第33話 旅立ちの試練、最後の聖戦へ。

「……で? どうだったのさ、今回の計らいは」


「にゃっはは……バレてた?」


月下の漆黒。


ナナミは今回のパーティーの意図を彼に問う。


よいよいも特に隠すでもない。


「まー、首尾はジョージョー♪ あの逸材は、キャロルウチで引き取るコトになれそうにゃ」


「やっぱし……まあ定職につけるんなら良いんだろうけどさ」


そう。


ここまでが彼の、よいよいの策略。


結局、微益をずっと与えられるものがこの世でイチバン強いのだ。


「あのロリっ子爆乳体型じゃーフツーの仕事は辛かろーけど。腐らせるには勿体なさすぎるからにゃ? ……ありゃーたぶん十年は戦える。逸材は確保しとくに限るってもんにゃ♪」


「こーんの人たらしめ。配信と実質の店主、二足のわらじもタイヘンだねぇ?」


「にゃっはは……まーにゃあ? こっちの雇われ店長さんにも頑張ってもらってるけど、意思決定ってヤツはにゃーがやらんとなんともにゃー」


それは社長というか、会長に近い決定権。


あのキュアカフェそのものの統括。


それはきっと、綺麗事だけでは回らないものもあるだろう。


そうわかった上で嫌味を吐く。


「……そりゃ大変だ。わらじだけじゃなく……舌も二枚無いと足りなさそうだね」


「言ってくれるにゃーよ。配信者なんて舌何枚も使い分けてナンボにゃ」


ゆえに軽口も気にとめない。


タダの事実に、目くじらを立てていたらキリがないからだ。


…………だが。











「……………………」


超えてはならない一線はある。


ナナミは無感情に、平然と踏み越える。


よいよいも、無言でモードを切り替える。


「にゃっはは…………それ、意味わかって言ってんのかにゃ?」


「わかってるよ。よーっくね」


解答はとっくに出ていた。


数刻前、鳴動していたコドモケータイが、最後の回答を知らせていた。


アヤヒからの着信ランプが、黄色信号のように明滅する。


周囲の空気が、異界と化す。


『────オレたちをそそのかしたヤツには気をつけろ』


言葉が、警告がぶり返す。


『ソイツはお前の、同類だ』


「そこに、踏みこむって事は、にゃ……」


相対する。


自分と同じ、魔性の声を響かせる者と。


「そこに踏み込むってことは、オヌシがにゃーの『敵』になるってことでいいかにゃ?」


「それは。今後シダイでしょ?」


ちらり、離れた場所で家路につくクリス・マス・キャロルを見やる。


それなりの、シアワセに向かう声が聞こえた。




『みてみてこの求人概要! コレだけ貰ってまかないも持ち帰れるってなったら、もう生活環境バク上がり! もっといい場所に住めるかも……!!』


『ああ。大分俺たちの栄養面もよくなる。元気が出れば俺も働けるかもな……』


『お、おいムチャすんなよ? ……でも、なんか色々よくなりそうでいいよな……』




「……まったく。なんでこう……モノゴトってのは、いつもいつもままならないのかな?」


「仕方ないってヤツにゃーよ。ぜーんぶにゃ」


お互い、何かを諦めた空気の中 。


まだ肌寒い黒の下。


解明が、始まる。


「…………最初におかしいって思ったのは、クリス・マス・キャロルの襲撃のときだよ」


あの日の襲撃も今や懐かしい。


だがほんの、数日前のハナシだ。


「あんだけ大暴れしてたのに、店員どころか出入りしてた客すらコッチにこない。アレだけ怒号やハサイオンが響いたのに、だよ」


「……それだけじゃー、なーんの確証もない。ただ気づかなかっただけかもしれにゃい」


「そうすっとぼけると思ってた。だからクリス・マス・キャロルの三人それぞれに『取り調べ』した」


「………………」


手元のコドモケータイを操作し、いくつかの音声を流していく。


いくつかの種類のサンプルがあるが、その中によいよいと同じ声はないように聞こえる。


だがなぜか。


『二人と似た性質の声』と呼べるものが混ざっていた。


「地声を晒さない配信者なんてありえない」


それが例え、長い配信中の一瞬としてもも。


幾万の視聴者を抱えたとあっては、必ずその中に録画まで行う熱心なファンが混ざってくる。……切り抜き、発信するものもいつか出てくるだろう。


「回数を重ねれば重ねるだけ、その機会は増えるんだ。……クリスとマス、そしてさっきキャロルにも順不同で質問した……全員、アンタの地声を当てたよ」


「…………マッジかぁ……」


「そもそも、クリスにもらったヒントのおかげで調べられたんだけどね」


それは、見え透いた未来の予約。


破綻なんて確定していた。


「あいつらも、いつかあんたのやったことに気付くよ。『削除申請』とかしてもいいけど……早めに謝っとくのをすすめとく」


「そーさにゃぁ……そりゃーそっかァ…………」


遠くを見るように打ちのめされて。


目を閉じる。


自分の罪から背けるように。


語る。


「…………アイツらがろくなもんじゃない、ってのはわかる。言うこと聞いてたら、いつか使い潰されてオシマイって未来も見えなくはにゃい」


「…………」


「だが、花家グループの機材がないとにゃーは配信もできにゃい」


「……んなこったろうとおもったよ」


事情。


大きなため息を吐く。


事実を飲み込むための、前準備だ。


「例えばコレを公表して。あんたをケり落としたら、オウエンしてる八万人が悲しむ……そう考えが巡った時、おれはひとつ気がついた」


正しいことがいい事とは限らない。


店長を庇う時に使った言葉が、弧を描き己に刺さる。


長く飛んだブーメランだ。


「まさか……コレが『答え』ってなの? ケンリョクってのは、『特権』ってのはそういうコトなの? ……ってさ」


「にゃーんだ、わかってるじゃあにゃいか」


嘲るように。


自虐するように下を向く。


「花屋グループは総員八万人そこそこ。にゃーの視聴者と大差なく見えるけど、あの会社を潰した時困るのはその数百倍、あるいは数千倍の人々にゃ……それも、もっと致命的ににゃ」


大企業とは社会貢献をする者。


社会に認められ、社会を上に押し上げる存在でなければそこまで巨大には膨れ上がれない。


その巨体は、小さい命など気にとめないのかもしれないが。


「……でも、だからって子供を殺していい事にはならないでしょ」


「ままならぬ時ってのはあるものにゃん」


まるで最後の審判でも下すように。


「例えばそう…………子供一人捧げる事で地球が守れたら? そりゃ捧げるしかないにゃー、だってそうしなきゃ『その子供込みで』地球が滅ぶからにゃー」


それは道理だ。


避けられぬ正論だった。


「……? なにを言って」


「なら国は? この国を守るために子供を捧げるのは? 特攻ってのは叩かれたけど、そりゃ無駄だったからにゃー。一人捧げて確実に守れるなら、やるしかないかもにゃ」


「…………ッ」


そうかもしれない。


国を無くした人の末路は悲惨だ。どうせもっとたくさん死ぬなら、とっとと一人捧げた方がマシだろう。


「じゃあ東京まで狭めたら? そんな映画がだいぶ前にあった気がするけど、あれも生贄肯定派が多かった。……なら、どこまで狭めたらダメになる?」


「…………」


それはある種の思考実験。


トロッコ問題のような、回答者の善性を試す設問。


「因習村はクソって判定が多いから、村より大きい必要はある。首都より狭く、村より大きいもの……なーにかにゃー?」


その答え。


彼が、そして世界が出したのは『解なし』の境界線。


「それが花家グループ……『大企業』ってワケ?」


「そう。大企業。この辺で判断が難しくなってくるのにゃ」


彼の顔は、途方もなく複雑だった。


夢を売って起きながら、自分は夢も希望もない世界を見続けねばならない矛盾。


それは相当な負担だろうに。


「さあ、オヌシの答えはどっちかにゃ?」


「……、そんなの」


あくまで気安く。


そうあろうとする。


「八万強の大企業のために生贄として散るか、それとも生贄を出してはいけないという『正しさ』で彼らから未来を奪い、遠からず路頭に迷わせるか」


「…………………………………………」


無理だ。


答えなんてない。


そもそも5人と1人だって論争が絶えないのだ。


こんな話に、解答なんて…………






「────にゃーはどっちもクソだと思った。だから仲間にしようとしたし、今もしてる」






「えっ」


「止まるには遅くないってコトにゃ」


不意の宣言。


とともに、二枚のカードを投げて渡す。


驚きつつ受け止めると、それは。




《グレイトフル・トレイン》✝

ギア3マシン スカーレットローズ

POW10000 DEF10000

【1ターンに一度/ギア1マシンを自身の下へ】ターンの終わりまで、コストのマシンの攻守を自身に加え、走行距離を+1する。



《クライマックス・ラン》✝

ギア4アシスト スカーレットローズ

◆自分の捨て札から、ギア3のマシン一台を出す。その後、マシンゾーンを5枠まで増やし、センターの下に置かれたギア1マシンを、空いているマシンゾーンに好きなだけ出す。




「これは……」


「先駆千里の伝説を知ってるかにゃ?」


「えっ」


不意に、突拍子もないコトを言い出す。


「ソイツらは、そのヒーローの相棒にゃ。……歴史を学ぶといいにゃん。オヌシの選択が、バカに傾かない助けになるハズだからにゃ」


言いながら、顔ごと逸らす。


気やすさを保つため、己を守るために。


「選択は任せる。にゃーの船に乗るなら、全力で守ると約束するから、にゃ」


その言葉を最後に。


たんっ!!! ……と一足で『彼』はその場を立ち去った。


複雑な立場の看板猫は、それだけを積み上げても絶対にはなれなかった。


「…………よいよい」


月下に残されたのは、硝子の瞳を干上がらせるナナミだけだった…………






────こうして、旅立つ前の最後の『敵』が定められた。


わかりやすい『悪』よりよっぽどタチが悪い。


何も知らぬ者を利用する、途方もなく甘い『敵』が、旅立つ門の前に立っていた……。











トゥルルルルル……ガチャリ。


『あーもしもしトワリン? いいニュースと悪いニュースどっちから聞きたい?』


「……私にユーモアは無い。おまかせで頼むよ」


そうして電話を取るのは、ぼちぼち包帯も取れてきた登和里ケントだった。


療養中でも報告は受ける。少なくとも、あだ名で呼ばれるのを許すくらいには長い付き合いではあったのだが。


しかし快不快の話は別問題で。


『じゃーいいニュースから。クリス・マス・キャロルの再懐柔はカンリョー。ついでにナナミ達のふところ具合も確かめた。もうあんたらを追えややしないにゃ』


「そうか、ご苦労……で、悪いニュースは?」


うんざりしたように問うが……後悔がやってくる。


『こっちの計らい……ぜーんぶバレちゃったにゃ☆』


「そうかなるほど…………ってえええええええええええええええええええええ!?」


バッドニュースにも程があった。


慌てふためき、受話器を落としそうになりながら確認する。


「おいおい……脅しとかかけられてないんだろうな!?」


『へーきへーき……んな事する連中ならとっくに事切れてるにゃ…………で、これからどうする?』


「…………ッ!!!!」


眉間がブチ切れそうなのをなんとか堪え、冷静に返す。


「……まあいいさ。烏丸ナナミが旅立てなければ、それでいい。『そのまま続けろ』。何事もないようにな」


『にゃっはは……リョーカイにゃ』


────ガチャリ。


フゥーーーー……と大きなため息ひとつ。


ぐったりとソファーにうなだれながらも、登和里は勝利を確信していた。


よって吐き捨てる。


「今は眠れ、烏丸ナナミ。坊ちゃんのため、大いなる未来のためにな」






策略は、完全に彼らの手足をもぎ取っていた。


彼らの旅路は、ここで終わってしまうのか……

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