第三十七話 兄

「おーい、そろそろ本題に入っても良いか?」


  本題?あぁ、そうか報告がどうとか言っていたな。


「と、言う事らしいが」


「そうだな。つい興が乗ってしまった、ライド用件は何だ?」


「ったく……興が乗ったじゃねぇよ。まぁ良い、現状の報告と今後の動きについて伝えに来たんだ」


「そうか、では場所を移すとしようか」


  ゆらゆらと少し疲労が見える足取りで俺達を先導する。

  案内されたのは、晩餐会でもするかの様な見目の良い一室。


「部屋を整える以外にやる事無かったのか?」


「お前が、行動を控えろと言ったんだろう?」


 何なんだ、この二人は。

 ライドコイツも俺達に兄弟喧嘩だの言えた振る舞いでは無いような……。


「なるほどな、その反動がさっきの行動を招いたと?」


  本当にコイツは皮肉屋だな。


「まぁまぁ二人共、仲が良いのは分かったから。大事な話が有るんでしょ?先ずは深呼吸、腰でも下ろしたらどうだい?」


  些か不満そうな表情を浮かべながらも、ライドが素直に椅子へと腰を落とす。

 この男にこれ程、感謝した日は無いかもしれないな……。


「えーと……取り敢えず名前でも……」


「そうだな、マイド・シドノズだ。先ずは先程の非礼を詫びさせて欲しい」


「よし、じゃあ魔王様がしおらしくしている内に……」


  余計な一言と共にライドが口を切る。

  廃坑での出来事から始まり、ギルド本部での大規模戦闘、遺跡からの脱出劇…幾度かのギルドとの相対、決着。


 そして今後の展望と淡々と口を動かし続ける。

 その言葉に耳を傾けるマイドの表情は真剣そのもの。


「――と言う事だ」


 一通りの話を終え、やり切ったと言わんばかりに大きな溜息を一つ、椅子へともたれ掛かる。


「分かった、協力しよう」


「其れが聞けて良かった。長々と話した甲斐が合ったぜ」


  まぁ、これだけ事細かに伝えたのだ、ある程度の助力は得られるだろうと踏んではいたが……どうも府に落ちないな。

 、あれに記されていた内容がどうも気になってしまう。


「あー、話疲れて喉がカラカラだ。腹も減ったな……そろそろ客人を持て成してくれてはどうだ?魔王様」


  こいつは本当に厚かましいな、押し掛けてきたのは俺達の方だろうが。


「そうだな、客人は持て成さなければな……」


 向けられた視線は、ミーナ、サイディルへと移り、この一室に居る全員……いや、ライドを除いた者へと巡る。

  それから、柏手を二つ小気味よく鳴らす。


  呼応する様に素早く現れる人物?。

 纏う衣服と頭巾で体格、面様すらも確認出来ない其の者へ一言、食事の用意をと囁くと、頭巾の者は素早くその場を後にする。


「忠臣よ、少し良いか?」


 丁度良いな、真相を問い詰めるいい機会だ。


「お、何だ?さっきの続きか?」


 鋭い眼光をライドへ向ける。


「仲が良さそうで何よりだ」


「あぁ、喧嘩するほどにってな」


「はぁ、忠臣よ行くぞ」


 呆れた様を隠しきれないマイドの後を追い、ミシミシと頼りない音を立てる階段を上り、二階そして三階へと足を運ぶ。

 色付きガラスが嵌め込まれた木枠の扉を開き、潜れと促される。


 建屋から張り出した露台、ひび割れ朽ちかけたレンガの壁材、絡みついたツタの隙間から錆が覗く金属製の手すり。

 ふと空を見上げたライドに釣られ、上空を仰ぎ見る。


 濃藍の空に広がる満点の星海。


「これを見せたかったのか?」


「……」


「アンタに聞きたい事が有る」


 俺は懐に忍ばせて置いた例の指令書を手渡す。

 書き連ねられた文字列を追う、その様子はどうも理解できないと言った面持ちだ。


 全文を読み終え、書状が再び手元へ戻される。


「アンタが書いた物で間違いないな?」


 無言のまま、此方へ手を伸ばす手には口の切られた封書が握れられている。

 受け取り、中身を改めると其処には、ライドからマイドに対して行動を控える様にとの旨が綴られている。


 似た様なやり取りを目にしていた為、その内容に違和感は感じなかった物の……。


「筆跡がそっくりだ、まるで同じ人物が書いた見たいにな」


「勘が鋭い……いや、やはり目が良いのか」


 そんな言葉と共に、懐から筆記具、そして真っさらな紙を一枚取り出し、やにわに何かを書き始める。

 退屈を感じる間も無く、手渡された紙には先程の二枚と類似した書体で外国の文字が記されている。


 主流な外国語だな……内容は、マイドの全名?。


「全て自分がやりましたってか?」


「忠臣よ、お前の言う通り恐らく、その二枚は同じ人物が記した物だ。しかし、おれが書いた物では無い……証拠は?と言われればそれ迄だが、我が今日まで此処から離れていない事の証明ならば、此処に居る者すべてが証人となろう」


「何が言いたい?」


 星を見つめていた視線が此方へと移り、重なる。

 晴れ晴れとしない、何処か無念さを感じるその表情。


指令書其れは、ライドが書いた物だ」


「だとしたら何故?」


 そうだ、奴は流れる血を最小限にと、そんな事を掲げていた。

 その様な考えを持ちながらも、略奪などと言う蛮行を指示していたのか?。


「――悪に徹する為だ……先に伝えた通り、我が行動を控えていた事は此処に居る全ての者が証人となる。故に指令書これは、ライドの独断による行動と取られると思ったのだろう」


「悪に徹する為……」


「そうだ、自身が悪に徹する事で、理想の実現をより確実な物にしようとしたのだろう。そして、其の対となる存在として、お前達を見出した」


 悪と対になる存在、正義と悪……皮肉な物だな。

 辿る道は違えど、行きつく先がこれではイニールドアイツと変わらない。


 しかし、アイツは一つ理解していない事が有るな……。


「俺には、そんな事で此処に居る奴等が、あいつを見限るとは思えないがな。ライドに対する振る舞いを見れば容易に想像がつく」


「そう、その通りだ。だが、国民は違う!このまま事が進めば目的である真相、真実の開示……即ち、王殺しの事実が、其れだけが明らかになる。そうなればライドが迎える結末は!」


 鬼気迫る其の物言いに、俺は違和感を覚える。

 返答、掛ける言葉に迷い、ふと目を遣った手元の紙に書かれた名前を見りなり、俺はマイドの切羽詰まった様子に納得がいった。


「マイド・シドノズか。心配するな、アイツも言っていただろう?全ての真実をさらけ出すと、だから俺はアイツの行いの全てを打ち明ける……何故、アイツが国王を殺したのかを民へ告げてやるさ『お兄さん』」


「フッ、鋭いな。ライドが肩入れするのも分かる」


「アイツは、この事を知ってるのか?」


「どうだろうな、奴も勘が鋭い。気づいているかも知れないが、わざわざ打ち明ける必要も無いだろう。其れが原因で回り始めた歯車を止めてしまっては其れこそ、アイツに会わせる顔が無い」


 寂し気だが温かみのある其の表情……兄と言うより、父親の様だな。


「そうか、兎に角アイツは、俺の同志であり恩人であり、そして友人でもある。俺にとって……俺達にとって不可欠な存在である事に変わりは無い。絶対、なんて事は言えないがアイツを含めた全員で理想を実現させるつもりだ。誰一人欠ける事無くな」


「頼もしいな王の忠臣よ、その言葉を信じよう……時間を取らせたな、では食事が冷めてしまわぬ内に戻るとしようか」




「――リアムッ!もう、どこ行ってたの?早く座ってすわって!」


 部屋へ戻るなり、待ってましたとミーナが駆け寄って来る。

 強引に席に着かされ、口へ食事を放り込まれる。


「嬢ちゃん……のどに詰まらせて、殺さない様にな」


「リアム、泣くほど美味しいのかい」


 いや……本当にこのままだと、殺されかねないんだが。

 できれば誰か、ミーナを止めてくれ……。

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