17. 恋愛指南【キスマークの付け方】

 昼間に大学のある街で、先生は私のお願いを聞いてくれると約束してくれた。私のお願いはもちろん指南! このチャンスは逃しません。


「変ね。ちっとも跡がつかないわ」

 

 自分の肘の内側にキスマークをつける。これが最初の課題。私がお願いして始まった指南なのに、ちっとも上手くできない。なんでこんなに難しいの?


「吸い方が足りないんだろう。少し噛んでから吸ってごらん」


 様子を見ていた先生が、そうアドバイスしてくれた。やってみたけど、うっすらと赤くなるだけ。鬱血痕には程遠い。


「ダメだわ。こんなんじゃ、全然、情熱が感じられない。愛が足りないと思われちゃう」


「ティナ、愛の行為というのは、人に見せるための技じゃない。完璧を求める必要はないんだよ」


「分かってます。でも、やり方が分からなかったら、したくなってもできないでしょう?」


「まあ、そうだな。だが、拙い技が逆に男を喜ばせることもある。あまりムキになって練習しなくていい」


「そういうものなんですか? 男心って複雑なのね」

「不可解なのは女心だろう。男はもっと単純だよ。どんな印だろうと、愛した女が自分に夢中になって残したものなら、それだけでたぎるものなんだ」


「こんな難しいこと、無意識ではできないと思うけど」


「できるできないじゃない。ただ、そうしたくなるんだよ。それが閨の真髄だ」


 うーん。分かったような分からないような。先生に愛してもらえたら、私も思わずキスマークをつけちゃうのかなあ。でも、つかないよね、ちっとも。


「先生、ちょっとお手本を見せて? 実演と実物を見たいの」


 キスマークは、お母様とエディスの首筋にチラッと見かけたことがある。じっくり見ることはさすがに出来なかったけれど、真紅の薔薇の花びらのように鮮やかで、お父様とお兄様の愛の深さを垣間見た。


 先生も女性にああいう跡を残すんだろうか。その情の深さの証として。


「仕方ないな、一回だけだぞ」


 先生はそういうと、自分のシャツの腕をまくった。え、それは私の意味したこととは違う!


「ダメダメ。見ただけじゃ分からないわ。私の腕につけて!」


 そう言って、私が自分の腕を差し出すと、先生は一瞬固まった。


「ティナ、君はいつも大胆だね。オジサンに肌を吸わせる気かい?」


「先生はオジサンじゃなくて、師匠でしょう。指南役なんだから、出し惜しみするのはなし。契約違反よ」


「まいったな」


 そう言いながらも、先生は私の腕をとった。傷一つない滑らかな肌に、一箇所だけ私が自分でつけた跡がピンクになっていた。


 自分で頼んでおきながら、先生に腕を触られただけで、体中がカッと熱くなった。その熱で、ピンクの印が少しだけ濃くなった気がする。


「じゃあ、つけるよ。力加減をよく覚えておきなさい」


 私の体が火照ったことは言及せず、先生はピンクの印に口をつけた。


「ぅあっ」


 間接キスだと思った瞬間、肌に刺した強い痛みに、変な声が出てしまった。ウソ!

 こんなに強く吸うの?


 先生が吸う場所に全身の血が集まって行くようだった。きっと吸血鬼に血を吸われると、こんな感じなんだと思う。こんなに淫らな喜びを呼び起こされるなら、乙女も喜んで血を捧げてしまうだろう。


 しばらくして、先生の唇が離れたときには、私はすっかり蕩けていた。先生はそんな私のほうは見ずに、自分がつけた印を検分していた。


「ティナは柔らかいから、綺麗に鬱血痕が付くね。このお手本を参考にして、自分でやってごらん」


 私はなぜか猛烈に恥ずかしくなって、先生に顔を見せないようにして、反対側の腕に口をつけた。実演サンプルで感じてしまったなんて、バレたら恥ずかし過ぎる!


 先生ほど強くは吸えなかったけれど、それなりの吸引に痛みを感じる。ただし、先生にしてもらったときのような、湧き上がる快感はない。


「まだまだ、だな」


 私がつけた跡は、さっきよりも輪郭がはっきりして、色も濃かった。それなのに、先生はあっさりとダメ出しした。


「え、どうして? 割と上手くできたでしょ? これならキスマークとして十分認識できるわ」


 私が反論すると、先生は私の腕を取って、そのキスマークを親指で撫でた。それだけのことなのに、血が沸騰寸前に! 今度も紅色が強くなってしまったので、もう隠しようがない。


「男と女では、肌の弾力が違う。脂肪じゃなくて筋肉となると、ずっと吸い付きにくい。ティナでこの色じゃ、男の肌には付かないよ」


 そういうものなんだ。男性の体になんて触ったこともない。そんなに硬いの?


「じゃあ、先生の腕で試させて! 」


 冗談で先生の腕を取って、その鍛えた筋肉に口をつけたとき、先生の体温が明らかに上がったのを感じた。先生が私に触られて熱くなった! 単なる男の生理現象かもしれないけれど、この熱を逃したくない。


 私は先生の腕を噛んで、強く吸った。先生が小さく漏らした呻きを聞いて、私も体全体が疼いた。

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