに載せたままの石を持ち上げて手渡した。
「核は通常、温度を発しない。核で温度を感じるのは、今のところ5種類の魔物だけ。その中にスケルトンリザードは含まれていません」
「では、これは……?」
「おそらく、スケルトンリザードと他の魔物の核は混ざったものです。人工魔物ってこのことではありませんか?」
ルカの頭の中にあっただけの仮説を言えば、半透明の石を見るロザリアとエイミーの顔つきが上級冒険者のものに変わっていた。
「どこで見つけたの」
「拾った状況は割愛しますが、冒険者の男の持ち物だったと思います。その男の身元をギルドで聞いたところ、ダンデラの街の住人だったと判明しました」
野暮用で片付けた8人目の冒険者の身元が気になって、ギルドで調べていた。
ルカが下級冒険者だとわかると門前払いされそうになったが、ロザリアの名前と右手の痣を見せればすぐに閲覧できた。
「名前はロッド・クレメンツ。中級冒険者になって10年で、現在30歳。ダンデラの街から一度も出たことがないらしく、冒険者としての活動もこの街の近辺がほとんどです」
「その男の持ち物だという証拠は?」
「残念ながらありません。ですが、この男の親戚に面白い人物がいました」
ルカはそう言って、懐に入れていた紙を広げる。
見えやすいようにテーブルに置くと、複写された貴族の家紋を指で叩いた。
「シーブルの街のギルドにあったとされる匿名のタレコミですが、貴族が研究に関わっているという話でした。その貴族の名は『エマーソン家』。冒険者の男の祖父が、この家の出身です」
この情報があったから、ルカもこの半透明で温かい石が人工魔物と関係があると思うことができた。
上級冒険者の2人の意見は、と顔を上げると悩んでいるような難しい表情になっていた。
■■■■■
ルカにしてみれば、なぜ悩むのかがわからなかった。
ここまでの情報が集まっていて、明らかに通常とは異なる証拠品もある。
人工魔物を研究する理由や活用方法などわからない部分も多いが、それは犯人に聞けばいいことだ。
「これで犯人は決まったも同然でしょ?なんで悩んでいるんですか」
素直に口に出せば、顔を見合わせたロザリアとエイミーはなおも複雑な表情のままだ。
「正義は我にあり。その気持ちで行動すれば、痛い目を見るのはルカの方よ」
「なんでですか!?だって、親戚ですよ?関係があると考えるものじゃないですか!」
冒険者が人工魔物に手を出す。
それ自体が、所属しているギルドの方針と真っ向から対立する。
許してしまえば、これまで守ってきたものがすべて崩れ去る危険性があった。
「……親戚だというだけで処分の対象にしていたら、私はどうなるのでしょうね」
ロザリアがそんなことを言うから、今度はルカが首を傾げる番だった。
「エイミーには事情を説明してあるから言うけれど、私の父親は貴族の出身。その貴族は戦闘狂いと名高いヴァローネ家。下級冒険者の頃はとにかく目の敵にされたわ。全員返り討ちにしたけど」
「ちがっ……!僕はそういう意味で言ったんじゃなくて……」
「言っていなかったから仕方ないわ。ルカの考え方で処分するなら、私も同じ目に遭うのかしら」
熱くなっていたルカの頭の中は、氷水をかけられたように冷えていく。
親戚だから犯人だと決めつけたことを、すぐに否定できなかった。
「まだ時間はあるわ。ルカの情報も考えておく。今日はダンデラの街で聞き込みよ。わかったわね?」
「はい……」
派手に怒られた方がここまで落ち込まなかっただろう。
常に疑われる立場だった自分がそうじゃなくなった途端に、相手を同じように見ているなんて気付きたくなかった。
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