第27話 連鎖する悪魔級神災 敵対者への裁き


 PVE解禁から僅か数分で二位と一万ポイント差を付けた悪魔は既に第二波の準備を始めていた。


 紅の口の中で光るオレンジ色の球体。

 客観的に見るなら何かのエネルギーを圧縮しているように見えるソレは周囲の空気を熱しその存在をぼやけさせる。

 グツグツとしていてドロドロしたようにも見えるソレが集約したエネルギーの源は一体なんだろうか。紅が扱えるスキルにその手のスキルはない。

 だけどそれを可能にしているということはなにかからくりがあるわけで……。


 視線が泳ぐ。

 次の標的を決めるため。

 静かにゆっくりと――。


「ちょ……あれなに?」


「さ、さぁ……」


 一瞬紅の口と浮遊する気球が一直線上に並んだ。

 その事実に思わず里美とエリカが危機感を覚え互いにその正体を知りたいと思うも既に二人の理解を軽く超える想い人に冷や汗が止まらない二人。


「噂以上のきちがいだぁ……」


 マヤの感想。

 これこそが常人の感想であり神災とは誰もが予想できない地政学リスクに似ている。そんなわけで紅の正義執行が間もなく再開されるだろう。


 ――。


 ――。


 敵が徒党を組むと言うのならそれすらを凌駕するのが悪魔であり神災竜であり紅である。


 吹き飛ばされ予定が狂った四人グループは荒野を駆けまずは神災危険地帯から脱出を図るべく急いでいた。


「朱音さん!」


「なに?」


「う、う、後ろ、彼が妙なエネルギー帯発射準備に入りました」


「それで?」


「なんかこっち飛んできそうです」


「はぁ!?」


 愛はどんなに離れていても赤い糸で結ばれている。

 そんな響きは時と場合を選べばとてもドラマチックであろう。

 例えば朱音と紅は運命の糸で結ばれていると置き換えるなら神災の糸で結ばれていてお互いに殺し合うことでしか愛せない禁断の関係とも言えるのかもしれない。

 そこに距離は関係ない。

 そうだ――愛さえあれば距離は関係ない。

 紅の愛は間違いなく人類を滅ぼす力の類に分類されるだろう。

 神災の源とされる自然の力が人為的に姿形を変えて向けられる恐怖感や威圧感は向けられた者にしかわからない。

 PVPはないから安全?

 そんな常識は最早紅には通じない。

 相手の戦意とやる気を根こそぎ刈り取ると言う目的が達成できるのならその抜け道を使うのが弱者の道。


「向こうになんか大物がいる気がするZE☆彡!」


 眼光を開いた紅は己の直感を頼りに先ほどのエネルギーの一部を圧縮した一撃を発射するのであった。


 ドドドドドドドドドッ!!!!


 時速百八十キロ。

 スキルを使った朱音たちの速度は四十キロ程度。

 進路上の破壊可能オブジェクトを全て焼き払い追いかけてくるエネルギーの塊にアイリスの腰が抜け足が止まってしまう。


「いやああああああ!!!」


 目から涙が出るのは恐いから。


「アリス! 碧! アイリスの保護!」


 それにいち早く気が付いた朱音が叫んだ。

 もはや一刻の猶予もない。

 本来なら狙う側から有り得ないタイミングで狙われる側になった朱音が集中する。

 脳内で弾かれる数字は――。


「オッケー!」


「了解!」


 力強い返事と同時にアリスと碧が巨大な土壁を作り予想される衝撃波から身を護ると同時にアイリスの恐怖を和らげるため視覚の遮断を並行して行う。


「「土壁!」」


 土壁はあくまで初歩的な壁を作るスキルであり紅が扱う異次元級の攻撃に耐えれるだけの耐久力は持っていない。


「舐めないでダーリン! 私にここで切り札を使わせた代償は重たいわよ!」


 朱音が大きくジャンプして土壁に乗り叫んだ。

 普段冷静沈着で落ち着いたイメージとは真逆の殺意を含んだ声と鋭い目は恐怖に屈するのではなく過去最高に……いや朱音がプロになって初めて解放した境地から発せられた言葉だった。


「氷点を超えこの世の全てのエネルギー活動を否定する世界を作り出せ絶対零度!」


 土壁の鎧のようにして巨大で辺り一面を凍らせる氷が出現し氷の世界を作り出す。

 近くにいたモンスターは凍り、水辺も凍り、木々も凍った。主のMP全てを使い最強クラスのスキルとされる絶対零度は木々が枝分かれするようにエネルギーの塊に向かって伸びていく。水色で太陽の陽を反射するダイヤモンドのような輝きを持つ絶対零度から伸びた枝、別名絶対零度零樹は途中で枝分かれを繰り返し正面から紅が放ったソレを受け止める。


 ――ッッッ!!!!


 言葉で言い表すなら破壊の一撃と絶対守護の盾が激しく衝突。

 MPポーションを使い朱音のMPが無尽蔵に用意され絶対零度零樹が無限の復活能力を持つ。高速復活をしても尚徐々に削られていく光景は朱音にとって良くない物。

 朱音の切り札が周囲に露呈しただけでなく純粋な力で既に後手に回っている二つの事実が証明されてしまったから。絶対的な切り札のはずだった――絶対零度。それが通用しない? 一瞬でも考えてしまった時点で神災に思考が呑まれたことを意味する。絶対的な自信が目の前の氷と同じように心の中で少しずつ砕けていく。


「朱音!」


「…………」


「碧、アリスを」


「わかった」


「氷の女王を守護するは氷点の頂きに立つ守護龍。主の危機救うため異世界より再び降臨せよ氷の番人ラグナロク!」


 氷の世界に一体の氷の龍が空から召喚される。

 一言で表現するなら光沢があり存在するだけで周りに希望と恐怖を与える存在でありながら、それに合わせて空から季節外れの白い雪が降り始める。

 太陽の陽を反射して煌めく姿は美しく儚い。

 巨大な身体は冷気に覆われており熱を通さない。

 アリスの切り札は彼女の異名である『氷の女王』に相応しい守護龍。

 氷属性最強クラスの二つのスキルが今世界を超えて共存共闘する。

 蛇のような巨体から吐き出される冷気が紅の放ったエネルギーの分子運動を鎮め根本から無力化していく。

 そこに零樹の枝が複数の箇所から援護しエネルギーの塊を凍らせ始めた。


「ふぅ~想像以上に危なかったわね」


「ありがとう。助かったわ」


「えぇ。それにしても可笑しいわね」


「なにが可笑しいの?」


「全員初期化されて神々の挑戦(育成が進んだ状態)より弱体化しているはずなのに一人だけ強化されている感じしかしないわ。最初は過剰って内心思ったけど朱音の言う通り私たちの最終的な敵は彼だけになりそうね」


「えぇ。既にこちらの切り札はもうバレただろうし多くのプレイヤーに対策練られるでしょうね」


 優秀な弟子の姿を遠目に見た朱音はなぜか目が合った気がした。

 自分が最強の時代は終わりを迎えるのだろうか……と心の中で考える朱音は誓うのであった。

 だけど最強の背後を歩く最恐の足音に胸が躍ったのも事実。


 ――ダーリンこの付けは高く付くわよふふっ♪


 本イベント最強プレイヤーと次席プレイヤーの共闘を持って神災第二波は大きな被害がでることなく終わりを迎えるのであったが……紅の中でこれは準備運動であり本番ではない。その誤差にこの時誰も気づくことはできなかった。


 誰かが止めない限り止まらない――神災。

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