18. 先生のマーキング

 先生が好き。先生が好き。先生が好き。


 私が与えるものに、先生が反応してくれる。そんなことが、死ぬほど嬉しい。このまま、先生の血を吸い尽くしてしまいたい。


「ティナ、もう十分だ。離しなさい」


 しばらくして、息を吐き出すように、先生がそう言った。我に返ってそっと口を離すと、先生の浅黒い肌にくっきりと血の色が浮き出ていた。


 これは絶対に次第点だと思う!


「先生! 見てください。上手にできたわ! 合格ですか?」


 嬉しくなって、私は先生を見上げた。きっと先生も満足してるはず! それなのに、先生の顔をきちんと見る前に、先生の両手が私の頬を包んだ。そして、あっという間に唇が塞がれた。


 息もつけない深く激しいキスに、力が抜けてしまう。自分の体を支えられなくなって、夢中で先生の首にすがりついた。

 それを合図に、先生の唇は私の唇から離れ、そのまま首筋を這っていった。そして、それが鎖骨の辺りに達したとき、鋭い痛みが走った。


 その痛みが、一瞬で私を覚醒させた。キスマークだ。先生は私の肌を吸っている!


 その事実だけで、私はまた甘い疼きに身悶えた。体が自然に震えて、変な声が出てしまう。これは何? こんなの知らない。


 未知の体験に覚えた僅かな不安を消したくて、私は先生の頭をかき抱いた。指を先生の髪に差し入れると、指先に触れる地肌に熱を感じる。


 もうダメ。私がどこかに行ってしまう! いつまで正気を保てるか分からない。


 そう思ったとき、先生は急に私から離れた。なぜやめちゃうの? 気を失ってもいいから、もっと先生に触れて欲しかったのに。


「先生、どうして?」


「君のキスマークは大成功だったよ。思わずつけ返したいという衝動に駆られた」


「それは、ただそうしたくなったってことですか? 愛の行為……」


 先生は立ち上がって、私に背を向けた。


「これは講義だ。ただの指南。そこに恋愛感情はない。そういう感情があるなら、師弟関係は崩壊する」


「……はい、すみません。ご指導ありがとうございました」


 そう言うしかない。先生は私を好きじゃないし、私は先生を好きなことを隠している。バレているとは思うけど。でも、そこはハッキリさせちゃいけないところだ。このまま一緒にいるためには、グレーエリアにしておく必要がある。


「もう遅い。部屋まで送って行こう」


 ソファーから私を立たせて、先生は帰るように促した。今夜も先生を誘惑できなかった。いくら頑張ってみても、ちっとも恋愛エキスパートになんてなれやしない。


「ねえ、先生。先生はどんな女性が好きなんですか?」


「僕は、女性は誰でも好きだよ」


「えっ! じゃあ、来るもの拒まず? 私も好き?」


 調子に乗ってそう言うと、案の定、ピシャリと否定された。


「ティナはまだ未成年だろう。女性じゃなく女の子だ。僕の守備範囲は十八歳以上だよ。ティナに食指は動かない」


「えー、オジサンは若ければ若いほどいいんじゃないの?」


 恋愛対象外と言われた腹いせに、ちょっと嫌味を言ってみた。


「僕はロリコンじゃないよ。処女信仰も持っていない。成熟した女性との気軽な付き合いが好きなんだ」


 これは戦力外通告だった。もうため息しか出ない。未成年未経験じゃ、先生に相手にしてもらえないんだ。


「そっか、じゃあ、私もちゃっちゃと処女を捨てちゃおうかな。誰か適当に……」


 途中まで言いかけたところで、先生に手首をグッと掴まれた。何? どうしたの?


「ティナ、自分を安売りするんじゃないぞ。体を許すなら、本当に愛した相手だけにしなさい。君なら必ずそういう相手に巡り会える」


 それは先生です。私が本当に愛しているのは、先生なんです。その先生がそんなこと言うのは酷い。だって、先生は私を愛してくれない。


「先生、痛い」


 私がそう言うと、先生は慌てて手を離した。驚いたことに、私の手首には先生の指の跡がくっきりと残っていた。


「すまない。力を入れすぎたようだ」


 先生はそう言うと、私の手首に口づけた。鋭い痛みが走る。またキスマークをつけるの? どうして。好きでもないのに、 どうしてこんなことするの?


「先生、キスマークってマーキングみたい。なんか俺のものって主張されてる感じ」


 こんな風にされたら、期待してしまう。もしかしたら、私にもチャンスがあるかもしれないって。


「君は男を分かっていない。とても危なっかしいから、こうして悪い虫除けをしているんだよ」


 動揺する気配さえない。やっぱり気のせいだったのかな。先生はドアの前まで送ってくれただけで、寝室の中には入って来なかった。やっぱり今夜も不発に終わったのだ。


 ガッカリしたまま、何気なく鏡を見て、私は驚いた。鎖骨だけじゃなくて、首筋にもしっかりと先生が吸った跡が残っていた。こんな目立つところに!


 私は赤くなる頬を手で包んで、胸の鼓動が収まるのを待った。


 先生に触れられた体が、ものすごく愛しく感じて、私は自分の腕で自分の体をギュッと抱きしめたのだった。 

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