第9話 デッキ相性

 自分を見つめ直すきっかけを得たごう

 すぐるのヒントによりひらめきを得た花織。

 みなそれぞれ、着実な一歩を踏み出した。


 その夜。

 明日に向けてデッキを作成する花織とごう

 違う空間にありながら、似通にかよる二つのデッキ。

 これは偶然ぐうぜんではなく必然。

 なぜなら、元を辿たどれば一つだからだ。

 すぐると隣町の男子が明日使ってくるデッキは、どちらもごうを倒すべく作られた専用構築。

 そう、全てはごうのデッキを出発点として対策メタが回っている。

 対策メタをさらに対策メタった行き着く先が、おのずと似るのは当然。


 新たなデッキとは、こうして生まれる。


 花織もごうも順調にカードを選び、どんどんデッキの完成へと近づいてゆく。

 そして約十分後、両者はデッキを組み終えた。

 ホッと一安心し、表情をゆるめる花織。

 明日を楽しみに獰猛どうもうみを浮かべるごう

 それぞれの思いを胸に、二人は眠りについた。


 そして翌日。

 ごうは再び隣町のカードショップを訪れ、入口に立つと口角を釣り上げた。

 すぐにはそのドアを開けず、勝利のイメージをみしめる。

 高鳴る鼓動こどうき上がる闘志とうしへ存分にひたったのち、ようやくそのドアをゆっくりと開けた。


 店内の視線が一斉いっせいごうへと注がれる。

 客は一か所に固まっており、その全員が昨日の問題児の信者。


 異様な静寂せいじゃくの中、ごうは不敵なみと共にゆっくりと標的に歩みる。

 一歩ずつるその姿は、まるで獲物えものねらけもののよう。

 たった一人で物怖ものおじせず向かってくる彼に、人数でまさる信者たちが怖気おじけづき後退あとずさる。


 そうしてまっすぐに標的の向かい側へと着いたごうは、この上なく嫌味たらしくニヤリと笑った。


「よぉ……。うわさが入ってきたんで、わざわざ出向いてやったぜ? このごう様と戦いたいんだって?」


 開口一番、挑発ちょうはつをかましてゆく。

 対し、相手は苦笑を返した。


「白々しいことを……。昨日、来ていただろう? 逃げたのか?」


 一見すると、ただのあおり。

 だが、単なる前哨戦ぜんしょうせんに見えて、実はすでに始まっている水面下のけ引き。

 相手は探ろうとしている。

 どこまでごうさとられたのかを。

 対策されていないか確認するためのさぶり、つまりはかまをかけている。

 だが、ごうが動じるはずもない。

 あおり合いは彼の得意とする分野だ。


「あー、悪かったな。急に帰ってこいって言われてさ。そんなに待ち遠しかったのか。そりゃあ悪いことをしたな。その分たっぷり地獄じごくを味わわせてやるよ」


 高飛車なごうの態度に、相手は再び苦笑する。


「変だな。どこぞの誰かに負かされて落ちんでると聞いたんだが……。行きつけのカードショップに顔を出さなくなるくらいに」

「ああん? 何だそのガセネタ。このごう様が負けた? 誰に? が負けたことは今まで一度もねえよ。お前にも今から骨のずいまで理解させてやる!」

「そうか。じゃあ早速バトルしようか」

「ああ、そうだな……」


 堂々とした受け答えにより、信じませることに成功したごう

 相手はそうとも知らず、デッキをシャッフルし山札の位置に置いた。

 それを見届けた上で、ごうがニタニタ笑い出す。


傑作けっさくだよ、お前。記念に名前を教えてくれよ」

じん、とでも呼んでくれ。もうすぐオレの物になる名前だ。お前を倒したら、次はそいつを倒しに向かう。その時に名を奪うつもりだが、今の内から名乗ってもおかしくないだろう」

「お前が思ってる以上におかしいから安心しろ。最高に面白いジョークだと思うぜ? 偽神にせじんさんよぉ……!」


 あおごう

 いまみずからの危機に気付いていない相手。

 そして先攻後攻が決まり、ゲームが始まった。


 ごうの1ターン目。


「さてと、それじゃあまずは天界の修道女を召喚しょうかんするぜ」

「ッ!? 何だと!?」


 最初に場へ出されたカードを目にし、相手の表情が激変した。

 その向かい側には腹を抱えて笑うごう

 全てをさとった相手が顔を真っ赤にする。


だましたな!? こんなの無効試合だ!」

「バカ言ってんじゃねえよ! 勝負はもう始まってんだ。それに、一体何がおかしいんだよ? バトルを始める前から相手のデッキがわかるわけねえだろ」


 ごうの反論にぐうのも出ない相手。

 そこへごうはさらに追撃の嘲笑ちょうしょうを加える。


「戦いの嗅覚きゅうかく麻痺まひしてんじゃねえの? 相手の言動から察知できなかったお前が悪い。このごう様が一枚上手うわてで、獲物えものを確実に仕留しとめた。それだけだ。真剣勝負で甘えたこと言ってんじゃねえよ!」


 罵声ばせいもどこか正論のにおいをかもし出す。

 論破された相手は小さくうめくことしかできない。

 当然、バトルもごうのペースで進んでゆく。


悪戯いたずらなエルフを召喚しょうかん!」

「させるか! カウンター発動、ネゲイション!」


 必死に抵抗する相手。

 だが、速度で完全に負けている。

 しかも、事あるごとに飛んでくるごうあおり。


「残念だったなあ? 本当だったらそのカウンターで、このごう様の切り札を対処したかっただろうに。そうすればお前はたった2コストで6コスト以上のカードを封殺できたはずだったのになあ? なのにこっちのカードの方がコストが軽いなんて、皮肉なもんだぜ!」


 響く高笑い。

 終始、この調子。

 言うまでもなく、ごうの勝利で幕を閉じた。

 同じころに花織も無事に課題をクリアしたが、それはごうが知るよしもない。

 彼はただ、今この瞬間しゅんかんの勝利に酔いしれている。

 と、その対面で相手が突然笑い出した。


「……いや、これでいい。オレの言った通りだ! これではっきりした。やっぱりカードゲームなんてただのじゃんけん。下らない。相性のいいデッキが勝つ、それだけだ!」


 負け惜しみを連ねる相手。

 ごうはその様子にあきれ、さっさとデッキを片付けるときびすを返した。

 そして、振り向きざまにあわれみの視線を送り……。


「いつか本物の化け物が目の前に現れるぜ。気をつけな?」


 と、別れの挨拶あいさつ代わりに苦笑を添えた。

 もちろん、その化け物とはすぐるを指す。

 が、ここにいる人には伝わるはずもない。


 去り行くごうを信者が追おうとするも、敗北した対戦相手が制止する。


「放っておけ。むしろ、オレの考えに間違いがなかったと証明してくれたようなものだ。感謝したいくらいだね」


 そう吐き捨て、無理やり自分を納得させた。




 ――と、ここまでがこの日の出来事。

 そして、ここからは少し先の日の話。

 何のめぐり合わせなのか、本物のじんがそのカードショップへと来店した。

 そして、じんかたったあの男子に向かい、声をかける。


「ちょっといい? すぐる君っていう人、知らない? その人に伝えてほしいことがあるんだけど……」

「何だいきなり? オレを誰だと思って……。 ん? お前は……」


 男子はその容姿を見てすぐに気付いた。

 かたまでの白い髪、悲しげな青い目。

 この特徴からピンと来ないゲーマーはいない。

 じんへと向けた視線がおのずとキツくなる。


「誰かと思えば、お前あの天才と名高いじんだろ? オレを差し置いてそのすぐるって奴に用とはな……」


 機嫌を損ねる男子。

 しかしその直後、不意にその口元がゆがんだ。


丁度ちょうどいい。オレに勝てたらすぐるとやらに伝言してやるよ。お前が負けたら、オレはじんの名をいただく」


 横暴な提案をされ、じんは困った表情を浮かべる。


「悪いんだけど、これ本名なんだよね……」

「そんなことはどうでもいい。最早もはやお前の名は称号と同じなんだよ。それとも何だ? 負けるのが怖いか?」


 その挑発ちょうはつに、じん溜息ためいきく。


「怖いのは勝つ方なんだけどな……」

「はあ? 何を言ってるんだか……。勝つのが怖い奴なんているかよ。しかもお前、相手のデッキを盗み見て勝ってるくせに……」

「何か勘違いしているようだね。いいよ、僕が使うデッキは先に中身を見せてあげる。それなら文句ない?」


 じんの申し出にその場にいる全員が笑い出した。


「何を言い出すかと思ったら。その条件でいいんだな? よし、乗った」


 こうしてじんが手の内を明かした上で始まった二人のバトル。

 加えて、相手には信者がいる。

 手札を盗み見ることなど造作もない。

 誰もが自分たちの勝利を信じて疑わなかった。


 だが、試合は不可思議な進行を辿たどりだす。

 普通なら妥協だきょうするやり取りで、カウンターを警戒けいかいもせずに踏みんでゆくじん

 しかも、その全てがまかり通る。


 明らかに何かがおかしい。

 それに気付いた相手の表情がくもる。


「……おかしい、さっきから全部。まるで手札を見透みすかされてるかのような……。おいお前、一体何をした? やっぱり、不正か何かをしているな?」

「人聞きが悪い。僕は不正が大嫌いなんだ。だから本当は、こうやって君たちが盗み見てくるのも気分悪いんだけど、今回は仕方ないと割り切っているところだよ」

「オレが盗み見てるだと? 証拠はあるのか?」

「証拠として出せないけど、見えるんだよ。後ろで合図を送っている動作が、音として聞こえることで……映像になるんだ」

「……は?」


 言ってる意味がわからず、相手は思わず聞き返した。

 対し、じん溜息ためいきくと、合図の詳細を順番に言い当ててゆく。

 手で送るサインは、指の本数、動作、速度などを正確に真似まねて見せ、ウィンクなどの表情によるものは口で説明した。

 その合図の意味も添えて。


 さらには、対戦開始時から今にいたるまでの、相手の手札と思考内容まで披露ひろう

 これにより、信者の半数程が驚愕きょうがくした。


 それでもなお、鏡など何かしらのトリックがあると疑う者も数名。

 挙句あげく、不正をしているのはじんの方だと言い出す始末。

 そんなやからに対しては、彼らの持っているデッキのタイプを言い連ね、その全てを的中させてゆく。


 こおり付く信者たち。

 疑う者など、もう一人もいない。

 なぜなら、それらのデッキは誰にも明かしていなかったから。

 信者が一人一人個別に指示を受け、秘密裏ひみつりに作られたものだから……。

 今だって当然、それらはケースの中。

 それをさらに見えないように隠し持っている。

 デッキを持っていることすら、信者たちを見ただけではわかるはずがない。

 それを、背中を向けたまま見てすらいないじんが言い当てた……。


 その場にいる全員がみるみる蒼褪あおざめてゆく。


「化け物だ……!」


 誰かがつぶやいた。

 途端とたんに全員が我先にと出口に向かってけ出す。

 じんあわてて置き忘れたままの相手のデッキを手に取る。


「待って、忘れ物!」


 呼びかけるじん

 しかし、その行動はさらなるパニックを生む。


「来るなあああ! いらない! そんなものいらない! くれてやる、だからるなあああ!」


 さけびながら逃げ去る相手。

 他の人も同様。

 ただ一人、じんだけが取り残された。


 仕方なくじんはそのデッキを手に外へと出ると、携帯けいたいを取り出し……。


「あ、しょうさん。質問なんだけど、落とし主がわかってる場合の落とし物も交番に届けるので合ってるかな? それか、しょうさんにお願いできると助かるんだけど……。あ、うん。場所は大丈夫。ちゃんと音で追えてるから……。ごめんね、ありがとう」


 そう言って通話を切ると、溜息ためいきを一つ。


「勝ったら伝言してくれる約束だったのに……。あの様子だと、あの子もゲームやめちゃうのかな……。やめないでほしいな……」


 そうつぶやじんの表情は、深い悲しみに満ちていた。

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